軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

学校を作りましょう3

しばしの沈黙ののち、エリン様は私の目をしっかりと捉え、鋭く切り出した。

「ねぇ、アンジェリカ」

「はい」

「あなた、医者にならない?」

「は?」

緊張しつつ彼女の言葉を待っていた私は、突然の提案にとぼけた声をあげてしまった。

「だってこんな才能、放っておくことできないわ! ポテト食堂の全国展開とか孤児院の支援事業とか自領への研究所の誘致とか! あれ全部この子の手柄ってことでしょう!? 医師はいつでも人手不足なのよ、優秀な人材はあの手この手で多少エグい技を使ってでも引き入れないと! ということで医者にならない? なるわよね、なりましょう! あぁこれで医学の世界も明るいわバンザイ!!」

ソファからぐっと身を乗り出したエリン様に両手を掴まれ、気がつけばぶんぶんと握手させられていた。いやちょっと待って、今エグい技とか言わなかったかなこの人。ていうか、私このままだと医者にされちゃう?

「あ、あのっ、せっかくですが私は医者には向いてないかと……」

「大丈夫! 最初はみんな戸惑うのよ。わかるわ、解剖とか怖いって思っちゃうわよね。女の子ですもの。でも大丈夫、そのうち血の色を見るだけでとてつもない高揚感に包まれるようになるし、豚の腸詰めが食卓にのぼったときも、“あぁあのとき解剖の授業で徹夜したなぁ”とか懐かしく思い出せるようになるわ。ほかにも肺の音や心臓の音でオーケストラが楽しめたり、人や動物の鼻水収集が趣味になったり、とにかく素敵ライフが約束されるから!」

「いやいやいやいやどれもちょっと遠慮したいっていうか……」

「それに医者は大勢の人を助けることができる仕事よ。やりがいマックス!」

それは確かに認めますけれど!と口を開こうとしたとき、継母がエリン様の両手を軽くぽんぽんと叩いた。

「エリン、ちょっと落ち着いてちょうだい。私の娘を勝手にスカウトしないで」

「だってカトレア! この子天才かも。せっかくの才能なんだから出し惜しみしちゃいけないわ」

「この子はうちの後継ぎなのよ」

「後継ぎでも医者にはなれるわ。私がそうだもの」

「わかっているわ。でも、この子には夢があるの。そうでしょう、アンジェリカ」

継母に促され、私は握られたままの手をそっと下ろした。

「はい。エリン様、お誘いはありがたく思いますが、私は医者になるよりもやりたいことがあります。私は、ダスティン領をもっと発展させて、領民たちが幸せになる手助けがしたいのです。もう誰も飢えや病気で死なせたくないですし、出稼ぎに出て家族がバラバラになる生活を強いることもしたくありません。そのために温泉事業を成功させたいと思っています。それが私の夢です」

力強くそう宣言すると、エリン様はまるでつきものが落ちたかのように、そう、とうなづいた。

「そうね、あなたの才能ならどんな場面でも輝けるわ。実際にそれを証明もしているし。大騒ぎしてごめんなさい。だって優秀な人材を見ると放っておけなくて」

それはもう、自領で医療補助員の学校を運営しながら医師の卵たちの発掘もしているエリン様の職業病のようなものなのだろう。この熱意があるからこそ、ウォーレス領は医師を多く輩出し、子爵家の中でも名が知られる存在となっている。

「あなたの考えはわかったわ。残念だけど諦めるしかなさそうね」

しぶしぶといった体で両手を置いたエリン様は、ソファに座り直した。

「それで、うちの学校のシステムについて話が聞きたいそうだけど、それってどういうことかしら。あなたがやろうとしている温泉事業と関係があるの?」

ようやく本題に戻ったところで、私は大きく頷いた。

「はい。観光業を立ち上げるにあたって必要なのは人材です。ホテルやレストラン、娯楽施設、サロン……あらゆる場所で働く人材が必要になります。それも貴族を相手にする商売ですから、職能だけでなくしっかりとしたマナーも身につけてもらわねばなりません。そういった人材を養成する学校を自前で作りたいと考えています」

優秀な人材を集めるのはとても大変なことだ。うちもクレバー夫人をはじめ、あちこちから人をスカウトしてきた過去があるから身に染みてわかっている。集めるのが大変なら育ててしまえばいい、という発想に至るのはとても自然なことだった。

「我が領で観光業に従事してくれる人材を育てようと思っています。多くの孤児院では10歳頃からいろいろな職場へ修行に出されるそうですし、平民たちは12、3歳頃から働き始めますから、それくらいの子どもたちを集めて教育しようと思うのです。ちょうどエリン様のところの医療補助員の学校も10歳くらいからと聞きましたので、どういう展開をされているのか参考にしたいと思いました」

この世界では平民向けの学校らしいものがない。精霊庁配下の教会で子どもたちに簡単な読み書きや計算を教えているが、あくまで最低限であり、立派な教育とは言い難い。子どもたちはそこに通いつつ、多くが家業の手伝いをしながら大人になっていく。

そうした子どもたちに教育を施して、観光業に関する職能やマナーを身につけてもらい、卒業後はうちの領で働いてもらったらどうだろうという発想から、この学校設立案は生まれた。観光業と一言で言ってもその幅は多岐にわたる。ルルのように給仕の仕事もあれば、温泉施設や高級スパでエステやマッサージなどの施術を行う仕事もある。ホテル、温泉施設、娯楽施設、もちろん街で観光客向けの商売を行うのもいい。

とにかくあらゆる選択肢が与えられ、それが選べる、そんな学校にするのが理想だ。孤児院出身の子どもたちも、これなら自分のやりたいことを見つけやすくなる。

私の話を相槌を打ちつつ聞いていたエリン様は、面白そうな笑みを浮かべた。

「あなたのやりたいことはわかったわ。とてもいい発想ね。私にできることなら協力するからなんでも聞いてちょうだい」

「ありがとうございます!」

こうして私はエリン様からさまざまなレクチャーを受けたのだった。