軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

『魔王城』①

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――――クソったれ。

俺はいらだちとともに内心で毒づいた。

薄暗いダンジョンの中、目の前でスケルトン・ウォーリアーの落としたドロップアイテムたちが微かな光を放っている。

一方俺の後ろに立つのは、たった今キルを取ったパーティーメンバーのクソ男。

「二ミリ、ずれたか。少々気が散っていたな」

弓手のレダンが、掴んでいた残りの矢を矢筒に仕舞いながら呟いた。

キザったらしい野郎だが、何より腹が立つのはそこではない。

剣を鞘に納めながら、俺は我慢しきれずに噛み付く。

「おいレダン! 俺が詰めてる時には射つなと、てめぇ何度言ったらわかるんだ!」

「その度に同じ答えを返している。従う理由が見つからないな」

表情を一ミリたりとも変えないまま言い放つレダンに、俺は顔を引きつらせながら返す。

「だから言ってんだろ! てめぇが昨日の晩飯を思い出そうとしてちょっと指を滑らせただけで、俺が死ぬからだ! 矢は魔法と違ってHPが減るだけじゃ済まねーんだぞ!」

「オレは外さん」

レダンは表情を変えないまま言う。

「貴様の立ち回りも、剣の間合いも把握している。ならばこのオレが外す理由がない」

「んなっ……」

「貴様の間抜け面にうんざりし、その後頭部に矢を飾りたくならないかぎりはな。先も貴様が体勢を崩したせいで、射線が空いたから射っただけだ。あのまま貴様がダメージを受け、ライザのMPを使わせるよりも、矢の一本の方が安い。そうだろう? リーダー」

「……」

俺は言い返せずに押し黙った。

本当に腹が立って仕方がないが、確かにパーティーを組んでから、レダンが矢を外したところは見たことがない。

「あら~。わたしは別に、かまいませんよ~」

その時、神官の装備を纏った糸目の女が声を上げた。

聖女のライザだった。

「MP回復ポーションはたくさんありますから~」

その発言を聞いて、俺の顔が再び引きつる。

ライザはこのパーティーの大事な 回復職(ヒーラー) ではあるが、ある意味ではこいつも俺の敵だった。

「……それ全部、俺が買ってやったやつだろーがっ! 太っ腹な感じ出してんじゃねぇーよ! いい加減てめぇのアイテムはてめぇで用意しやがれ!」

「まあ~、ヒューゴ。いじわる~」

ライザがころころ笑いながら言う。

「わたしにそんなお金がないの、知ってるくせに~」

俺はがっくりと肩を落とす。

こいつほど刹那的な生き方をしている聖女は、他にいまい。

それでもライザに頼らざるを得ないのは、このパーティーでやっていけるような 回復職(ヒーラー) が他に見つかるはずもないからだった。

「またくだらんことで揉めとるのぉ、リーダー!」

その時、ハンマーを担いだ巨漢が、バカでかい声で呆れたように言った。

重戦士のゴルグだった。

「金がなんじゃ! そんなもん、深層でモンスターを二、三匹追加でぶちのめせば済むことじゃろうが!」

俺の顔が再び引きつる。

俺の頭痛の種に自分自身も含まれているのだと、こいつはいつまで経っても自覚しない。

「ああ、そうだ。その通りだよゴルグ。だがな……てめぇがこの間飲み屋で暴れたせいで俺が支払った店の修理代は、そんなもんじゃ済まねーんだけどな」

「今回の報酬から立て替えておいとくれ。そろそろいい額になったはず」

髭を撫でながら悪びれる様子もなく言い放つゴルグに、俺は頭を抱えた。

「あのなぁ、そうじゃねぇんだゴルグ。俺が言いたいのは、もう余所で揉め事を起こすなってことなんだ。毎度仲裁に呼び出される俺の身にもなってくれよ」

「先に暴れ、給仕に絡んでいたのは飲み屋の酔漢の方じゃ。儂に非はない」

俺は思わず首を横に振った。

やはりこいつは何もわかっていない。本当に腕っ節しか能のないやつだ。

と、その時、俺はふと気づく。

「……あれ!? ピケはどこ行った?」

全員で周りを見回すが、いない。

慌てて来た道を戻る。

魔導士の装束を纏った小柄な少女は、すぐに見つかった。

壁際にしゃがみ込み、石板に彫られた文字を熱心に読み込んでいる。

俺はその頭をひっぱたいた。

「ピケっ! このボケ!」

「……いたい」

魔導士のピケは平坦な声で呟き、ずれたフードを直した。

俺は言い募る。

「何やってんだこんなところでっ!」

「……テキスト」

どこか眠たげな目の少女が、石板を指さす。

そこに書かれていたのは、どうやらこれまで得た情報にない、新しい 思わせぶりな原典(フレーバー・テキスト) であるようだった。

「見つけたから、読んでた」

「……あのなぁ」

俺は頭を掻きむしりながら言う。

「お前、ここどこだかわかってるのか? ダンジョンの中なんだぞ。しかも見つかったばかりの、まだ攻略情報が十分にないダンジョンだ。それを俺たちが今まさに攻略してるところなの。わかる? どんなモンスターがいるか、どんなギミックがあるかわからねーのにはぐれたら遭難するだろーがっ!!」

