作品タイトル不明
隣国情報を整理します2
そうして、わずか1日で集めに集めた情報が教えてくれたことには。
「なるほど、リカルド様はアナスタシア女王の甥にあたる方のようだね。父君がアナスタシア女王陛下の弟だ」
伯爵翁様からの急使がもたらしてくれた情報は、ロイが研究所でかき集めてきた情報と一致した。
「ということは、リカルド様も王族、ということですか?」
私の問いに父とロイが同時に頷いた。その後の説明を続けたのは父だ。
「本来、トゥキルスでは直系以外は臣籍に下る習わしらしいんだが、先の戦争での影響もあり、王族がめっきり減ってしまったようなんだ。それはわが国でも同じことだが……とにかく、トゥキルスではアナスタシア女王が跡目を継がれるにあたって、仲の良かった弟君2人をそのまま王族に留め置いたらしい。そのおひとりがリカルド様のお父上だ」
「王族……それにしてはなんというか、自由に過ごされていたような……。確かに付き人が3人ほどついてはいましたけど、警護してるふうでもなくて」
リカルド様と初めて会ったときのことを思い出す。付き人は後ろに控えているのみで、マリウムや私と会話する彼を止める素振りもなかった。王族の付き人なら、怪しい人物が近づくのを止めても良さそうなところだ。
「研究所にいるトゥキルス人に聞いたのですが、どうもかの国には独特の風習があるようでして。成人するまでは王族でも平民と同じ扱いになるのだとか」
「あぁ、それ、私も聞いたわ。なんでも結婚するまでは一人前とは認められなくて、苗字を名乗ることも許されないそうよ。リカルド様は独身だから、一般人と同じだって」
ロイの説明を補足しつつ、眉間に指を当てて反省のため息をついた。いくら向こうの風習がそうだからといって、私、あの人のことリカルドさんって呼んじゃってたよ。まぁマリウムに至っては呼び捨てだったけどさ。
「お嬢様、リカルド様は帯剣はしておられましたか?」
「え? えぇっと……してたと思う。頭の派手な色の布とお顔にばかり目がいってしまったけれど、腰に細身の剣があったような」
「あちらの王族は相当の手練れだとのことです。とくに、こうして自らの陣地を越えて旅をするような人物は、自分で自分の身を守れるのは当然なのだとか。おそらくお付きの方々も含めて、かなりお強いのだと思います」
だからこそ軽装で旅に出ていたし、少人数での行動もできていた。彼を見たトゥキルス人たちも、郷里の風習に則って彼を一般人扱いし、その身辺にも特段注意を払わなかったのだという。
「トゥキルスって……」
お国が違えば風習も慣しも違うのは当たり前だが、あまりに自由すぎる。だが今回のことはうちの情報不足が招いた結果でもある。
「リカルド様がそれなりの使い手であることはそうだろうね。トゥキルスはかつて、統一されるまではいくつかの部族が覇権を取り合っていた国だ。一族の長に求められるのは強さであり、それは現王室に対しても同じだそうだ」
時に血筋よりも強さや理をとる。だからこそ結婚にまつわる変わった風習がある、ととれなくもない。強くない者、利益をもたらさない者は一族とは認められないということか。
「しかし、まぁ、なんだな。これでアンジェリカがトゥキルスにいくことは決定したようなものだな」
父の言葉が重しのように背中にのし掛かった。確かにトゥキルスには行ってみたかった。あちらにポテト料理店だって広がっているし、トゥキルス語の勉強だって頑張ってきたし、なんならサボテンの成分にだって興味もある。
(でもこんな形なんて望んでなかったの——!!)
どれだけ叫んでも後の祭り。
とはいえなぜリカルド様がこんな軽々しいお誘い行動をとったのか、その謎は解けないままだ。父もロイも思いつくことはないみたいだし。
「あの、それでアンジェリカはいつからトゥキルスへ? まさかひとりで行かせるなんてことにならないでしょうね」
それまで黙っていた継母が強い声を発した。その瞳に宿るのは心から私を労る色だ。
そりゃ9歳の娘ひとりを、今は平和とはいえかつて敵国だった国へ行かせるのだ。王族同伴というのはこの際、毒にも薬にもなる話だ。普通なら両親が付きそうところだろう。だがこれから夏を迎える今、領内でやらなければならないことは山積みだ。
どうしたらいいのか——そんな目で父を見上げると、金色の瞳が複雑な色を浮かべた。
「そのことなんだが、伯爵翁様が同行を希望されている。現在のトゥキルスがどこまで復興したのか、その目で見てみたいとの仰せだ」
父の元に伯爵翁様から届けられた長い手紙。そこに書かれていた、彼からの提案。
「伯爵翁様がおいでならばアンジェリカの身の安全は確保できるだろう。それに行きはリカルド様の凱旋とご一緒させてもらえればいい。伯爵翁様によれば、おそらくリカルド様御一行は、少数でも一個隊レベルの実力があるのではとのことだ。かつてトゥキルスの王族と刃を交えた経験がおありの翁の言葉なら信頼できるだろう」
もちろん伯爵翁様だけでなく、その他にもお付きのアッシュバーン家の騎士がつく。帰りも騎士団に守られてのことになるから、これほど安全なことはない。
とはいえ伯爵翁様レベルの貴族が隣国にそう簡単に出向けるはずもなく、王都の騎士団や宰相様への報告が必要となり、さらにアッシュバーン家での人選など、準備に時間を要することになった。リカルド様の帰国の準備もあるだろうからと謁見を申し込み(えぇ謁見ですとも王族ですから)、ことの次第をお伝えすると、帰国は急ぐ話でもないとのことで、2週間後の出立と決まった。
さらに伯爵翁様からのたっての願いで、ギルフォードも同行することになった。こちらは元より否やをいえる立場ではない。リカルド様も承知してくださったことで、セレスティアからは私、マリウム、伯爵翁様、ギルフォードと騎士団の精鋭数名がトゥキルスへ向かうこととなった。
そうして出発までの2週間、旅の準備に追われるかと思いきや、伯爵翁様から宿題が出された。
「非公式とはいえ王族からの招待を受けて参るのだからな。最低限の知識は身につけておくべきであろう」
そして冒頭の、伯爵翁様によるトゥキルス講義とあいなったわけです。はぁ、準備が長いよ。