軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

調香師を探します5

シリウスからラファエロの話を聞いた翌日、クレメント院長に約束を取り付けた私とシンシア様、それに社会科見学中のスノウも一緒に、孤児院を訪ねた。

「シンシア様、それにアンジェリカ様、ご無沙汰しております」

私たちを迎え入れてくれたクレメント院長と、早々にラファエロの話をすることになった。ラファエロはシリウスと同い年の12歳。本来ならそろそろ職を見つけ、孤児院を卒業していなければならない年齢だが、未だ職業訓練を繰り返していた。

「彼を受け入れてくれる職場が見つからず、先が何も決まっていない状態です」

特に物覚えが悪いわけでも不器用なわけでもなく、拒否感のない仕事ならうまくこなす——むしろ完璧にこなせる——彼だが、音や匂い、味や見た目などに対する耐性が弱く、疲弊しやすい体質からか、仕事場や仕事内容が限られてしまうことが要因だった。

(確かこういうのって感覚過敏っていうのよね)

前世のうろ覚えの知識から引っ張り出した言葉だが、それを口にするわけにもいかず、黙って院長先生の説明に聞き入った。

「匂いや音が溢れている厨房は苦手が大きいため、工房や食堂は向きません。香水にも敏感なので接客業も難しいです。文字の読み書きや計算は得意ですので、事務作業などはそこそここなすのですが、疲れやすいのか長くやらせるとミスが多くなり、仕事にするには不安があります。特例措置で一年は在籍期間を伸ばしてきたのですが、それも限界でして」

クレメント院長としては、彼が仕事を得て自立するのは困難と考え、孤児院のスタッフとしてここで就労させようかと考えていたそうだ。ただし孤児院もぎりぎりの予算でやっている以上、ラファエロのように卒業できない子どもを何人も雇い続けるのは難しい。

「ですからもしアンジェリカ様のお店でできる仕事があるのであれば、とてもありがたく思います。もちろん、本人の気持ちが最優先ではありますが」

「そうですね。ただ、私が探しているのは調香師なので、匂いに敏感な彼にとって負担になるようでしたら、お勧めできないと思っています。まずは彼に会わせてもらえませんか?」

「わかりました。今は畑仕事の最中ですわ。畑には堆肥なんかもよく撒くんですけど、その匂いは平気みたいなんです。彼は仕事が丁寧で、雑草や害虫駆除もお手の物です」

その特技を活かして農家などへの就労も考えたそうだが、そもそも王都近隣には農場が少ない。離れた土地で住み込みで働くには負担が大きそうだと見送ったとのこと。

自給自足のために孤児院では畑を所有している。その維持や管理もスタッフや子どもたちが行っている。

今は11月ということで、冬野菜の世話が中心だ。畑の片隅にラファエロの姿があった。やや浅黒い肌に、日の光を浴びると焦茶が目立つ暗い色の髪。隣国トゥキルスの血が混ざっているのだろうと思われる風貌。

「ラファエロ、作業は順調かしら」

「うん」

院長の声かけに顔をあげた彼は、ふっと鼻をひくつかせた。

「いい匂いがする」

「え?」

そのまま立ち上がった彼は12歳にしてはかなりの長身だった。シンシア様よりも高い。だから足も長い。

そんな彼があっという間もなく大股で距離を詰めて私の目の前に立った。彫りの深い顔をぬっと寄せてくる。

「いい匂いがする。ここ」

腰を曲げて私の胸元の匂いを嗅ぐラファエロを、クレメント院長が恐ろしい形相で叱責した。

「ラファエロ! やめなさい、近づきすぎです!」

自分と同じくらいの身長の少年を羽交い締めにして私から引き剥がすクレメント院長。その声に、農場管理をしていた別のスタッフも走ってきた。

「アンジェリカ様、申し訳ありません! この子は少し、距離感の取り方がなっていないのです。決して不埒な真似をしようとしたわけでは……」

「大丈夫です、クレメント院長」

物理的に私から距離をとらされたラファエロは、院長やスタッフに叱られ、シュンとしていた。反省はできる子なんだと感想を抱く。

「私なら平気です。ちょっとびっくりしただけで……」

10歳の少女の胸元に顔を寄せたというのは問題行動といえば問題行動だが、これがシンシア様じゃなくてよかったと思うことにした。それに彼の行動には思い当たる節があった。

「ねぇ、ラファエロ。あなたが気になったのはコレかしら」

今日の私のワンピースは胸ポケットがあるデザインだった。そこに忍ばせていたそれを取り出し、彼に手渡す。

「うん。これだ! すごくいい匂い……」

「ラファエロ、言葉遣いには気をつけなさい。アンジェリカ様は貴族の方ですよ」

「はぁい。これです。すごくいい匂いです」

クレメント院長に言葉遣いを注意された彼は、私が手渡したそれ——乾燥花と香油で作った試供品のサシェ——に鼻を寄せていた。

「あなたは香水の匂いが嫌いだってきいたけど、それは好きなの?」

私の問いかけに、彼は大きく頷いた。

「うん! あ、違った。はい。これはいい匂いです。あの、あっちからもいい匂いがします」

彼が顔を向けた先にはシンシア様がいた。彼女は笑いながら小型のバッグからサシェを取り出した。私がお土産としてプレゼントしたものだ。

「距離があったのによく気がついたわね。はい、どうぞ……あ、アンジェリカちゃん、彼に渡してよかったかしら」

「えぇ、もちろん。クレメント院長、これをラファエロにプレゼントしたいのですが、かまわないでしょうか。お時間いただけるならほかにも用意できますので、孤児院の子どもたちみんなにプレゼントさせてください」

あと少しすれば追加の見本がリカルド様から届く手筈になっている。彼ひとりにあげるとなると孤児院の規律にひっかかってしまうが、全員になら問題ないだろう。

クレメント院長が「まぁ、ありがとうございます」と許可をくれたので、その2つの包みはラファエロにそのままプレゼントした。彼はとても嬉しそうだった。

とりあえず乾燥花には興味を持ってくれたようだ。しかもほのかに香るサシェの存在に、距離があるにもかかわらず気づいたということは、相当に敏感な鼻を持っているようだ。

(あとは、調香のセンスがあるかどうかなんだけど……)

マリウムの話では調香師の鼻は一種の才能とのことだった。匂いを嗅ぎ分けるだけでなく、それをブレンドするセンスが必要になってくる。

それをどうやって確かめようかと悩んでいたが、後日、思わぬ報告が孤児院からもたらされた。