軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

花嫁の不安Ⅹ

そんなナイルの心中など一切感知しないドリスは笑顔で言う。

「今回のことで痛感しましたが、何事も食わず嫌いはダメですね。新たなものに触れることによって、新たな感性が花開いた気がします。やはり色々なものに目をやることが大切だと実感いたしました」

ミレーユなどよりずっと博識な彼女ですら、常に新しい知見を求めている。

その貪欲なまでの探求心が、現在身動きの取れないミレーユには眩しく、つい表情が曇ってしまった。

「どうかされましたか?」

睫を伏せ、神妙な面持ちのミレーユを心配してか、二人が顔を覗き込む。

日に日に増す焦燥感。もはやこれ以上は耐えられそうもなく、ミレーユは無理を承知で、もう一度ナイルに訴えた。

「ナイルさん、どうかもう一度だけ私にチャンスを頂けないでしょうか。針仕事も読書も、今度は絶対に無理はしないとお約束いたします。ですから、どうか……!」

必死の懇願も、やはりナイルの表情は動かず。

却下の言葉が唇から発せられようとしたとき、それより先にドリスが叫んだ。

「術の検証だけでなく、すべてミレーユ様から取り上げたのですか!? それはもう虐待じゃないですか! 歴代竜王陛下が花嫁を軟禁する例は多いとはいえ、女官長が何をしているのです!」

(竜王が花嫁を軟禁する例は幾度もあるのですか!?)

思わずそちらの方に驚きの重点が向いてしまった。

「なっ! わたくしをあの方々と一緒にしないでください! わたくしはミレーユ様のご体調を第一に考えて」

「一緒ですよ。花嫁のことを慮っての行動だと思い込んでいるところがとくに」

「ぐっ……!」

真顔で答えるドリスに、ナイルが言いよどむ。

「齧歯族は過酷な環境下で育ち、ただでさえ食糧備蓄を確保するための労働を尊ぶ一族ですよ。 逆に何もしない時間が多いと不安になり、心を病む者も多いんです。――貴女は、ミレーユ様があり余る時間をただ漠然と過ごせる方だと思っているのですか?」

半眼で諫められ、ハッとしたようにナイルがミレーユの顔を窺う。

肌のキメや髪質は良好だが、黒曜石の瞳は以前と比べて元気がない。

無意識に小さなため息を零しそうになり、すぐに気づいて手のひらで止める仕草も、ここのところよく見受けられた。

言われてみれば、毎夜針仕事で忙しくしていたときよりも、いまの方が病人のようだ。

「過保護も過ぎれば虐待です。わたくしにとってもミレーユ様は大切な方なのですから、粗末な扱いは止めていただきたい!」

「わたくしが……ミレーユ様に対して粗末な扱いを……?」

「あ、あの、ドリスさん、お気持ちは嬉しいのですが、ナイルさんがショックを受けていらっしゃるので、もうその辺で!」

ビシッと指を差しナイルを糾弾するドリスに、ミレーユは慌てて間に入る。

ドリスの口撃によって、ナイルのライフはもうゼロだ。ぶるぶるとショックに打ち震えている。

「さすがにそれほど深刻な状況には陥っていませんから! ナイルさんが私の体調を心配してくださっているお気持ちも十分理解しておりますし!」

ミレーユの取り成しに、なんとか持ち直したようで、ナイルは頭を抱えながらも声を絞った。

「分かりました。時間は限らせていただきますが、一度撤収したものはお返しいたしましょう」

「! ありがとうございます!」

思ってもいなかったドリスからの援護で、ナイルの許しを得ることに成功したミレーユは顔を綻ばせた。しかし、ドリスはそれだけでは納得せず、尚も言う。

「このさいです、他にご要望はありませんか? 竜族は、ストレートに言われなければ物事を理解できない鈍感な種族ですからね。言いたいことはすべて言ってしまいましょう!」

「他の要望ですか?」

針仕事と読書が解禁になっただけでも収穫は大きい。

これ以上は……と、考え込み、あることが頭に浮かぶ。

「でしたら、もっとこちらのお国のことがお聞きしたいです。歴史や礼儀など、私は不勉強な点が多いので、教えて頂けると助かります」

できれば南の大陸の国々、とくに十年前にあったと言う鷹族と熊族との争いの経緯を知りたいが、ナイルは勘がいい。突然ある一定の国の名をあげれば、不審がられてしまうかもしれない。

勝手に抜け出し、ルトガーと出会ったことは伏せておきたいミレーユは、近隣諸国のことは図書館で情報を得ようと考え、まずはドレイク国の情報を求めることにした。

意外にもその訴えに応えたのは、ドリスだった。

「でしたら、まずは《来歴の回廊》をご覧になられてはどうでしょう」

「来歴の回廊……ですか?」

知らぬ名に、ミレーユは目をパチパチさせる。

「あそこは七匹の古代竜の絵がありますからね! ドレイク国の歴史をお知りになられたいなら、やはり古代竜の存在は外せません!」

まさにうってつけだと豪語するが、ナイルの方は難色を示した。

「外せぬも何も、ただ古い絵というだけではないですか」

「まぁっ、これだから竜族は! そうやって目の前にあるものを袖にしていると、眼が曇ってしまいますよ! しっかりと見据えてみれば、見えてこなかったものすら見えるようになるというのに!」

眉間にシワを寄せて憤るドリスをナイルはさらりと無視し、ミレーユに向き直る。

「ミレーユ様のお心のままにいたしましょう。わたくしの行き過ぎた管理のせいで、こんな禍々しいものをあれほどお喜びになられるほど心を弱らせてしまったのですから」

せめてわたくしにできることはすべて叶えましょう、と言って、ナイルはちらりとミレーユの手にある、ドリスからの祝いの品に目をやった。

布切れからは相変わらず黒い煙がくすぶっているかのような不穏さが漂っていた。

「なぜ私の作品を引き合いに出すのですか! それとこれとは話が別でしょう!」

プンプンと怒るドリスを宥めつつ、ミレーユはその提案に乗ることにした。