作品タイトル不明
懐事情が明かされました
「うちには金がないのだ」
ソファに移動して開口一番にバレーリ団長が発したのは、ずばりその一言だった。
「えーつまり……王立騎士団は財政的な困難を抱えていらっしゃるということで?」
「そのとおりだ、男爵。話が早くて助かる」
「話が早すぎますよ。順を追って説明してあげてください」
ロイド副団長のツッコミは的確だが、私たちには想定内の内容だ。じゃがいもに目をつけるからには懐事情に何かしら問題を抱えているのだろうと予測はしていた。
「ようは長年の緊縮予算の煽りを受けて、騎士団の予算は年々減らされる一方なのだ。それに合わせて軍部も縮小できればいいのだが、国内外とも依然として安寧とは言い難い」
「正確に申し上げれば、外交上の問題は今のところ比較的安定しています。20年前の戦争でトゥキルスとは痛み分け、先方も今何かをしかけてくる余裕はないですし、王家の輿入れ政策も功を奏しています。我が国の国王陛下とトゥキルスから輿入れされたヴィオレッタ王妃陛下の仲も睦まじくていらっしゃる。ただ、完全なる平和を望むには、次の世代の即位を待つことになりましょう。問題は国内です。表向きは税率軽減などの政策や各領主の自助努力で復興を遂げたように見えますが、失業率の高さや医療政策への対策が不十分な面もあり、小競り合いが各地で絶えないというのが現状なんです」
そういった事情から、騎士団が各地の砦を守り続けることは、犯罪の早期解決や抑止に大いに役立っているそうなのだが、それでも騎士団への予算は厳しい状況なのだという。ダスティン領のような牧歌的な場所にいる私にとっては初めて知る現実だった。
(うちの領の場合、反乱起こそうにも奪い取れるものがないからなぁ)
各家みんな貧乏大所帯だし、領主の私たちですら畑を耕し家畜の世話をしていることを皆が知っている。もちろん、領民たちから税金はもらっているのでこうして冬の社交をこなせるくらいの贅沢は可能だが、それでもうちに金目のものなんてないから、仮に一揆を起こしたところで手に入るものなんて微々だ。
小競り合い、というが、1人2人の人数ならともかく、数十名の流れ者たちが徒党を組むと、それは一種の軍隊のようなものだ。きちんとした訓練を受けている騎士団が対応に当たる必要がある。領は私兵を持つことが禁じられているから、尚更彼ら頼みだ。
それだけ各地で頼りにされている王立騎士団。しかし彼らは今、予算削減の憂き目にさらされている。
「ふん、それもこれもあの眼鏡小僧がいかんのだ! 口を開けば“予算がありません”、“もっと減らして差し上げてもよろしいんですよ”だの減らず口を叩きおって……! 青臭い若造のくせに生意気な……」
「お言葉ですがマクスウェル宰相と私は同い年、王立学院時代の同期です。加えて彼は主席で卒業しました」
「おまえは! 騎士団副団長のくせにいつもいつも眼鏡小僧の肩を持ちおって……いったいどっちの味方なのだ!」
「同期のよしみを差っ引いて考えても、彼の手腕は確かです。戦後、賠償金もないままここまで復興できたのは、彼の父親である前宰相と、それを引き継いだマクスウェルの手柄ですよ。あなたもそこは理解しているでしょうに」
「それとこれとは別だ! あの親子揃って陰険眼鏡たちめ……! どうかすると金を毟り取っていこうとするその執念だけは見事なものだがな」
「言い方を弁えましょう。ご婦人や子どもの前で失礼ですよ」
ロイド団長のため息混じりの指摘に、バレーリ団長ははっと気づいたように目を丸くし、こちらに頭を下げた。
「いやはや、申し訳ない。つい口が滑って本音がだだ漏れしてしまった」
「それ、謝罪はともかくとして暴言の言い訳にすらなっていませんよね」
「おまえもいちいち口が減らないな」
「あなたの副官になったおかげで鍛えられましたので」
大柄な団長を睨みつけながらも、その実本気で怒っているわけではないロイド副団長の様子を見て、私はこれが通常運転なのだと理解した。隣を見上げると継母はゆるやかな笑みを絶やさないでいる。お嬢様育ちの彼女にとっては衝撃の舌戦だったかと思うが……さすがだ。
