軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピローグ

「これはまた、……広大ですね」

ゼルギスは小高い場所から灼熱の丘を見下ろすと、眼下に広がった光景に目を見開いた。

その横で、カインがポツリと呟く。

「やはり、まだ解けていないか」

グリレス国から帰国してもなお、ミレーユが用いた術は健在だった。

氷解の気配すら見られず、丘一面が氷で覆われている。

「ドリスが考察のために氷を切り取っていたが、その端から元に戻ったそうだ」

どれだけ切り取ろうとも氷は復活し、消えることがない。

現にカインも同じことを行ったが、結果は一緒だった。

その氷をゼルギスに投げてやる。

「なるほど。氷塊の術よりも術の練度が高いですね。しかも、解けることのない氷とは……」

太陽の熱で煌めいても解けて滴ることはなく、冷たい感触だけがゼルギスの手のひらにある。

「お前、なにも感じないか?」

「? いえ、とくに……ミレーユ様の魔力しか感じませんが」

「そうか……」

「なにか気になることでも?」

「……一瞬だけ、初代竜王の魔力を感じたんだ。ミレーユが虹石に術を施したとき、この灼熱の丘に氷を張ったときにもだ」

「まさか。さすがに気のせいでしょう」

そう言ってゼルギスは笑うが、あれが気のせいだったとはカインには到底思えなかった。

古代魔力は、カインでさえ息苦しさを感じるほどに濃い。

あのときも、一瞬だったとはいえ、間違えようのない密度を持っていた。

考え込むカインに、ゼルギスは一つの提案を口にした。

「気になるのであれば、こういったことに適した方がいらっしゃるではないですか」

「誰だ?」

「黒竜王――――貴方の父上ですよ」

黒を持つ竜は、大地を司る。

その力は、土を豊かにするだけではない。奥深く、闇に沈んだ気配、魔力を探知することにも長けていた。

「そうか。確かに父上なら…………おい、その父上たちはどうした!?」

ミレーユやルルの件ですっかり忘れていたが、そもそもゼルギスは彼らを捜しに出たはずだ。それが手ぶらとは。

「見つかっていないなら、すぐに捜しにいけ!」

「ご冗談を。ルルと竜約を交わしていない状態で離れるなどごめんです」

「誰が交わさせるか!」

気分は完全に娘を嫁に出したくない父親の心境だった。プラス、叔父が幼女趣味だったという事実も許せない。

幼いときは、仕事をこなすゼルギスを父より尊敬していたこともあり、より一層悪感情が湧いた。

「そもそも、竜約を交わそうとしたところで、ルルの心に微かでも拒否があれば成立しないからな!」

竜約は、ただの口約束の誓約とは違う。心が伴っていなければ、けっして叶うことはないのだ。

その点についてはゼルギスも十分理解していた。

だからこそすぐには行わず、あの騒動のときも一度解散となったのだ。

「ご安心ください。いまから餌付けいたします」

彼はちゃっかりルルの好きなものをリサーチし、次の段階の策を講じていた。

さすがは年の功。竜印をすかさず交わし、安心して失態を演じたカインとは年季が違った。

抜け目のなさに、嫌気がさす。

「どうせナイルが引き合わせない。精々私の苦労を思い知れ」

ある意味、ゼルギスはカインと同じ立場に立たされたのだ。

ナイルの鉄壁の防御をかわさなければならない、という立場に。

(まぁ、私は婚儀が済めばすべて解消されるが)

