作品タイトル不明
騎士団にお邪魔します
王都滞在一週間目にしてようやく、本来の目的、王立騎士団への面会の日を迎えることとなった。
王立騎士団は王城の敷地内にある。とはいえ様々な執務や会議が執り行われる王宮や王室の方々が住まう内宮とは離れた場所にあるため、入り口も違うし、騎士団の場所から内宮へ行くには許可証も必要とかで、簡単に行き来はできない。
王城の外れともいえる離れた場所に騎士団棟があり、そこには団長たちをはじめとする高位騎士の執務室や訓練場、馬場、寮や使用人棟がある。寮の中には厨房もあって、私と両親が馬車で向かっているのはまさしくそこだ。
ちなみにマリサは2日前に既に騎士団寮の使用人棟に移っている。じゃがいもは調理の前にアク抜きが必要で、灰汁を用意するのに一晩、さらにそれでじゃがいもを茹でるのに数時間と、下準備にそれなりの手間がかかる。毎日の料理のルーティーンになってしまえばそれほど手間とは思わなくなるのだが、初めて訪れた厨房で、知らない人たちに囲まれての作業は想像以上に大変だろう。
継母がよその厨房に立つのはさすがに外聞が悪いが、子どもなら大丈夫だろうということで、私もお手伝いに入ろうとしたのだが、「じゃがいもの下準備くらいならひとりで問題ないですから」とマリサが言い張るので、彼女にお任せすることにした。
今日の手筈はこうだ。
バレーリ団長とロイド副団長との面会は午前10時。そこで今回の趣旨のすり合わせをする。先方の要望を聞き、こちらがお手伝い可能かどうかなどについて意見交換するのだ。これは主に父が担当する。さすがに6歳の子どもが団長のお相手をメインで張るのは無理があるからだ。だが、私もポテト料理起案者として同席はさせてもらう。継母も然りだ。
その間に厨房ではマリサが他のスタッフの手も借りて、バレーリ団長とロイド副団長、それにあと数名の高官のための昼食を準備する。私も話し合いがひと段落したらこちらに合流し手伝うことになっている。昼食の席には両親がつくが私は座らない。前回の伯爵翁様のときのように料理のプレゼンをするのが私の役目だ。
昼食のメニューも敢えて派手にはせず、父の記憶を借りてなるべく騎士団で普段から食べられる普通のものを用意した。とはいえ多少のオリジナルは加えている。それにお土産だって用意した。
「緊張しているのかい? アンジェリカ」
不意に正面の父が私の顔を覗き込む。
「いいえ、なんだか……わくわくしています」
「そうかい。それならよかった」
「大丈夫よ、アンジェリカ。きっとうまくいくわ」
隣に座った継母も励ましてくれる。
「そうですね。これで騎士団や王都にポテト料理が広まってくれたらいいのですが」
「あぁ、この間話してくれたお店の構想だね」
「はい」
ハムレット家の双子たちと面会した際に出た案について、すでに父にも紹介していた。父もなるほど、と関心を寄せてくれた。
「となると、男爵領のお墨付きという印を与えてもいいかもしれないな。各地の名産なんかで、領主に保護されている産業の品には家紋をアレンジした印が配されることがあるんだよ。ワインの瓶なんかに入っていたり、ガラス製品や磁器製品に刻印として配されていたりね。それは正規品という何よりの証拠になるから、売れ行きを左右することにもなるし、類似品が出回ってもそれを元に鑑定できるというわけさ」
「それ、面白そうですね」
我が領にはこれといって特産がないから今まで役目がなかった家紋印。もしポテト料理のお店にダスティン領の家紋印を合わせて配せば、貴族のお店と庶民に対してもアピールできる。前世でいうところのブランドマーク的な発想は、フランチャイズ展開で大いに役立ちそうだ。
だが、依然として問題も山積みだ。フランチャイズ方式を採用するとしても、結局どうやって宣伝するのか、そして仮にポテト料理のお店をやりたいと手をあげてくれた人たちがいたとして、どうやって彼らに教えればいいのか。
なんだかんだと毎回その辺りで詰まってしまうため、なかなか先に進めずにいる。今もふとそんな考えにとらわれ、慌てて首をふった。
(いけない、今はお店より騎士団のことよ)
目下の目標はバレーリ団長とロイド副団長にポテト料理の良さを認めてもらうことだ。そのために私は王都に出てきた。
