作品タイトル不明
次なる商品を考えましょう
領地に戻ってからもあれやこれやと大忙しのまま、2ヶ月の月日が過ぎようとしていた。
4月半ばに完成した化粧品工場が稼働をはじめ、我が領初の化粧水がハムレット商会の協力のもと王都で大々的に販売された。商品名はずばり「ダスティン化粧水」。……うん、ひねりも何もなくてごめんよ。
私もはじめは綺麗な名前を考えていた。それこそ貴族御用達高級化粧品「ホワイトリリー」に匹敵するような。だがうちの万能執事ロイが「ダスティン領を観光地として広めるには、ダスティンの名前をさらに広めていくべきであり、化粧水はそのツールとして有効なのでは」と言ったのだ。
確かに化粧水開発を推し進めたが、元はと言えば温泉地開発のための資金を集めるために考案したわけで、化粧品販売それ自体が目的ではない。ポテト料理店の普及で我が家の名前は多少知れてきたが、それをより強固なものとするためのツールとして、貴族や名家の奥様方に手にとってもらえる化粧水は格好の宣伝材料になりえる。
そしてこの化粧水が……売れた。
試験勉強で多忙なはずの双子たちの助力もあって、ハムレット商会が大々的に宣伝協力してくれたことが大きかった。なんでもホワイトリリーの商品はハムレット商会のライバル会社が販売権を握っているそうで、商会も貴族女性にとって必需品とも消耗品とも言える化粧品関連の目玉製品を欲していた。
開業したばかりの工場は思わぬ追加注文にうれしい悲鳴をあげながらも連日フル稼働。販売開始した翌月には工場の増設案まで出さざるをえないほどの盛況ぶりだった。
「おーほっほっほっほ! このあたくしが全精力を注いで開発したのだから当然の結果よね!」
七色の扇を閃かせて高笑いするマリウムの姿に、何か負けた気がしないでもなかったが、ともあれ彼が化粧水の開発と工場準備までを急ピッチで進めてくれたおかげであることは間違いない。見返りに彼の研究室をゴージャスにしてあげた。
だが私たちの挑戦はここでは終わらない。私は彼に、温泉開発の目玉のひとつとなるエステサロン式高級スパの開業についても相談していた。長の湯治客はもちろん、短い夏季休暇の誘致客をもてなすためのトータルビューティサロンにする予定だ。化粧品開発だけでなく、自身の美を磨くための追求も怠らないマリウムは、二つ返事で了承してくれた。
「サロンを開設するなら、今のダスティン化粧水だけでは不足だわ。そこで使用する化粧品ラインを揃えるべきよね。それから温泉を利用した美顔・美ボディを作るためのマッサージやケア、どうせなら食なんかにもこだわりたいわ」
「食に関しては当てがあるわ。ウォーレス領でポテト料理店を経営しているリンダにレストラン運営をお願いしているの。彼女と組んで、サロン特製メニューを用意してもらえばいいわ。マッサージやケアについてはシュミット先生が相談にのってくれると思うし。となると、あとは別の化粧品ね」
「それはあたしの分野ね。せっかくだから何かほかに新しい成分を取り入れてみたいのだけど……」
マリウムの興味はすでに次なるものに向いているようだ。幸いピーリング作用のあるダスティン化粧水は好調の滑り出しを見せているし、開発に資金投入するのもやぶさかではない。
何かいい材料はないものか、あーでもないこーでもないと工場の片隅に作った応接室で悩んでいると、扉をノックする音が聞こえた。
「マリウム、こちらにいるだろうか」
聞き覚えのある深めのバリトン。トゥキルスから視察に出向いているリカルドのものだ。上品ながらもどこか飄々としている彼はマリウムにいいように使われているよう見えて、その実滞在を楽しんでいる。だから私も必要以上には突っ込まないようにしていた。
「あら、リカルドじゃない」
「リカルドさん、いらっしゃいませ」
「やぁ、アンジェリカ様もこちらにおいででしたか。ちょうどよかったです」
リカルドは今日も色鮮やかな布を頭に巻き付け、背後には3人の男性を従えていた。国に帰ればそれなりの身分であろうこの人は、滞在中は名前しか名乗らず、視察していた研究所でも目立つような行動はしていない。王立の研究所という立場上、あちこちから視察や研究見習いを受け入れているので、研究員としての一面も持つ執事のロイに彼のことを尋ねてもピンとはきていなかった。
そんな中、私は彼のことを始め敬称で呼んでいたのだが、彼の方から「私はまだ一人前ではありませんので」と固辞され、結局「リカルドさん」とさん付で呼ぶことに落ち着いた。
「実は国に戻ることになりまして、その挨拶にきたのです」
もともと彼がここに来たのは、結婚をするために一旗あげる材料を探すためで、彼自身は研究員でもなんでもない。めぼしい成果は見つからなかったものの、有意義な滞在だったと丁寧に礼を述べてくれた。
「マリウムと知り合えて楽しかったぞ。そなたにもいつか我が国をみてもらいたいと思っている」
「外国に行くのは悪くないんだけど、あなたの国、日差しが強そうじゃない? お肌が傷みそうなのよねぇ」
「マ、マリウム! あなたはまた失礼なことを……!」
国土の多くに砂漠を抱える国だ。美肌に自信を持つマリウムからしたら日差しや乾燥は大敵なのだろう。だからといってそれをダイレクトに伝えるのはどうか。
私とマリウムの言い争いはリカルドにとっては珍しいものでもなく、いつものように朗らかに笑っていた。
