軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

答えは思わぬところに転がっています

孤児院を訪れた日から2日後。週末を利用してナタリーとエメリアが帰省していた。シンシア様はシリウスとの約束通り、私たちのための連弾用の楽譜を用意すべく、2人の娘に相談したようだ。シンシア様はピアノが弾けないが、彼女たちは学院にあがるまではピアノを習っていたそうで、あれがいいこれがいいと相談しながら2曲選んでくれた。

1曲はゆるやかなテンポのメヌエットで、素人6歳児の私でもなんとかなりそうなもの。もう1曲は子どものダンス用に作られた曲で、運指はやや大変だが、転調しても同じフレーズを繰り返すので憶えやすい。

この2曲を携え、週明けの月曜、午前中の騎士団寮での仕事を終えた私は、ウォーレス教授の元を訪れた。毎週月曜の午後はピアノレッスンの日だ。

「教授、あの、今練習している曲のほかに、これも練習したいのですけど……」

おずおずと私が差し出した楽譜をちらりと見るなり「連弾だな。誰かと演奏するのか?」と尋ねられた。私が孤児院で出会ったシリウスの話をすると、「なるほど、わかった」と頷き、楽譜を譜面台に置いた。

「君はどちらのパートを弾くんだね?」

「まだ決まってないんです。でもシリウスの方が私よりずっと上手なので、難しい方を彼にやってもらおうかと。ただ、彼は楽譜が読めないので、どのみち私が両方弾けるようにして、彼のパート分を聴かせてあげなくてはいけないんです」

「楽譜が読めないだと?」

「はい……孤児院の規則でピアノを習うことはできなくて。いつも耳で聴いて曲を覚えるのだそうです」

「……」

教授は瞠目したが、すぐにいつもの無表情に戻った。そして軽く咳払いをしたあと、2つのパートをアレンジして融合させた曲を1度披露してくれた。連弾用の楽譜なのに1曲に初見でまとめてしまうあたり、さすがというか、むしろ教授にとっては朝飯前なのだろう。おかげで私は曲の全体像をまず掴むことができた。

その後2つのパートを別々に弾いてくれて、私が演奏する方を決めてくれた。それを2曲分やったところで、今日のレッスンはあっという間に終了時間になった。

「その……演奏はどこでするのかね」

「え? えっと、たぶん孤児院でやることになると思います」

アッシュバーン辺境伯家のタウンハウスにはもうピアノはないし、シリウスは孤児院での役割もあって多忙だから、あちこち出かけられる身分でもない。ホールに置いてあるというピアノでささっと合わせて、それで終わりにするつもりだ。どれだけたくさん練習したところで私が足を引っ張ってしまうのは事実だし、シリウスだってそんなに暇ではないだろう。

そんな話を教授にすると、「そうか……」と呟いたまま、あとはいつもの寡黙な教授に戻ってしまった。

レッスン後はいつものとおり、教授夫人と継母も加わってのお茶会だ。香り豊かなお茶とおいしいおやつをいただきながら、夫人と継母の話に耳を傾けつつ、ちらりと教授を見た。彼は静かにお茶をすすっている。いつもと変わらない光景だ。

教授が私のレッスンを嫌がっているようには思えない。夫人や継母の話ではとても楽しそうだとのことだし、毎回の指導も熱心で、おざなりにやっているそぶりはまったくない。

それはもうわかっているのだが、やっぱり昔のように才能豊かな人材に教えたいのではないかと思ってしまう。たとえばシリウスのような。

(だけど、「シリウスにピアノを教えてあげてほしい」と私が頼むのはご法度だわ)

シリウスには優秀な教師をつけてあげたいと思うし、教授にも優秀な生徒に稽古をつけさせてあげたいと思う。だけどそれが私の“お願い”で成り立ってしまってはダメなのだ。なぜなら教授は引退したとはいえプロ。彼にタダで仕事をしてくれとは言えないし、言ってはいけない。加えて、“いっときの気まぐれ”では支援として成り立たない。継続が見込めなければ、それはただの貴族のエゴだ。

(うーん、全部をうまく、まるっと叶える方法がないものか……)

私が小さな頭をうんうん抱えていると、「そういえば……」と頭上で声がかかった。

「カトレアから聞いたのだけど、アンジェリカ、あなた、今度は連弾に挑戦するんですって?」

声の主は教授夫人。私は「はい」とうなずいた。

「素敵ねぇ。ぜひ私も聴いてみたいわ。招待はしてもらえないのかしら」

「2人で演奏するというか、ただお楽しみで弾くだけですので、どうでしょう……」

孤児院は立ち入り禁止の場所ではないが、それほど縁のない人間がピアノ聴きたさに押しかけるというのは、無理があるのではと思う。

それ以上どう答えていいやらわからず継母を見上げれば、彼女も困ったように微笑んだ。

「シンシア様にお願いすれば叶うかもしれないけれど……難しいかもしれないわね」

「そうよね。そんなに簡単なことではないわよね」

アッシュバーン副団長夫人の名が出たことで、教授夫人も察するところがあったのだろう、それ以上は押すこともせず引き下がった。だがその顔には明らかに“残念”という色が浮かんでいる。

「お母様の気持ちはわかりますけれど、ただの子ども同士のふれあいですし」

「そうよね、発表会でもなんでもないのよね」

何気なくこぼれた教授夫人の言葉に、私は思わず「ん?」と反応した。発表会???

「あらアンジェリカ、どうしたの?」

「発表会……それです! その手があったわ!!」

教授夫人も継母も、冷静沈着な教授でさえ驚いたような表情を浮かべ、突如立ち上がった私をぽかんと見つめていた。