到着した騎士団寮の前で、開いた馬車の扉の先のことを思い、私は顔をあげた。
私たちを出迎えてくれた若い騎士の案内で団長の執務室に到着した。
「失礼いたします。バレーリ団長、ダスティン男爵ご一家をお連れしました」
「入れ」
太くひび割れるような声に一瞬息を飲む。しかし両親がしっかりと背筋を伸ばして優雅に入室するのに倣って、私も顔をあげた。
「やぁ、男爵。舞踏会のとき以来だな。改めて、わざわざ御足労かけてすまない」
「いいえ、バレーリ団長におかれましては、お忙しい中お時間を割いていただき、恐悦至極に存じます。このたびの御指名、我が領の誉れにございます」
いつもは小柄な父の背中がこういうときはとても頼もしく見える。やはり貧乏とはいえ生粋の貴族だ。昨日今日の振る舞いではない。
「厚かましくも、妻と娘を同伴いたしましたこと、どうぞお許しください」
「かまわぬ。こちらが無理を申したのだ。それに、じゃがいもの食用化に至ったのは娘御の力だったと聞く。話を聞くのを楽しみにしていたぞ。奥方殿も、どうぞ面をあげてほしい」
それまで継母に倣って視線を伏せ、挨拶のポーズをとっていた私は、継母が身動ぎしたのを確かめてから顔を上げた。
冬の朝の光が差し込む執務室は、とても広いが簡素な造りだった。こちらに向いた大きな机のほかに、応接セットと書類棚が置いてあるだけだ。
そして机の脇に2人の男性が立っていた。2人とも緑を基調とした略式の騎士服姿だ。
1人はもう知っている。ロイド副団長だ。実は2日前、王宮での仕事が終わり数日ぶりに家に戻ってきた彼と既に顔を合わせていた。伯爵翁様やミシェルたちと同じ淡い水色の瞳。顔立ちは当主のアレクセイ様やナタリーによく似ている。ナタリーの中性的な印象を、もう少しごつくした感じだ。
そしてもう1人の男性が、とにかく圧巻だった。見上げるほど背が高く、全体的に体が分厚い。太っているのではなく筋肉で覆われているのがわかる力強さだ。肌は浅黒く、肩までの黒髪がゆるくウェーブしている。顔立ちも精悍で、目も鼻も口も手も何もかもが大きい。年齢は父よりも上だろうが伯爵翁様ほどの年ではない。正しく男盛りの色気が漂うイケオジだった。
「ほう、そちらが男爵の娘御か。なんともかわいらしい顔をしているな」
バレーリ団長は私にたったの数歩で近づき(何しろ足も長い)、私の頭に手を置いた。そのままがしがしとストロベリーブロンドの髪を撫で付ける。ちなみにこの髪、パトリシア様のメイド軍が総出でナチュラルぶりっこゆるふわ巻きにしてくれた芸術品なんですけどね!
「あ、あの……」
「なんだ、ずいぶん細っこいな。いくつだ? 6歳? 嘘だろ!? 6歳ならうちの娘たちはもう川でまるまる太ったシャケを素手で掴み取っていたぞ? こんな細っこい腕でそんなことできるか?」
シャケの素手掴み——なんだそれ。
「それにこんなにちっこかったら、首根っこ掴んで放り投げたらえらく飛んでいきそうだな」
言いながら彼が私の襟足の方に手を伸ばしかけたとき——。
「おやめなさい! よその子どもの首根っこ掴んで放り投げるなんて、平民の家庭のしつけでもしませんよ」
「え、うちでは普通にやるぞ? 毎年花まつりの大会で子ども投げ競争ってのがあってな……」
「あなたの領の奇祭なんか今紹介しなくたっていいでしょうが。それに素手でシャケなぞ、普通の6歳児は掴みません。まして女の子はそんなことしませんよ。うちの娘たちですらね」
伸びた団長の腕をぱしっと叩いたのはロイド副団長。そのまま汚いものでも扱うかのようにその手を指先でぱしぱしと払った。
「言ったな、ロイド。うちじゃぁ毎年遡上してくるシャケを巡って、身内を身内とも思わぬ骨肉の争いが……」
「だからシャケの話はもうどうでもいいです。今回はじゃがいもの話で男爵ご一家をお呼びしたんでしょうが!」
「おぉ、そうだったな!」
団長に喰ってかかるロイド副団長の姿を見て、私は別の光景を思い出していた。この苦労性なお兄ちゃんの感じ——もちろんロイド副団長の方がバレーリ団長より年下だけど——まさしくデジャヴ。
(なんだろう、アッシュバーン家の長男は苦労性って運命でも背負ってるんだろうか)
カイルハート殿下やギルフォードに振り回される中性的な少年の張り付いた笑みを思い出して、つい頬を引きつらせてしまった。