軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

まさかのエンカウントです2

「エリオット様、売り子を困らせるものではありませんよ」

「君は……エヴァンジェリン嬢! なぜここに……!」

「それはこちらの台詞ですわ。お供の方はどうされたのです? まさかおひとりでいらしたわけではありませんわよね。仮にも侯爵令息ともあろう方が」

「ふ、ふん! 今日はお忍びなのだ、ひとりで何が悪い! 王都に来たばかりの君と違って、私はこの辺に慣れている。なんといっても我が領は王都のすぐ隣、父上に連れられてよくここには来ているからな」

「それでは説明になっておりません。土地勘があることと、供人をつけないことは別問題ですわ。はぐれてしまわれたのでしたら、わたくしと共にまいりましょう。宰相様は王宮ですわよね? そこまでご案内いたします」

「わ、私を迷子扱いするのか!? 断じて違うぞ! 私はここにポテトクッキーを買いにきたのだ!」

「でしたらご購入なさいませ。ただし、この店では金貨は使えませんわよ。銅貨か、せめて銀貨でなければ」

「ぬ? そうなのか!? なぜだ! たくさん買うつもりで金貨を持ってきたのに……」

突然しょぼんとしたマクスウェル少年が言葉を失った隙に、私は静かに切り出した。

「恐れながらマクスウェル侯爵令息、このような屋台では金貨の釣り銭がご用意できません」

「おまえはさっきの……」

「エリオット様、こちらはアンジェリカ・コーンウィル・ダスティン男爵令嬢です。このお店を運営している孤児院の支援をなさっておられる方です。本日のお店はダスティン男爵令嬢が運営の一助を担っておられるとのことです」

目下の私がいきなりマクスウェル少年に声をかけるのは本来なら失礼だ。だけどエヴァンジェリン嬢ひとりに応対させるのは気が引けてしまった。そんな私の失礼を少しでも緩和してくれようとしたのか、エヴァンジェリン嬢が私の身分を紹介してくれた。

「ハイネル公爵令嬢はマクスウェル侯爵令息とお知り合いだったのですか?」

私の問いに、エヴァンジェリン嬢はえぇと頷いた。

「私の叔父が文部大臣をしている関係で、過去にも何度か王都に出てきたことがありますの。彼のお父様は宰相ですから、そのつながりで彼とも面識がありました。まぁ、幼なじみといったところでしょうか」

身分からすればエヴァンジェリン嬢の方が上だが、エリオット・マクスウェルはカイルハート殿下と同い年で、私や彼女のひとつ上になる。エヴァンジェリン嬢に対する口調がややぞんざいなのはそうしたところからかもしれない。

「ダスティン男爵令嬢といったな。おま……じゃない、君がこの店を運営しているのか」

「え? いえ、運営しているのはあくまでも孤児院です。私はポテトクッキーのレシピを提供しただけですから」

我が儘放題だったマクスウェル少年の口調が少しだけ丁寧になったのは、私が貴族だとわかったからか、それともエヴァンジェリン嬢に諭されたからか。どちらにせよあまりいい気分ではない。なんならこのままお引き取り願いたい。

「君がこのクッキーを作ったのか?」

「正確に言えば、私の家が提供したレシピを使って、孤児院の子どもたちが作ったんです」

これ以上いちゃもんつけられるのもたまらないと感じた私は、あまり深入りしたくない気持ちが働いて、自分の関わりを最小限にして伝えた。

「ということは、作り方を知っているんだな?」

「えぇ、まぁ」

「頼む! その作り方を教えてくれ!」

「え、えぇ!? ちょっと……!」

驚いたのは突然彼が私の両肩を掴んだからだ。勢いに押されて後ずさった私を、がっちりと受け止める手があった。

「え、シリウス?」

私よりも頭ひとつ分背の高い彼が、私が転ばないよう支えてくれた。そのまま肩にかかったマクスウェル少年の手を払う。

「シリウス、やめて!」

貴族相手にそんなことをすればどんなお咎めを受けるかわからない。まして相手はこの国の重鎮、宰相の息子だ。青くなって彼を止める。

「女性にそのような乱暴を働くのはどうかと思います」

「シリウス! 私は大丈夫だから……」

いつもは凪いだ海のように静かな彼の濃紺の瞳には苛立ちが浮かんでいた。荒れ狂う海の嵐の予兆を感じた私は、自分の力で立ち、彼を振り仰いだ。

「シリウス、ありがとう。私、自分で立てるわ」

「アンジェリカ様……」

息を整えている間に、今度はエヴァンジェリン嬢が一歩進み出た。

「エリオット様、先ほどからの振る舞い、とても侯爵家の令息のなさることとは思えません。このことは叔父を通じて、マクスウェル宰相にお伝えいたします」

毅然とそう告げるエヴァンジェリン嬢の声に、逆えるものは誰もなかった。彼女はこの場で誰より身分が高く、尊い存在だ。

さすがのマクスウェル少年も、自分の振る舞いがあるまじきものだと気づいたのだろう。愕然とその場に佇むばかりだ。

そのときだった。「あそこにいらっしゃったぞ!」と叫ぶ男性の声が聞こえた。

「エリオット様! こんなところに!」

「よくぞご無事で……!」

駆け寄ってきたのは護衛と思われる武装した男性たちだった。どうやらマクスウェル少年の家の者らしい。

「エリオット様、突然いなくなられて心配いたしました。我々とともに行動することで外出を許されたのですよ。そのことをお忘れではありますまいな」

「私はただ……」

「さぁ、お戻りください。侯爵閣下もお待ちです」

「……! 父上に話したのか!?」

「当たり前でしょう! 大事な御子息を見失ってしまったのです。真っ先に報告いたしましたとも。閣下もお怒りです。当分外出は禁止されると思ってください」

「そんな……っ」

マクスウェル少年を両側からがっちりと捕獲した護衛たちは、そこでようやく私たちの存在に気づいた模様だった。私というより、エヴァンジェリン嬢に。

「あなたは……ハイネル公爵令嬢!」

「皆様、ご苦労様です。エリオット様は皆様とご一緒に精霊祭にいらしたのですね」

「はい。ですが、大教会に行く途中で突然我々の元を走り去っていかれました。人混みもあり、見失ってしまいまして……」

「そうですか。おそらくその直後に私と出会ったのでしょう。おひとりでいらしたので、我が家の護衛たちとともに行動しておりました。王宮に伝令を走らせるべきでしたわね。申し訳ございません」

「いえ! 御令嬢が頭を下げられることはありせん、我々の不徳と致すところです」

「……何か事情がおありなのかもしれません。あまり叱らないであげてください」

「はっ! では御前、失礼いたします」

そしてマクスウェル少年は護衛たちに文字通り運ばれていった。