軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

覚悟の契約をいたしましょう

「——否の答えはできないのでしょう? ならば、やることはひとつよ」

ここで断れば、精霊は土地を去り、領地は廃れていく。ここまで育て上げた様々なものがすべて崩れてしまう。

「私はアンジェリカ・コーンウィル・ダスティン。ダスティン男爵領の、次期当主です」

これが子沢山の家なら、お家騒動だの譲り合いだのがあるのかもしれない。けれど我が家には私だけだ。私以外にこの契約書にサインできる人間はいない。

そしてここにサインするということは、この土地とこの精霊たちとともに生きていくと誓うこと。

脳裏にふと蘇るものがあった。知っている人たちの顔——その最後に、柔らかな金の髪と緑の潤んだ瞳が過った。

「また会える?」と問いかける、幼さの抜けない声。

もとより交わるはずのない人生だった。たとえ、この身体の持ち主である本物のアンジェリカが望んだとしても、この世界においてタブーなのだ。

私のこの選択を、本物のアンジェリカは嘆くだろうか。

つきん、と動く胸に一瞬だけ目を伏せたあと、私は顔をあげた。

「誓います。私がこの土地に発展をもたらし、精霊を守護することを——」

右手をあげた私は、宙に浮かぶ契約書に、血文字でサインした。

『契約、完了——』

突風が巻き起こり、目の前に浮かんだ契約書がまたたくまに飲みこまれた。消える寸前、自分がサインした文字が真紅の輝きを放っているのが見えた。

『……やくそくだからね』

『てつだってあげる』

風に揉まれる私の髪と衣服。それをかき分け、消えていく赤い精霊たちの声が耳元でわんわんと響く。

それが消えやらぬうちに、どんっ、と突き上げるような地響きが起こった。

「やだ……地震!?」

だがそれも一瞬のこと。揺れはぴたりとおさまり、ドドドっという勢いある水音が地面から巻き上がった。

「ええぇっ!? 嘘でしょっ!!」

先程まで私が呑気に足をつけていた源泉。その真ん中が割れ、小さな小川の底から水柱が勢いよく立ち上がっていた。ばしゃばしゃと飛んでくる水飛沫はほんのりと温かく、つんとした匂いが辺りに充満する。

これはつまり——。

「お、温泉、掘れちゃった……」

辺りを濡らしていく水柱を前にしばらく立ちすくんでいたが、はっと我に返った。父に精霊と契約したことを伝えなければならない。確か精霊は、契約したことは人に話してもいいが、その方法については言ってはならないとのこと。そもそも契約があったことを伝えなければ、自分が次の当主だという証明ができない。

山道を駆け降りていくと、屋敷はちょっとした騒動の渦中にあった。下働きのマロニーが馬の準備をしている。マロニーは以前うちに勤めていたルシアンの弟で、男手が必要になりスカウトしたのだ。

「マロニー、どうしたの? 馬の準備なんかして、どこかでかけるの?」

「お嬢様! よかった、ご無事で! 裏山に行かれたと聞いて心配していたんです。危うく捜索隊を出すところでしたよ」

「捜索隊? 馬で?」

「いえ、これは領地の見回り用です。今から領主様がお出かけになるんで。ひとまずお嬢様の無事を知らせた方がいいですね」

「待って、無事って、どういうこと? 何かあったの?」

「今しがた大きな揺れがあったでしょう。それで、どうも地面が割れて水が吹き出したところがあるらしいんですよ」

「えぇ!?」

「高台にあるのと同じ温泉なんじゃないかって。それで領主様が調査に行かれるんです」

マロニーはそのまま勝手口を覗き、そこにいたミリーに私の無事を伝えた。すると奥から両親が揃って出てきた。

「アンジェリカ!」

「よかった、無事だったのね」

涙ぐむ継母に抱きしめられつつも、私は両親に問いかけた。

「おとうさま、おかあさま、あの、温泉が湧いてでたって聞いたんですが」

「あぁ、今の地震の影響か、土地が割れて湯が湧き出たという報告があるんだ。怪我人はないと聞いているんだが、ちょっと見回ってくるよ。研究所も心配だしな。おまえはおかあさまと留守番していなさい」

「はい。えっと、あの、じつは、裏山の温泉のところにも水柱があがっていました」

「なんだって? あそこはわずかに湧いて出るだけだったのに……いったい何が起きてしまったんだ?」

首を傾げる父に「精霊と契約したせいです」と正直に打ち明けることができなかった。ごめん、おとうさま、とわずかに視線をずらす。この騒動の原因は確実にアレだろうから、大きな被害は出ていないはずだ。

見回りに出ると言う父についていきたかったが、私はひとりではまだ馬に乗れない。私が一緒に乗れば馬足が遅くなり、調査に支障をきたすだろうから諦めることにした。家で報告を待つことにしよう。

出かける父とマロニーを見送りつつ、継母は残念そうな声でつぶやいた。

「せっかく明日はあなたの誕生日だっていうのに、お祝いどころじゃないかもしれないわね」

……そうだった、私、明日9歳になるんだった。ってことはこのド派手なイベントは精霊からの誕生日プレゼントなのだろうか。彼らは契約のおぷしょん、って言っていたけど。

なんにせよ、もし彼らが源泉をプレゼントしてくれたのなら、この先やれることが増える。うきうきしながら父たちの報告を待つことにした。