軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

裏お見合い大作戦を終わらせます5

「さてエミール。先ほども言ったように、おまえはまだ新社長ではない。あちこちでそう名乗っていたそうだな。ハムレット商会のサウル副会長が教えてくれたぞ」

「だ、だって! 俺以外いないじゃないか! じゃあいったい誰がリンド馬車を経営するんだよ!」

「当面ワシが面倒見るしかないな。少なくとも、高利貸しと銀行からの貸付を精算するまでは引退などできんわ」

「だからそれは……! エリザベスを嫁に貰ってくれるって人がいるんだよ。その人が融資をしてくれるという約束で……」

「アホか! なんでかわいい娘をワシと年も変わらん、子も孫もいるようなヒヒジジイにやらねばならんのだ! それに元はと言えばおまえのやらかしだろうが! どうせならおまえをツバメに欲しがる強欲婆さんに売り飛ばすわ!」

おおぉ、ドナルドさん、かわいい息子を売り飛ばすのはOKなのか……って、そんなことは今はどうでもよかった。

舌戦はまだ続きそうだったが、さすがに病み上がりの人をこれ以上立たせておくのは申し訳なく、私はドナルドさんをソファに誘導した。うん、狭い部屋だからね。ソファは4人分しかないんだよ。私と父、お向かいにドナルドさんとリンド夫人。あ、立ったエリザベスさんにシュミット先生が自分の椅子を差し出している。ガイさんもエミールさんに勧めようとしている。まぁ一応取引先の社長だしね。あ、元社長? いや元も否定されたんだっけ? じゃあ社長もどき? あれ、なんかエミールさんが紙切れみたいになって反応しないな。

「リンド社長、どうか楽になさってください」

父がそう声をかけると、ドナルドさんは畏まった。

「ありがとうございます。この度は愚息が大変ご迷惑をおかけいたしました。またお嬢様にも、エリザベスが色々お世話になっていたそうで」

「こちらは大丈夫ですよ。リンド家もいろいろあったようですからな。よろしければ商談はまた次回といたしましょうかな。リンド社長のお体に障ってもいけません」

父がそう提案したが、ドナルドさんは首を横に降った。

「いえ、私の方は大丈夫です。お忙しい旦那様とお嬢様にこれ以上お時間をとらせるわけにはまいりません」

「では、無理のない範囲でお願いいたしましょう。アンジェリカ、いいね」

「はい、お父様。リンド社長、以前、施設での面会のときにもお話しさせていただきましたので、大方の事情はご存知と思いますが」

「はい。ダスティン領での新商会の設立と、土地の買取のことですね」

「えぇ、そうです。先ほどエリザベスさんは、自分が新商会の代表となり、土地を買い取って、借入金を返済していくことに同意されました」

「エリザベスが……」

頭を抱えたドナルドさんは深く息をついた後、娘の名を呼んだ。椅子に腰掛けたエリザベスさんが父親を強い瞳で見返す。

「エリザベス。ゲイリーくんとの結婚は認めるよ。もとよりそういう約束だ。だからおまえは何も心配せずとも彼と結婚することができる。もちろん、ダスティン領に移住もな。だから……無理をする必要はない。土地のことは気にしなくていい。ワシがなんとかする」

「いいえお父さん。私、決めたわ。アンジェリカお嬢様のご提案通り、ダスティン領で貸し馬車業を立ち上げます」

「エミールが言ったことは一部は正しい。商売はそんなに簡単なものではない。ワシは、おまえにそんな苦労を背負わせたくない。ただ幸せになってほしいんだ」

「苦労を背負うことが、不幸だとは思わないわ。たとえばお母さん、お母さんは今不幸ですか? お父さんが病に倒れ、商会は窮地に追い込まれて、大きな苦労を背負っているけど、不幸かしら」

エリザベスさんに突然話を振られたリンド夫人は、一瞬驚いた顔を見せたものの、ゆっくりと首を振った。

「いいえ。お父さんのことも、お店のことも、とても悲しい出来事だとは思うけど、でも私は不幸ではないわ。お父さんの命が助かって、お店もぎりぎり踏ん張って、エミールもおまえも側にいてくれる。これを不幸とは言えないわね」

そうしてリンド夫人は穏やかに笑った。微笑みがエリザベスさんのそれそっくりだ。

「お父さん、お母さんもこう言っています。それに私が背負った苦労は、ゲイリーが一緒に背負ってくれると約束してくれたわ。ひとりなら潰れてしまうかもしれないけれど、ゲイリーがいれば、私は頑張れる。それに、お父さんだって、兄さんたちだって、支えてくれるでしょう?」

「エリザベス……、この先、とてつもなく辛いことが待ち構えているかもしれないのだよ。それでも、本当にいいのか?」

「覚悟はできています。確かに私は後継者教育を受けていないし、商売のいろはもわからない。でも、それは、まだまだ伸び代があるということにもなるでしょう? お父さんは言ったわよね? 商売に必要なのは丁寧さと謙虚さ、品質だと。品質は王都一のリンド馬車の力が借りられるんだもの、問題ないわ。それに丁寧さと謙虚さは……少なくともエミール兄さんよりは自信があります」

そうして兄にちらりと目線を向けたあと、再び父を見据えたエリザベスさんの目には、すでに覚悟が宿っていた。

「お父さん、どうか私にやらせてください。私もう、ただ守られるだけの箱入り娘ではいたくないの。私だってお父さんやエミール兄さんを助けたい。これはチャンスよ。この苦境を乗り越えれば、リンド馬車はまた、皆様の信用を取り戻すことができるはずだわ」

無理な借入が噂になり、王都内での契約も既にいくつか失っているリンド馬車。ドナルドさんの復帰が多少は功を奏しても、すべてを取り戻すには時間がかかることだろう。不良債権を精算することでようやくスタートラインに立てるといった状況で、これ以上の商談はないと、ドナルドさんはわかっているはずだった。

「……大事な娘に、商売の尻拭いをさせることになろうとは。こんなことならゲイリーくんとの結婚に変な条件など設けず、さっさと嫁がせておけばよかった」

嘆いても反省しても過去は変えられない。娘の強い瞳に背中を押されたのか、やがてドナルドさんは顔を上げた。

「アンジェリカお嬢様。ご提案を受け入れます。リンド馬車はダスティン領での新しい貸し馬車業のお手伝いをさせていただきましょう」

「では商談成立、ですね。ありがとうございます」

「娘を……どうかよろしくお願いいたします」

そう私たち親子に深く頭を下げた後、ドナルドさんは夫人の手を借りて再び立ち上がった。

「ゲイリーくん。どうか娘を支えてやってほしい。この通りだ」

「もちろんです、お任せください」

強く頷いたシュミット先生が、頭を下げるドナルドさんに手を貸し、そのまま握手する。それに寄り添う夫人とエリザベスさんの顔にも、ようやく安堵の表情が浮かんでいた。