作品タイトル不明
裏お見合い大作戦を終わらせます4
「お父さん!」
「な、父さん……っ! なんでっ!」
驚愕の声をあげた兄妹だったが、その対応は違っていた。固まったままのエミールさんに対し、エリザベスさんはすぐに父親に駆け寄った。
「お父さん! 会いたかった! よかった、歩けるまでに回復したのね」
「あぁ、長く伏せっておったがもう大丈夫だ。おまえには随分苦労をかけたようだね。すまない」
「いいえ……! お父さんが元気になってくれたのなら、もうそれで十分よ。お母さんも、看病疲れなどない? 私が変わってあげたかったのに」
「えぇ、私は大丈夫よ。お父さんもここまで回復したのだもの」
施設に入院していた父親と、その看病のため同じところに寝泊まりしていた母親にエリザベスさんが会うのは久しぶりのこと。エミールさんの策略により、エリザベスさんは実の両親から遠ざけられていた。職場で倒れ、そのまま病院に搬送されたというドナルド・リンド氏は、噂ではかなりの重病だと聞いていた。彼に娘の無理矢理な結婚話を覆せるだけの力が残っているのかどうかわからなかったが、ハムレット商会のサウル副会長のツテで確かめてもらったところ、思っていた以上に元気だった。心臓になんらかの負担がかかったことが原因だったものの、命に別条はないという。ただ、転倒した際に骨折もしてしまい、また心臓に負荷がかかる働き方を医師に止められてしまったことから、仕事一筋・一代でリンド馬車を築き上げた彼は、ずいぶん気落ちしてしまったらしい。息子たちが手早く施設まで手配してくれたこともあって、そこで余生を過ごすのが良いのかもしれないと、仕事に関するあらゆる情報をシャットアウトしており、最近のリンド馬車の動向すら知らなかったそうだ。
サウル副会長の紹介で面会を果たした私たちは、ドナルドさんが倒れて以降の事情をすべてお話しした。
その上の今である。
「さて、ワシが一線から手を引いている間に、随分と勝手な真似をしてくれたようだな、エミール」
「いや、その……っ。でも! 父さんが引退した以上、俺が新たな社長だろう。社長判断で何かをするのを、勝手な真似だと言われる筋合いはないよ!」
「誰が社長だって?」
「え? いや、だって、父さんも言ってたじゃないか。体のこともあるから、これ以上働くのは無理かもしれん、って」
「確かに、これ以上今までのような働き方をしてはならないと医者には止められた。だが、それとおまえが社長になる話は別だ。ワシは後継者におまえを指名してなどおらん!」
「た、確かに、正式な指名はないかもしれないけど、弟2人ははなから社長業を継ぐ気はないじゃないか。となれば俺しかいないだろう!」
「やかましい! ワシが築いた会社だ。後継はワシが決める! 家長も社長もまだワシじゃ。その権利はワシにある!」
空気をびりびりと震わせるような威圧に、さすがのエミールさんも息を詰めて黙った。その厳つい顔をふと緩めたドナルドさんは、再びエリザベスさんに向き直った。
「エリザベス、本当にすまなかった。まさかワシがいない間にこんなことになっているとは思わなかったのだ」
「いいえ、お父さん。私はこうして無事よ。だからもう、心配しないで」
「いや、元はと言えば、ワシの判断の遅さが招いたところもある。ワシは……お前に婿をとって、その相手にリンド馬車を継いでもらえたらと、そんな利己的な理想を掲げていたのだ」
「は? 私がお婿様をお迎えするの? え、だって、兄さんたちもいるのに?」
「次男三男は社長となって皆をまとめる力も気力もなかったから、無理に継がそうとは思わなかった。残るはエミールだが……確かに次男三男よりはまだ向いてはいる。だが商売人としての才覚は今ひとつだ。目先の利益に騙され、本質を見抜く力も弱い。リンド馬車は貴族の皆様をお客様とさせていただく商会だ。うちの商売に必要なのは派手さや大儲けする気概ではない。丁寧さと謙虚さ、品質。それらを大切にせねば、たちまちよそに飲み込まれてしまう。その根本的なところを軽視するエミールには、社長業は任せられんのではないかとずっと思っておったのだ。となれば残るはエリザベス、おまえだけだ。だが女子のおまえには後継者教育をしてこなかったし、商売にまつわる苦労なぞさせたくない。だからこそおまえにいい婿を見つけてリンド馬車ごと託せればと、夢を見てしまったのだよ」
やや苦い顔をしたドナルドさんは、エリザベスさんの頭に手を置いた。
「だがおまえはゲイリーくんを選んだ。ゲイリーくんに色々難癖をつけて結婚に反対したのは、ワシがそんな妄執のような夢を最後まで捨てきれなかったせいだ。うちには馬車の御者や厩の世話人など、大勢の従業員がいる。ワシら家族だけのことを考えるなら店じまいも許されるが、商会を支えてくれる彼らを路頭に迷わすわけにはいかん。それくらいには大きくなってしまった商売だ。従業員を守るためにも確かな次代に商売を引き継がねばならない。だがゲイリーくんは医者だ。優秀ではあるがとても我が家の家業を継いでくれはしないだろう。最後の頼みの綱を失うことになり、ワシは……娘の幸せより仕事を優先しようとした」
そうしてドナルドさんは、今度はシュミット先生に視線を向けた。
「ゲイリーくんにも、本当に申し訳なかった。ワシが、もっと早く自分の浅はかな望みを断ち切って、君とエリザベスのことを認めていたら、エミールがバカなことをしでかすこともなかっただろう。どうか許してほしい」
「そんな、顔を上げてください。お義父さんは最終的には彼女との結婚を認めてくださいました。私はそれで十分です」
シュミット先生もドナルドさんに歩み寄る。未来の娘婿に支えられ、ドナルドさんは項垂れるように頭を下げた。
「親として娘の幸せは何にも変え難いものだ。だが、それと同じくらい、たとえ不出来でも息子のことも見捨てられんのだ。今回、君とエリザベスには本当に迷惑をかけたが、どうかエミールのことを責めないでやってほしい」
ドナルドさんの告白が続く中、エミールさんはというと、白々と呼吸しながら、うわ言のように「俺が……社長に、向かない……だと?」と繰り返していた。
そんなエミールさんに、ドナルドさんが厳しい目を向けた。