作品タイトル不明
1日早いプレゼントです
各地からあがってきた報告をまとめると、今回湧いた温泉は新たに5箇所にのぼることがわかった。高台に元からあったものと裏山のものも含めると、領内に7箇所の源泉ができたことになる。
「一体全体、どういうことなんだ」
首を捻る父に、私は恐る恐る打ち明けた。
「あの、おとうさま。じつは私、裏山で精霊と契約したんです」
「なんだって!?」
驚きの声をあげる父は一瞬立ちすくんだが、すぐに我にかえった。
「アンジェリカ、指を見せてごらん」
「指、ですか?」
首を傾げながらも父に手を差し出す。指先の赤い傷が目につき、その理由について説明した。
「これは、精霊と契約したときに……」
そう、火の玉みたいにふわふわと浮かぶ彼らが出した契約書。それに血文字でサインをしたためにできた傷。そう思っていた。
「いや、それもあるけど、ほら、よく見てごらん」
父に促され、その傷をよくよく確認してみる。するとただの切り傷ではないことに気がついた。
「これは……うちの家紋ですか?」
「あぁ。アンジェリカの指はまだ小さいから見えにくいけれど、我がダスティン家の家紋だよ。ほら、私の指にも同じものがある」
見れば父の右手の人差し指にも家紋が刻まれていた。色は私と同じ赤だ。
「精霊と契約した当主の指には、こんなふうに家紋が刻まれるんだ。おまえが契約をした証拠だ」
「……はい。あ、でも、契約した方法は言っちゃダメだって」
「あぁ。精霊たちのルールでそうなっている。それに誓約の術がかかっているから、言おうと思っても口から出ず、書くこともできないようになっているはずだよ」
なるほど。確かに、うっかり言ってしまったり、誰かに脅されて言わされたりという可能性もあるのに、この手の話が広まっていないなと思ったら、そういうルールだったのか。
「アンジェリカ……。今はまだ私の指にも同じ家紋の印があるが、これは徐々に薄くなって消えていくんだ。これが完全に消えたとき、おまえがこの家の真の当主になるんだよ」
「そうなのですか? え、でも私、まだ当主とか無理です。おとうさまのそれ、どれくらいで消えちゃうんですか?」
「私が精霊と契約したのは10歳のときで、父から完全にこの家を引き継いだのは21歳のときだ。学院を卒業して、アッシュバーン騎士団で研修して、帰ってきた頃だね。精霊はその辺りも考えて世代交代を促してくるはすだよ」
「へぇ。よくできたシステムですね……」
この国では貴族の子どもは13歳から18歳まで王立学院に入学することになっている。当然領地を後にしなければならないから、精霊の希望である「領地に住み続けること」が叶わない。その辺りも考慮して、成人後に完全に引き継がれるようになっているというか。私は明日9歳になるから、まだ10年くらいは猶予があると見ていよさそうだ。
しみじみと指先を見つめていたら、父がぽつりと「ありがとう」と呟いた。
「おとうさま?」
「おまえにお礼が言いたくてね。本当はたくさん謝罪しなければならないところなんだが……。おまえの母のハンナのことも、おまえがハンナの元で暮らしていた間のことも。私はすべてが後手後手で、おまえに辛い思いをさせてしまって。その上今、精霊とこの家と領民の命をおまえに背負わさなければならない。詫びなければならないところなんだが……ただ、やはり嬉しい気持ちもあるんだ。おまえが私の娘で、こうして私の跡を継いでくれるのが嬉しくて」
見ればその金の瞳にうっすらと涙が浮かんでいた。見た目の多くを実母から受け継いだ私が、唯一父からもらった同じ色の瞳。
「アンジェリカ、ありがとう。私の娘として生まれてきてくれて、本当に嬉しく思っている。きっとおまえなら立派な当主としてやっていける。私も生きている限り全力でおまえを守るから。だからどうか、その印を誇りに思ってほしい」
「もちろんです、おとうさま。私、おとうさまの娘でよかったです。もちろん、おかあさまの娘になれたことも嬉しく思っています。至らないところも多いと思いますが、これからもいろんなことを教えてください」
「……ありがとう」
