作品タイトル不明
至宝の君Ⅲ
驚愕のままにもう一度振り返って、彼――ではなく彼女を見つめるも、変わらず堂々とした姿は何度見ても女性ではなく男性に見えた。
黄金の衣はゆったりとした造りで、体形が分かりにくいものではあるが、帯皮は男物。よく見れば衣の中には帯剣までさしている。
男性だと思った要因は、身に纏っているものだけではない。
女性にとって長い髪は美しさの象徴。
その象徴が彼女にはなく、黄金の髪は肩よりも短い。
そしてなによりも、いまこの場で立っているだけでも強い異彩を放つ佇まいは、まさに王の貫禄。自然とひれ伏したくなる威力を持つ振る舞いには雄々しさすらあった。
どうやっても視覚から入る情報とかみ合わない。
(え? 本当に? お父様ではなくて?)
ミレーユが問い質したいのをグッと堪えていると、二人は親子喧嘩を始めた。
「いまのいままでほっつき歩いて、やっと帰ってきたと思えば勝手に私の花嫁の部屋に不法侵入ですか! しかも、窓まで壊して!」
「それについては詫びよう。書斎を移したことをすっかり忘れてしまっていた。しかし、そう感情を表に出すものじゃない。竜王たるもの、どんな場面でも鷹揚に構えるべきだ。ついでに言えばお前も扉を壊しているが、それはいいのか?」
険悪な口調で凄むカインに対しても、彼女は飄々と受け流している。
そのやり取りは、目をつぶって耳だけで聴けば、母親が息子の癇癪を優しく諫めているようにも聞こえるが、目を開けるとダメだ。美形の父親が、美形の息子と会話をしているようにしか見えない。
「あ、あの……こちらの方は、本当にカイン様のお母様でいらっしゃるのですか?」
恐る恐る確認すれば、カインは渋い顔で頷いた。
「あぁ。私の母、エリアス・ドレイクだ」
(エリアス? え……そのお名前は……)
またもやミレーユは驚いた。
これ以上に驚くことなどないと思った矢先に、驚きの重ね掛けだ。
エリアスという名は、男性名として使用されるもの。
しかし、たとえ男性であってもこの名をつける種族は存在しないと思っていた。
なぜなら、エリアスは有名な絵本『勇者エリアスの物語』の主人公の名であり、《竜殺しの英雄》として悪竜を退治する人物なのだ。
その名をつけると言うことは、まさに竜族に喧嘩を売っているようなもの。それを女性に名づけるなど正気の沙汰ではない。
(情報が多すぎて、頭がまったく処理できないわ……っ!)
混乱するミレーユに、エリアスはにっこりとほほ笑み。
「はじめまして、我が息子の花嫁よ。挨拶が遅くなって悪かったね。まぁ、これからよろしく頼むよ」
「は、はい……、こちらこそ……。あの、ミレーユと申しますっ」
我ながらお粗末な自己紹介だった。
幼いときヴルムに対してどぎまぎするあまり、ロクな挨拶ができなかったように、彼女に対してもうまく言葉が出てこない。
あまりの稚拙さにミレーユは思わず頭を掻きむしりたくなったが、エリアスの方は一向に気にした風もなく、右手を差し出してきた。
握手を求められているのだと気づき、ミレーユもすぐさまそれに倣う。
ミレーユの手を包み込むような長い指は少し硬く、それだけで彼女が日常的に剣を振るっていることが窺えた。
(剣士の指だわ。それも、とても努力されている方の)
彼女の指は、兄の指によく似ていた。
鍛錬を欠かさず、己を磨くことに挑戦し続けている指だ。
人知れず努力を重ねている指に、感銘を受けるも。
(え? でも、女性で……カイン様のお母様で?)
考えれば考えるだけ、知れば知るだけ分からなくなる。
この美しくも凛々しい人は、本当に女性なのか、と。
いままでエリアスのような女性と出会ったことのないミレーユは、うまくこの状況を飲み込めずにいた。
それはルルも同じだったようだ。しげしげとエリアスを見つめ。
「ふぇ? この不審なイケメン、男の人じゃないんですか?」
「ルルっ!」
流石に皇太后への無遠慮な物言いは許されない。
慌てて口を塞ごうとすると、またもや建物が大きく横に揺れた。
「ふぇえええっ、地震ですぅうう!」
身体を屈め、両手で頭を守ろうとするルルに、カインが「そうだった」とばかりに舌を打つ。
「母上、父上を止めてください!」
カインの一喝に、ミレーユはぱちくりと目を瞬いた。
(カイン様のお父様? この揺れとなにか関係が……?)