軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

調香師が見つかりました

「アンジェリカ様、本当に申し訳ありません。少し目を離したらこうなっていまして……」

恐縮するクレメント院長と、その応対をする私、付き添いできたケイティ。その前には休憩中だというラファエロの丸まった背中がある。彼は今、あることに夢中だった。あたりに漂う芳しい匂いは私も憶えがあるものだ。

「ラファエロ、アンジェリカ様がいらっしゃいましたよ」

声をかけても無反応なのは、彼が過集中しているからだとクレメント院長に教わった。ラファエロが座った机の前には、先日私があげたサシェの袋が転がっている。もちろん袋だけではない、中身もちゃんとある。いくつかの花がブレンドされていたはずの中身は、なぜかばらばらにされて机の上に散らばっていた。

「えっと、いったい何があったんでしょう?」

「それがあの日、アンジェリカ様にいただいたサシェを大事に抱えて部屋に戻ったんですけど、食事の時間になっても食堂に食事をとりにこないので部屋を覗いてみたんです。そうしたらサシェの中身を床に出して、今のように乾燥花を並べていたんです。慌てて止めようとしたのですが振り払われてしまいまして……」

その後ラファエロは、並べた乾燥花をひとつずつ味わうかのように匂いを嗅いで楽しんでいたのだという。最後にはまたサシェの袋にそれを戻したということだった。一応修繕したことにはなるかと思い、それ以上は咎めなかったが、以来、毎日のように休憩時間になるとこの行動を繰り返しているそうだ。しかもただばら撒いているだけではなく、彼なりに分類しているらしい。ラファエロを長く見ているクレメント院長が語るには、彼なりの余暇の過ごし方なのだとか。

もともと分類癖があるそうで、いびつなものが並んでいるのは気に入らない性格だったりするそうだが、それにしてもこの行為はなんなのだろう。不思議に思った私は彼の行動を観察することにした。

乾燥花はとてももろい。彼が触るごとに崩れていくし、そのせいで粉末状になってしまっているものもある。それでも大きめの花などはまだ形を保っており、それを器用に摘む姿をみていると、どうやら同じ花の種類ごとに分類しているようだと気がついた。折れたり崩れたりして原型を留めていないものもあるのに、迷いなく分けている。

「もしかして、彼、匂いで花の種類をわけているの?」

「え、匂いですか?」

怪訝そうな顔をするケイティに、私は簡単に説明した。もともと私とシンシア様が持っていたサシェはマリウムが試しに作った試供品で、花も3種類しか使っていない。そしてラファエロの前には6つの束があった。

その中で、私が最も気になった束を指さした。

「ねぇ、ラファエロ、これ間違ってるんじゃない? 草色のものにピンクの花弁が混ざってるわよ」

集中して分類を楽しんでいたラファエロだったが、間違いを指摘されたのと邪魔されたのが気に食わなかったのか、むっとした顔をこちらに向けた。

「間違ってない。同じ」

私の手を払って、再度分類を始める。その光景を見て顔を青くしているであろうクレメント院長とケイティのことは置いておいて、私は話を続けた。

「でも、色が違うわ」

「匂いが一緒なの。もう、邪魔しないで」

その言葉で私は確信した。

「やっぱり、匂いを嗅ぎ分けてるんだわ」

「え、お嬢様、でも、その束は2つの花が混ざっているのでしょう」

「いいえ、これは同じ花なの。この花ははじめは緑色なんだけど、日数がたつとピンクに変わっていくのよ。だから摘んだ時期によって色が変わるの。でも匂いは同じよ」

にわかの知識だが、とても珍しいなと思ったので憶えている。

そんな前情報もないまま、花びらだけになったものを分類してみせた彼の嗅覚の鋭さに、鳥肌が立つ思いがした。

「ねぇ、ラファエロ。あなたが正しいわ。確かに匂いは一緒よ」

私が認めると、彼は得意げな笑みを見せた。

「もう片付けるよ」

言いながらラファエロはサシェの袋を掴み、せっかく分類した乾燥花を片付けはじめた。2つの袋のリボンがきゅっと結ばれる。

「でも違う匂いになっちゃったんだ」

やや残念がる彼の手元には、あげたときと同じサシェの袋がある。

「ばらばらにしちゃったから、元のようには戻せなかったのね」

「違うよ。花が崩れて粉々になっちゃって、なくなってしまったものがあるんだよ。だから全然違う匂いになっちゃったの」

「そうなの?」

私が顔を寄せると、憶えのある匂いがした。これは私があげた方のサシェだ。

「嘘でしょ? これあげたときと同じ匂いがするわよ」

「全然違うよ」

「もうひとつも……これ、シンシア様にあげたやつよね。これも同じじゃないの?」

「全然違う」

「ラファエロ、あなたまさか、私たちがあげたときの状態に戻したの? いったんばらばらになってたものを? 配分なんか知らないはずでしょう?」

「だから違うって。花が壊れちゃったの!」

そうふてくされる彼は、私の手からサシェを奪いとった。すんすん、と鼻を寄せているあたり、やはり今の香りは気に入っているようだ。

「あなた、私とシンシア様があげたサシェの匂いを憶えてるのね? そしてその記憶を頼りに袋に戻した……」

私の鼻には同じ匂いに思えた。だが人一倍嗅覚が鋭い彼にとっては、わずかな材料の欠け具合で違う匂いになっているのだろう。

「ねぇラファエロ。元の匂いに戻らないのは残念なのかしら」

「うん……」

「でも、これはこれでいい匂いだと思わない?」

「うん。思うよ」

「そうよね。私もこの匂い好きだわ。この花びらを使ってもっとたくさんのいい匂いが作れるんだけど、興味ある?」

「もっといい匂い?」

「えぇ。あなたは元に戻すことに熱心だったけれど、この花びらを掛け合わせることで、相当な数の新しい匂いが作れるのよ。試してみたいと思わない?」

「もっといい匂いが作れるの?」

「あなたが挑戦しようと思えばね」

「僕、やってみたい」

瞳を輝かせるラファエロを見て、私は決心した。

「ラファエロ、私の新しい仕事を手伝ってくれる人を探していたの。あなたが協力してくれたらとても嬉しいわ」

一流の調香師を探したいと思っていた。けれどそこにこだわる必要はなかった。

(一流の調香師を育てればいいんだわ)

彼の天性の才能が花開くために、彼が自立するために、もしこの方法が役に立つなら、こんなにいいことはない。

ようやく出会えた小さな蕾を、大切に大切に育てようと誓った。