「でも、テキスト……」

ピケが言い訳するように壁の石板を指さす。

俺は盛大に溜息をついた。こいつは一事が万事こんな調子だ。今朝だって俺が迎えに行かなければ、絶対集合場所までたどり着いていなかっただろう。

「……読むなとは言わねーから、せめて今度から誰かに一声かけろ。いいな? わかったか?」

「うん、わかった」

ピケは立ち上がると、進行方向を指さし、俺に言う。

「行こ、ヒューゴ。もう覚えたから」

「……」

本当にマイペースなやつだ。

物覚えは抜群にいいはずなのだが、頭がいいのか悪いのかわからなくなってくる。

陣形を整え、ダンジョンの奥へと歩を進めながら、俺は後ろのピケへと問いかける。

「さっきのテキスト、どんなことが書いてあったんだ?」

「今までのと、あんまり変わらなかった」

ピケが平坦な調子で答える。

「この世界の不幸は、実はすべて魔王が引き起こしていて……その魔王は、『魔王城』の一番奥で待ち構えているとか、倒せば世界は救われるとか、そんなこと」

「……ふうん」

確かに、これまでに集めたテキストと内容はそれほど変わらない。

俺はステータス画面を開き、現在地欄を確認する。

マッピングされた地図の上には、ダンジョン名である『魔王城』の表記があった。

「すべての不幸は魔王が、ね……」

そんなわけがない。

いくらテキストとはいえ、ずいぶんと荒唐無稽な内容だった。

そもそも幸と不幸は、それほどはっきりとは分けられるものじゃない。

俺が役に立たないスキルを持って生まれたのは、不幸なのか。

おかげでこんな連中としかパーティーを組めなかったのは、不幸なのか。

苦労の末、難関ダンジョンの最前線を攻略できるようになるまで上り詰められたのは、不幸なのか。

胃が痛くなるような冒険者生活と、うんざりするような仲間たちとの冒険が――――おそらくこれで最後になるのは、果たして不幸なのだろうか。

魔王が不幸の根源ならば、そいつを倒せば俺の何がどう救われるというのだろう。

そう考えると、まったく幼稚で馬鹿げたテキストに思えた。

人間も世界も、そんなに単純じゃない。

****

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「ん!?」

目の前に唐突に現れたその文字列に、俺は驚き固まった。

無数の本棚によって構成されたダンジョン、 寓言書廊(ぐうげんしょろう) の二十層。

下半身が魚になっているセイレーン系モンスターの固定シンボル、デュアルアクス・ホーリーセイレーンを倒した俺たちの前に、奇妙なウインドウが出現していた。

微妙に背景の透過したそれは、ステータスのウインドウに少し似ている。

ただ、表示されているのは一つのシンプルなメッセージだけだ。

『金の斧を選びますか? 銀の斧を選びますか? 金の斧/銀の斧』

「あ、ダイアログメッセージですね」

後ろでココルが、珍しいものを見るような声で言った。

ダイアログメッセージとは、ダンジョンで冒険者が選択を迫られる際に現れるウインドウのことだ。

その半透明のウインドウには、簡単な質問文と共にたいてい二つか三つのボタンが表示される。そのボタンに触れることで、何らかの選択ができるという仕組みだ。

普通はボスや中ボス、あるいはギミックの一環として現れるもののようだが……かなり珍しい。そもそも、ダンジョンでこうやって何かを選択すること自体があまりないのだ。

実は 暁(あかつき) の四人でこのダンジョンに来たのも、ドロップアイテムを選べる変わった固定シンボルがいると噂に聴いたからだった。

ココルに続いて、メリナとテトも興味深そうに口を開く。

「これがそうなのね……」

「へぇ、じゃあ噂は本当だったんだね」

俺はあらためてウインドウに向き直り、そして呟く。

「……これがダイアログか。実物を見るのは初めてだな」

「ええっ、そうなんですか?」

ココルが意外そうに言った。

「アルヴィンさんなら、てっきり何度も見ていると思ってました」

「いや……昔は安全に行けるダンジョンにばかり潜っていたから、そこまでいろいろ見ているわけじゃないんだ。人から聞いたり、書物で読んだりして知ったことばかりで」

実際に体験して理解していることは、あまり多くなかった。

俺は少し笑って言う。

「みんなとパーティーを組んでからだよ、こうやって面白いダンジョンに潜るようになったのは」

「そうだったんですか……じゃあ、もっともっとあちこち行かないとですね!」

張り切って言うココルを尻目に、テトがダイアログを指さして言う。

「で、さ。これどっち選ぶ? 金の斧と銀の斧って、あのセイレーンが両手に持ってたやつだと思うけど、やっぱり金の方?」

「普通は銀よりも金のアイテムの方が高いし強いし効果もいいですからね。当然、金の斧ですよね!」

