作品タイトル不明
国軍の見学にきました2
それは一陣の風のようでもあった。
太陽を背に長い髪を靡かせながら、すらりとした肢体が強い歩調でこちらにやってくる。髪の色も強い褐色。顎をわずかにあげた瞬間、その眩い瞳の色が煌めいた。
(宝石みたい……)
宝飾店のショーウィンドウを飾る色とりどりの石ではない、今削り出したかのような強めの琥珀色。砂漠に映えるその煌めきに見惚れたのは一瞬のこと。
私は一転、目を伏せて膝を折った。
この強き煌めきを放つ人が、只人であるはずがなかった。直視が許されぬ至高の存在。
その人の登場とともに、ザッと乱れぬ音を立てながら周囲の人々が敬礼した。この国の敬礼は胸に手を当て、頭を垂れるものだ。セレスティア王国の騎士たちであれば膝を折るが、この国に騎士はいない。彼らは王国の軍人たちだ。
隣で呆けた表情を見せるギルフォードの手を素早くひっぱる。手を繋いでいてよかった。一瞬の遅れが命取りになるかもしれない状況だった。
気づいた彼もまたその場で膝を折った。彼の前ではすでに伯爵翁様が同じ姿勢をとっている。二人はセレスティアの騎士。自国の慣習のまま敬意を表すことを選んだようだ。
近づく足音だけが聞こえる。神経を研ぎ澄ませて、私は成り行きを待った。
「どいつもこいつも、心ここにあらずのようだな。これがトゥキルスの精鋭とは嘆かわしい。ヴィンス! お前の手腕はこんなものか!」
苛烈な叱責の先で、ヴィンス・ノゼッティ隊長は低い声をあげた。
「言葉もありません……と言うべきところではありますが、状況が状況なだけに致し方のないところもございます」
「ふんっ! いつもと違うと言い訳するか。かつての将軍の前でも同じ言葉が言えるものかな」
「ノゼッティ将軍であらばどうしたかと、ちょうど考えていたところでした。かつて我々の同胞を苦しめた、セレスティアの盾を前に、血気盛んな兵士たちをどう指南したかと」
「何を青臭いことを。……考えるまでもない」
そしてノゼッティ隊長を短い会話で押し黙らせたその人は、次にその矛先をこちらに向けた。
「セレスティアの盾、ジェシー・アッシュバーン。そなたの顔を拝む機会が再びあろうとは。大地と砂漠の神に感謝せねばなるまい」
強い足取りが近づく。ひりつくような鋭い空気の中、その女性は「面をあげよ」と言い放った。
それは彼女に対する挨拶が許されたという意味。私たちの前で伯爵翁様が微かに身じろぎした。
「拝謁を心より感謝申し上げます。アナスタシア・トゥキルス女王陛下」
伯爵翁様が膝を折るその相手は、この国の頂点に立つ女性だった。
「よく参られた、と簡単に歓迎すべき状況ではないことはわかっているだろうな」
「……」
「なぜ軍を訪ねた」
「未来のためです」
静かだが力のこもった伯爵翁様の返事に、女王が鼻を鳴らすのが聞こえた。
「未来だと。過去を棚にあげ、未来を語るか」
「恐れながら、未来を語るには過去を直視せねばなりません。それすらせずに語る未来など、砂上の城でございましょう」
「ならばそなたは過去を見ているということか。己がこの地で屠った数多の命を、見るというのだな」
「もちろんでございます。それを見ずして未来など作れませぬから」
「つまりこの地に、悔恨に来たということか」
「そうではありませぬ。私は、己のしたことを間違っているとは思っておりません」
「……なんだと」
「私はセレスティアの騎士です。騎士として生まれた以上、自国のために戦うことは義務であり、誇りです。それは、貴国の兵士たちも同じことかと」
周囲をトゥキルスの兵士に囲まれた状態でそう言い切る伯爵翁様の足元を、私は俯いたまま見ていた。緊張した空気がばりばりと音をたてているかのようだ。
しばしの沈黙の後、女王は「まぁいい」と嘆息した。
「我が兵士どもの集中力の無さを棚に上げるつもりはないが、こんなものが実力と思われては困る。ヴィンスが何もせぬなら、妾が出るまでだ」
そして女王は、その腰に佩いた剣を抜いた。
「誰か! ジェシー・アッシュバーンの剣を持て!」
彼女の力強い命令に、素早く動く足音があった。
「お待ちを、陛下!」
声をあげたのは副隊長。伯爵翁様の剣は施設に入るときに入り口で預けてある。それを彼に与えることの危険性を、考えないはずがない。
顔を上げることをまだ許されぬ私は俯いたまま、ただ成り行きを待つしかなかった。
やがて伯爵翁様の剣が届いてしまった。それを待っていたかのように、女王陛下は再び声をあげた。
「皆の者! 顔をあげて刮目せよ! トゥキルスの戦士の魂をここに示そうぞ!」
己が戴く女王の 勝鬨(かちどき) のような宣言に、周囲から地鳴りに似た歓声があがった。その空気に紛れて私も顔を上げる。
褐色を纏った美しい女王陛下の立ち姿を、正面から見た。それほど大柄なわけでもない。身長だけならヴィオレッタ王妃の方が高い。
だがその肩から腕から足から立ち登る強い気は、見るものを圧倒させる力があった。琥珀色の瞳がかっと開かれる。
「ジェシー・アッシュバーン。剣を持て。20年前の決着をつけよう」
弧を描く口元と、台詞の剣呑さとの差異に違和感があった。だがそんなものなど蹴散らすように、彼女は自身の剣をすっと持ち上げた。老練なその動きは昨日今日剣を握ったものではないことを知らせていた。迷いのない空気と瞬時に放たれた殺気から、戦いを知っていることも——。
アナスタシア女王陛下は私の両親と同じくらいの歳。20年前は立派に成人していた。生まれた順や血筋に依らず、強き者が後継に指名されるトゥキルスという国で、弟を差し置いて王太子となった人。
先ほどのやや白けた空気とはまったく違う熱気と歓声が、怒号のようにあたりに響いた。
そんな厳しい空気の中、伯爵翁様は己の剣をとった。