「なるほど、騎士団のお立場とバレーリ団長のお気持ちはよくわかりました。それにマクスウェル宰相のお考えも……王家の懐刀と言われる方ですから、私のような凡人にはわからぬところもありますが」
父がおずおずと申し上げると、ロイド副団長が察したように口を開いた。
「じゃがいもの食用化の件、ミーシャに……いえ、マクスウェル宰相に進言されたそうですね」
「はい、せっかくの技術ですから国政に生かしていただくのはいかがかとご提案申し上げたのですが、断られてしまいました」
「ふん、見る目のないことだな」
バレーリ団長が口を挟む。
「私どものご案内も不十分だったのです。新しい技術を広めるには予算も人手もかかります。そのあたりまできちんと準備申し上げてから進言すべきでした」
「だが彼は完全に見限ったわけではないと思います。私にその話をしてくれたくらいですから」
「なんと副団長に、ですか」
「えぇ。じゃがいもの食用化について詳細を私が知ったのは、父や実家からの情報ではなく、マクスウェルからの情報です。その話を聞いて、そういえばミシェルが実家に里帰りした際、そんなことを言っていたなと思い出したのですよ。ミシェルの話を聞いただけでは半信半疑でしたが、マクスウェルが言ってくるのなら確度の高い話だと思いました。そこで団長に報告したところ興味を持たれ、今回、男爵にお運びいただくことになったわけです」
「なるほど、そうでしたか」
うなずきながらも父は「やはり」と思っていることだろう。ここまで見事に推測が的中している。おとうさま、なかなかやる男だ。
「正直我らも、現状にあぐらをかいていてはいかぬと、切り詰められるところは切り詰めてきたのだ。だがこれ以上のことをとなると、もう妙案が浮かばん」
「今回のじゃがいもの食用化が、いわば最後の砦のようなものなのです。これでうまくいかなければ……」
「騎士の数を今より削減せねばならなくなる」
腕組みした団長が神妙にそう告げた。
「それは……各地の砦を守る人員も削減される、ということでしょうか」
「王都は両陛下が住まわれる場所。そこの人手を減らすわけにはいかんからな」
王都の人数は減らせない。となれば地方勤めの騎士を解雇するしかない。未だ僻地では小競り合いが起き、ならず物が徒党を組んで闊歩することもあるという状況で、騎士の数が削減されれば、果たしてどうなるか。
「それに、仕事を奪われた騎士の末路がどうなるか……。捕縛されたならず者の中には元騎士という者が少なくはないのです。そしてそんな彼らを見るのも捕縛するのも、我々にとっては辛いことになります」
騎士というのは比較的目指しやすい職業だ。試験に受かりさえすれば平民でもなることができる。もちろん、その試験は決して簡単ではないが、たとえば農家の末っ子あたりに生まれて継ぐ土地もないような男子にとって、騎士を目指すというのはどこかへ婿入りを目指すよりも確実だ。そして貴族たちにも人気の職業だから成り手は多い。もちろん有事には命をかけて戦わなければならないから、それと天秤にかける話にはなるが、大きな戦争もない今、食い扶持を稼ぐには敷居が低い職業のひとつだ。
そんな彼らが仕事をなくし、生活に困窮すればどうなるか、とロイド副団長の嘆いている。騎士は潰しがききにくい仕事でもある。腕っ節の強い彼らがゴロツキにまで身を落とせば、それを捕縛するのも決して楽ではない。
「とにかくだな、そのじゃがいもが本当に食用に適しているのか、そしてそれを騎士団で運用できるのか、それを今回確かめたいと思っている。男爵やご一同には手間をかけるが、我ら騎士団のため、ひいては王国の未来にわたっての安寧のため、ぜひとも協力いただきたい」
このとおりだ、と頭をさげる団長の後頭部を見て、この人がただ口が悪いだけの人ではないなと確信した。侯爵家出身の彼が、男爵でしかない父と、そして私たちにまで頭を下げるのだ。
彼もロイド副団長も、自分たちの仲間がそういう末路を辿るのを見たくないし、させたくもない。彼らの雇用を守るためにも、騎士団の食事を改善させ、食費を節約したくて、この案に賭けようとしている。
「承知いたしました。我々がご協力できることを全力で取り組ませていただきます」
私もまた、その意向をしっかり受け取り、父に倣って頭を下げた。