優しく肩に回された腕が温かく私を包み込んだ。心地よい温度と匂いに安堵していると、ふと窓の外で赤い光がふわりと揺れた気がした。
後ほど事情を知った継母もまた笑み崩れた。
「まぁまぁまぁ! 明日はアンジェリカの誕生日と契約お祝いの日になるわね!」
領内の温泉騒動がそこまで大事でなかった安心感もあり、皆がほっとしていた。明日は予定通り、ケビン伯父一家を招いてのパーティを実施することとなった。
湧いた温泉だが、地面にある程度吸収されそうなので当面は放置しても大丈夫だろうと思われた。ただ一箇所だけ高温すぎて火傷の恐れがあるため、早急な対策が必要だという。
「とりあえず誰も近づかないよう言付けを出したが……どうしたものかな。ほかの場所も、近隣に人家があるところは農作物に影響が出ないよう、温泉の流入を防がなければならない」
夕方になり研究所から戻ってきたロイも一緒になって頭をひねっているところへ、私は思わず手をあげた。
「おとうさま! 提案があります!」
「な、なんだい?」
「私に、この領内での温泉事業の着手の許可をいただけないでしょうか」
「温泉事業だって?」
「はい。せっかく湧いてでた温泉を放置するのはもったいないです。これを使ってダスティン領にもっと人が集まる仕組みをつくりたいんです。具体的には温泉を軸にした観光業です」
「観光業? うちの領でかい?」
「はい。幸い、と言いますか、この国では温泉はまだまだ珍しい存在です。国民にも温泉の知識はほとんどありません。ですが温泉は大きなポテンシャルを秘めた、観光の目玉となるべきものです。これを機に各温泉を整備し、誰もが楽しめる施設を作っていきませんか?」
私の提案に2人は驚きながらも、すぐに質問に転じた。
「お嬢様、具体的には何をお考えですか」
「まずは温泉を整備して、誰もが利用できるようにしたいの。高台のように屋外の温泉も趣きがあるけれど、やはり建物があればより利用がしやすいわ。温泉をもっと掘り下げて広めの湯船を作って、そこに建物を作るの。男女別に利用できるように整備してあげれば、若い女性たちも利用しやすくなるでしょう。さらに宿屋やホテルを作って各部屋でも温泉が楽しめるよう引けば、他人に肌を見せたがらない貴族客だって呼び込めるわ」
「なるほど。しかし、温泉だけでそれだけ人が集まりますか? こう言ってはなんですが、ただの風呂ですよ?」
「それなんだけど、ロイ。研究所で土壌成分の解析を行っているわよね。温泉のお湯の解析もやってもらえないかしら」
「お湯の解析ですか?」
「えぇ。温泉の成分は土壌と同じように、各地で違う可能性があるの。まぁこの狭い地域に湧いたものはさすがに全部同じ成分でしょうけど、とにかく解析してみればそれがどういう効能があるかがわかるわ。たとえば怪我を治りやすくするだとか、肩こりにきくとか、美肌に効果があるだとか。その成分を打ち出していけば、十分集客につながるはずよ」
「なるほど。確かに温泉で身体を癒すという考え方は聞いたことがあるな。領民たちも“疲れがとれやすい”とわざわざ高台まで行く者もいるくらいだし」
父とロイが顔を見合わせる。私は拳に力を入れてその様子を見つめた。
「まぁ、今後大きく展開していくかはさておき、今湧いているものを放置するのも体裁が悪い。何かしら手を打たねばならないところだったから、アンジェリカの言う通りにしてみるのもいいかもしれない」
「そうですね。特に東地区の高温の温泉は、湯量は少ないとはいえ放置するのは危険です。その他の地区の温泉はある程度整備して、領民たちが使えるようにするのも悪くないと思います。ゆくゆくはそれを事業展開していけばいいのではないでしょうか」
「そうね! まずはみんなが使えるようにしたいわ。それに研究所の近くにも湧いたのよね。研究員さんや視察で訪れた人たちも、1日の疲れを癒すことができるわ」
「彼らの口コミで宣伝効果もある、か」
皆の意見が少しずつ集約され、ついには父が「よし」と手を打った。
「アンジェリカ。1日早いが、私からの誕生日プレゼントだ。温泉を使って領民たちが幸せになれるような整備をやってみなさい」
「はい!」
こうしてダスティン領の温泉開発計画がスタートした。