「やはりお二人はいいコンビなのですね。マリウムにはアンジェリカ様の側が似合っている。アンジェリカ様もどうぞお元気で」
「はい、リカルドさんも、お仕事がうまくいくよう、祈っています」
私がドレスの裾を軽くもって挨拶すると、彼は優雅に微笑んで私の手をとった。流れるような動作で私の指先に口付ける。
「リ、リカルドさん!?」
「セレスティアでは貴婦人に対してこのように礼をとるのだと聞きました」
それは間違ってない、間違ってないのだが……。
「わっ、私はまだ、社交会デビューもしていない子どもですから! このようなお気遣いは無用ですっ、それに、私の手は綺麗じゃないから!」
慌てて引っ込めた手をもう片方の手でかばう。男爵家の令嬢ではあるが、何せ貧乏一家の娘だ。最近こそ少し羽振りが良くなってはきたが、今だって家事の手伝いをしている。水仕事も土仕事もし慣れた手は、貴婦人たちのそれのようなみずみずしさとは無縁だ。
「とてもかわいらしい御手ですよ。でももし手荒れを気にされているのなら……」
言いながらリカルドは袂を探り、何かを取り出した。
「それは……?」
「私の国で一般的に使用されている軟膏です。よろしければ今一度お手を拝借できませんか」
優雅に笑む彼のエキゾチックな雰囲気に思わずどきりとする。
「……はい」
彼の深い瞳に誘われるように、私はおずおずと手を差し出した。リカルドは軟膏が入っている容器の蓋を外し、私の手にそれを塗り込んだ。
「さぁ、これでいかがでしょう」
「わ……なんだかすべすべします!」
手をこすり合わせると、自分の手とは思えないほどの滑らかさを感じて、思わず両手をかざした。軟膏と聞いていたからベタつくかと思いきや、手に塗り込んだ瞬間すっと流れて、滑らかな感触になった。
「これ、すごいですね」
「ありがとうございます。これは私の姉の手作りなんです」
「まぁ、お姉さんが? これ、自家製なんですか」
「えぇ。我が国に昔から伝わる薬で、各家庭によって微妙に精製法が違うのです。我が家では姉が作る軟膏が一番効果があるのですよ。小さな傷に効きますし、日差しの強い土地では乾燥から守ってくれる優れものです」
「乾燥から守ってくれるですって!?」
目を剥いて会話に割り込んできたのはマリウムだった。「ちょっとあたしにも貸して!」とリカルドに手をつきだす。
「やだっ、何コレ!? すごい保湿力じゃない! ねぇこれ、いったい何が入ってるの?」
「ええっと、主成分は確かサボテン……だったかな?」
「「サボテンですって!」」
私とマリウムの声が重なる。
「何よその“サボテン”って?」
「サボテンは我が国の砂漠で育つ植物のことだ。水がなくとも育つためあちこちに自生しているぞ」
サボテンを知らないマリウムがリカルドに詰め寄るのを目の端にしながら、私は別のことを考えていた。
(そうだわ、砂漠があるならサボテンがあるのも当たり前よね、なんで気が付かなかったのかしら)
サボテンといえば砂漠に育つ数少ない植物のひとつとして有名だが、もうひとつ利用価値がある。それは保湿成分を含んでいることだ。前世でもサボテンクリームなどの化粧品が出回っていたことを思い出す。
「ねぇ、もしかしてそのサボテン、新しい化粧品に使えるんじゃない? 軟膏でこのすべすべ感だもの。マリウムの技術で開発したら、たとえば保湿クリームとかになるんじゃ……」
私の発言に、マリウムの瞳がさらにくわっと見開かれた。それはもう——般若かと思う勢いで。
「決めたわ! あたしトゥキルスに行くから! リカルド、あんた案内しなさい!」
「ええぇぇっ!! マリウム、あなた突然何言って……」
「もう決めたのよ! この目でサボテンとやらを見て触って、化粧品に使えるかどうか確かめてくるわ」
「いやちょっと待ってよ、そんなこと急に言っても、ほら、リカルドさんにだって都合ってものが……」
「私はかまいませんよ」
今度はリカルドが割り込んできて、私はさらに声をあげた。
「えぇ!?」
「どうせ国に帰るだけです。マリウムが同行してくれるなら、楽しい道中になりそうだ」
「いやいやいや! リカルドさん、よく考えてください! コレですよ、コレ。コレを連れていくの!?」
「ちょっとお嬢ちゃん、コレって何よコレって! あたしのどこか不足だって言うのよ!」
「いや不足じゃなくていろいろ過剰なんだってば! それに隣国よ!? 王都からうちに引っ越すほど簡単な話じゃないし……」
「そんなにマリウムが心配なら、アンジェリカ様も同行されてはどうでしょう」
「はい?」
思わず目が点になった私の横で「それいいじゃない!」とマリウムが手を打った。
「スポンサー付きの旅行なんて最高だわ。お嬢ちゃん、あんたも同行しなさいな」
「いやいやいやそんな簡単には……!」
「アンジェリカ様、いかがでしょう? それに、マリウムひとり野放しにしておくと……後が怖いかもしれませんよ?」
現実味を帯びたリカルドの説得に、私の背中に冷や汗が流れた。そうだ、マリウムは私のいない隙に他国の要人らしき人を巻き込んで工場建設までやってのけた強者だ(しかも私の名前とお金で)。彼ひとりをトゥキルスに放てば、何をやらかすかわからない。
「そうと決まれば早速支度しなきゃね」
張り切って鼻息荒くなるマリウムと、優雅に微笑む精悍な顔つきの要人相手に、私は「なぜこうなった」と思わず天を仰いだ。