意気込んで言うココルに、俺は苦笑して告げる。

「あー、いや……実は金の斧を選ぶと、ドロップした瞬間に大量のコインに変わってしまうらしいんだ」

「へ?」

「そうなんですか?」

「ああ。しかもコインは全部セイレーンのいたプールに落ちてしまうから、潜って拾わなきゃならなくなるという」

拾ったとしても、所詮コインだ。

大した額にならない。

テトとココルががっかりしたように言う。

「なにそれめんどくさー!」

「詐欺じゃないですか!」

「そんな、都合よくそのままもらえるわけないでしょ……金か銀かなんて普通に考えれば一択なんだから、わざわざ選ばせる意味がないもの」

呆れたように言ったメリナが、俺へと問う。

「銀の斧は、別に何かに変わったりはしないのよね。なら、やっぱりそっちを選んだ方がいいのかしら?」

俺は微妙な表情で答える。

「そうといえばそうなんだが……ただ銀の斧も、そんなに強い武器ではないようなんだよな。だから売っても大した値段にはならないし……」

「ふざけてますね」

「ま、所詮は二十層の固定シンボルだし、そんなもんなのかもね」

テトはあっさりとそう言うと、ダイアログのボタンへと手を伸ばす。

「じゃあ銀の斧を選ぶってことで。ボク、ボタン押していい?」

みんながうなずくと、テトは『銀の斧』のボタンに触れた。

それからすぐに、セイレーンのいたプールから、輝く銀色の斧が浮かび上がってくる。

それはしばらく宙を浮遊すると、ちょうどダイアログのあった真下にドロップした。

ある種神秘的な演出の中、俺たちはというと。

「うわ、なんか押してる感覚あったよ。ステータスのウインドウとはちょっと違う感じ」

「へー、そうなんですか。わたしもまだ、ボタンを押したことはないんですよね……」

「選択を終えてもすぐにウインドウが消えるわけじゃないのね」

「思ったより演出もちゃんとしてたな。二十層なのに」

肝心のドロップアイテムを拾いもせず、ダンジョンの仕様の話で盛り上がっていた。

箱庭の製作者がいるとすれば泣いているかもしれない。

一応消えてしまう前に銀の斧をストレージに収めると、俺は 踵(きびす) を返して言う。

「じゃ、予定通り帰るか。目当てのものは見られたしな」

「ちょっと思ったんですけど……」

その時ココルが、顎に手を当てて真剣な表情で呟いた。

「……これ、金の斧を選んだ方がよかったんじゃないですか?」

「え? どうして……」

「あ、確かに! ダンジョンを作った人がいるなら、絶対金の斧の演出の方を凝りそうだよね」

「……なるほど、そういうことか」

テトの言葉に、俺は納得する。

あのダイアログは、騙すためにあったと言ってもいい。それならむしろ、不正解の方の演出が本命だろう。

使い道のない銀の斧をもらうよりは、豪華な演出を見る方がまだいい気がした。

「そう言われると、なんだか気になってくるわね」

メリナも理解したようで、苦笑交じりに言う。

「それなら今度、また来てみる?」

「賛成です! 次はわたし、ボタン押してみたいです!」

「早い方がいいよね。明後日とか? このダンジョン小さいから、もたもたしているとクリアされちゃうかも」

「そうだな。ダンジョンが消滅すると、ここの演出も二度と見られなくなるだろうからな」

まったく同じモンスターが別のダンジョンで出ることは珍しくないが、演出まで同じとは限らない。

さらに言えば、なんとなくあのセイレーンは 寓言書廊(ぐうげんしょろう) 固有のモンスターである気がした。

同じモンスターは存在しても、同じダンジョンは存在しない。

これまで無数のダンジョンが誕生し、攻略されては消滅してきた。

俺が知ることもなかった、感動するようなダンジョンも中にはあっただろう。

せっかくこうやっていろんなダンジョンに行けるようになったのだ。今のうちにたくさん見ておきたい。

そうまで考えた時、俺は少し不思議な気分になった。

「息継ぎしなくてもHPが減らなくなるバフがあるんですよ。テトさんにかけてあげますね」

「いいわね。私もコインを拾いやすいように、光属性の魔法を唱えておくわ」

「なんでプールに落ちたコインをボクが拾うことになってるの? やだよー!」

皆のやり取りを見ているうちに、自然と笑みが浮かぶ。

冒険者になったのは生活のため。ダンジョンに潜るのは金を稼ぐためだった。

マイナススキルを持っているせいでろくにパーティーも組めず、ドロップにも恵まれなかった俺は、日銭を稼ぐだけでも命がけ。ダンジョンとは文字通り“攻略”するもので、楽しんだりする余裕はまったくなかった。

だが、今は違う。

皆のおかげで深層で安定して稼げるようになり、こうして珍しいダンジョンへ潜る余裕も生まれている。

冒険者は命の危険がある一方で、根強い人気のある職業でもある。

俺は冒険者という職業を、ようやく楽しめるようになっていた。