婚儀さえ無事に終われば、もうナイルの邪魔立てを受けることもない。

そのためにも、両親の帰国は必須――――。

「結局、収穫はなしだったのか……」

両親の姿がない時点で、ゼルギスが無駄骨を折ったことは明白だった。

すぐに見つかると期待を抱いていたわけではなかったが、婚儀の日程を考えればあまり猶予はない。

頭が痛いと、額を押さえるカインに、ゼルギスは事も無げに言った。

「いえ、居場所は分かりました」

「は?」

「これだけ探しても見つかないとなれば、場所は一つしかございません」

「ちょっと待て! それが分かっているなら、なぜ引きずってでも連れてこなかった!?」

一戦交えて負けたのか。それとも何か策があってのことなのか。

意味が分からず問えば、ゼルギスは決まりが悪そうに片眉をあげた。

「あの場所は、私の魔力では少々荷が重いです」

「……お前が?」

彼は否定するが、ゼルギスは本人にやる気さえあれば竜王にもなれた男だ。

そのゼルギスが嫌がる場所といえば、世界に一つしか存在しない。

「……まさか……」

「兄上たちがいらっしゃるのは、竜王継承の場所――《はじまりの地》です」

「なっ……!」

「思い起こせば、義姉上は一度あの地を訪れたいと仰っていましたし、まず間違いないかと」

「観光名所でもあるまいし、行く必要があるのか!?」

「あの地は、兄上が継承の儀で長らく過ごした場所ですからね。義姉上にとっては、一度は訪れたい場所なのでしょう。理解はいっさいできませんが」

「父上が長らく過ごしていたのは……、寝ていたからだろう!」

黒竜王の継承の儀は、息子のカイン同様、少し異端だった。

彼は相応の年に、継承の儀を行った。

それは竜王を継承したくないゼルギスに半ば言い含められたようなものだったが、それでも彼は継承の儀に挑んだ。

しかし、いつまで経っても帰ってこず。

百年が過ぎた頃、さすがのゼルギスも心配になった。

継承失敗で息絶えた、などという気配は感じないが、帰ってくる様子もない。

仕方なく、ゼルギスは兄の無事を確認するため、はじまりの地に降り立った。

本来なら竜王を継承する者しか入ることを許されない場所だ。

侵入するには、大量の魔石を使用して作らせた《息殺しの衣》を纏う必要があった。

その衣も耐えられるのは一度だけ。一度入って出てしまえば、もう息殺しの衣は使用不可能。

つまり、その一回のために大量の魔石が消失するのだ。

そのうえ、纏う者も誰でもいいというわけではない。

ゼルギスほどの力量がなければ、衣をまとったところで意味はなく、一歩足を踏み入れただけで竜族ですら死は免れない。

限られた者しか許されない不可侵の領域、それがはじまりの地だ。

そんな魔空間で、黒竜王たる彼は――――爆睡していたのだ。しかも気持ちよさそうに。

唖然とするゼルギスが叩き起こしても、はじまりの地がずいぶん気に入ってしまったようで、彼は外に出ることを嫌がった。

「竜王以外で、あの場所に無傷で入れるのは花嫁のみです。ミレーユ様に追想の儀で継承すれば、力は移行します。その前に訪れたかったのでしょう」

気が済んだら勝手に帰ってきますよ、と雑に告げるゼルギスに、カインは疑惑の目を向けた。

「お前……、もう捜すのが面倒くさくなっただけじゃないのか?」

「まさか、これは確信です。あのお二人の考えは、ある程度長い付き合いで分かります。兄上はともかく、義姉上は約束を違えるような振る舞いは死んでもいたしません。なにせ、虎族の ⦅(・) 至(・) 宝(・) の(・) 君(・) ⦆(・) ですから」

苦笑いを浮かべ、ゼルギスが言う。

黒竜王の花嫁は約束は違えず、信念は常に揺らがず。厳しさと余裕が同居する人だった。

ただ一つ、欠点があるとすれば――――。

二人は同時に同じことを考えたのか、遠くを見つめため息を吐いた。

「……まぁ、ですからあの二人のことは心配ないかと。最悪前日までに姿を現さない場合は、カイン様がお迎えに行ってください」

「やはり面倒くさがっているだけじゃないのか。ルルと離れたくないだけだろう……」

非難めいた視線にも、ゼルギスはどこ吹く風でとぼけた。

「しかし、ある意味偉大ですね。最長記録で竜王を継承した兄上は、私たちの心配をよそにあの魔空間でぐっすりと眠りこけ。そのお子であるカイン様は、ミレーユ様への下心だけで最短記録を打ち立てたのですから。弟として、叔父としてこれほど複雑で心強いことはありませんよ」

「言い方に悪意がある! お前の幼女趣味に比べたら幾分マシだからな!」

竜王の血は、どうやらかなり質が悪いらしい。

❁❁❁

そこは、本来一筋の光も差さぬ闇よりも深い漆黒が支配する魔空間。

朝も昼もなく、あるのはただ耳に痛いほどの静寂と暗闇だけ。

けれどそんな場所に、その日はほんのひと時、一筋の光がちらついた。

「――ああ、夏至の日が近いのか」

大きな岩に寝そべっていた人影が、軽やかに立ち上がる。

両手をあげ、しなやかに身体を伸ばす仕草すら堂々としており、闇の中でも感じ取れるほどに自信と気品に溢れていた。

「オリヴェル、そろそろ城に戻ろう」

凛とした声が、誰かを呼ぶ。

すると、さきほどまで寝そべっていた大岩がゆっくりと動いた。

「もうすぐあの子の婚儀の日だ。――――さぁ、新たな花嫁となる娘に会いに行こうじゃないか」