軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

覆面作家の正体です4

「うーん、なんでリンド馬車の跡取りである長兄のエミールさんは、格下の家のガイさんに結婚話を持ちかけたのかしら」

ガイさんと面会した翌日、私はこの冬の滞在地であるタウンハウスのダイニングで手を止め、ふと呟いた。同じ部屋には継母とメイド長のクレバー夫人、メイドのサリー、遊びに来てくれたいとこのスノウと、ある意味当事者のシュミット先生がいる。

なぜみんな揃って朝からダイニングにいるのかと言えば、この部屋に広いテーブルがあるからだ。そして全員がテーブルについて何をしているのかといえば、お裁縫である。

「アンジェリカ、考え事はいいけど手が止まってるぞ」

私の手元をちらりと覗き込んだスノウが、「あ、おまえ、そこ曲がってるぞ」と口を出した。

「う……、ヤリナオシマス」

「かがり縫いの最後が難しいのか? だったら途中までやってから俺に渡せよ。やってやるから」

「う……、アリガトウゴザイマス」

なぜ男の子であるスノウに裁縫を教わらねばならないのか……私、前世でアラサー女子だったのに。あ、でも今生ではまだ10歳だから、針仕事が苦手でもおかしくない……いや、スノウも同い年だった。

そう、大人数が顔を寄せ合って針を持ち、テーブルにお道具を広げてせっせと縫い物に励んでいる。香りの新店舗で売り出し予定のサシェの袋を手縫いしているのだ。私や自分の服まで手作りしている継母からすれば簡単な作業だし、子育て経験のあるクレバー夫人やサリーも、大抵のことはこなせる。そこになぜか遊びにきたスノウと、ひとりで部屋にいては気が滅入るだけだからと、現実逃避を兼ねたシュミット先生が加わった。

女性陣はまだわかる。だけどスノウ、なんであなた裁縫が得意なの? えっ? 普段からやっている? 妹のお転婆フローラがしょっちゅう木登りして服を破くから直してやってるって? そういやあなた、家具職人の父親に似て手先が器用で、木彫りのアクセサリーなんかも作ってたわね。それの延長……。なるほど。で、シュミット先生は? は? 患者の皮膚を縫うのと同じ感覚? あぁ整形外科がご専門でしたね。なるほど。

そんなわけで完全アウェーな私。そもそも売り物にしようとしている商品の大切な袋を、不器用な10歳児が触ること自体が間違ってるよねと、もう諦めて針を置いた。

「アンジェリカ、疲れたのなら休憩してかまわないわよ」

継母がそう勧めてくれたタイミングで、「ではお茶でも用意しますね」とサリーが席を立った。クレバー夫人も立ち上がり、テーブルの上を片付け始める。そんな中、シュミット先生だけは手と止めそうになかった。

「何かしていた方が気が紛れるんです……」

背中に雨雲でも背負っているかのような 形(なり) で、せっせと手を動かし続けていたが、お茶が振舞われる段になって、ようやく針を置いた。

先生の学会発表は年明けだ。だがこの調子では、うまくいく気がしない。

「シュミット先生、鞭打つようで悪いんだけど、エリザベスさんとのなれそめをもう一度話してもらえないかしら。特に、婚約を認めてもらったあたりのことを、ちゃんと聞いておきたいの」

「エリザベスとの出会いですね。わかりました、大丈夫です。彼女とは……街中で偶然出会いました」

そうしてシュミット先生の恋バナが始まった。