作品タイトル不明
[ ]②
それからほどなくして、俺たちは四十層のセーフポイントへたどり着いた。
このダンジョンでの、おそらく最後の休息となるだろう。簡単な食事を取った後、皆思い思いに体を休める。
「そういえば……すごくどうでもいいことなんですが」
ふと、地面に座り込んでいたココルが言った。
「【ミイラ盗り】のミイラ、ってなんですか? テトさん」
「えっ?」
仰向けに寝転んだまま目をしばたたかせるテトへ、ココルが続ける。
「わたし、聞いたことなくて。どういう意味なんです?」
「いや……知らない」
「ええっ、なんで知らないんですか、自分のスキルなのに!」
「スキル名の意味なんて考えたことないよー。効果がわかれば十分だもん」
「確か、マミー系モンスターのことだったと思うぞ」
俺は思わず口を挟む。
「墳墓系ダンジョンの 思わせぶりな原典(フレーバー・テキスト) の中に、マミーのことをそう呼んでいるものがあった」
「へぇー、そうなんだ」
「マミーって、あの包帯ぐるぐる巻きのアンデッドのことですよね……? あんなもの盗んでどうするんですか? テトさん」
「だからボクに訊かないでよー」
「でも、スキル名の意味はわかったんじゃない?」
手持ちのアイテムを整理していたメリナが、横から口を挟む。
「マミーって《呪い》系のデバフを撃ってくるでしょう? そんなもの盗もうとしたら、デバフを受けるのも当然よ。きっとマミーのヘイトが一番向く相手になる、って意味のスキル名なのよ」
「いやわけわかんないよ」
「ああ! 報酬獲得率って、盗めるマミーの数ってことだったんですね!」
「だからマミーを盗むってなんなんだよー!」
テトが起き上がってわめく。
確かに、意味はわかるようでわからない。
「というかスキル名ならさー、ココルのもよくわかんないよ」
「え、そうですか?」
「【首級の簒奪者】の、首級って何? 何を奪ってるの?」
「それはわかりますよ!」
ココルが胸を張る。
「はるか昔、人間同士が争っていた時代には、戦争で敵を倒したことを証明するために、兵士は死体の首を切り取って自陣に持ち帰ったそうです。首級とはその首のことで、手柄という意味もあるんです」
「うへぇ……人間の首? ココルのスキル名って、そんな残酷な意味だったんだ……」
「でも、こっちも効果通りのスキル名ね」
「それは、実際にあったことなのか?」
「もちろん……と言いたいところですが、聖典にそういう記述があるだけですので、本当にあったことかはわかりません」
と言って、ココルが苦笑する。
冒険者の神官らしく、ココルはそこまで敬虔な信徒というわけではないらしかった。
「聖典と言えば、私のスキル名も不思議よね」
「えっ、メリナさんのですか?」
「教会では、神は至高神ただ一柱のみ、って教えているでしょう? じゃあ嫉妬神ってなんなのよ。他にも豊穣神とか慈愛神とか戦神とか、加護系のスキル名にはいっぱい出てくるけど、この神様たちはいったいどこの誰なの?」
「えっと……一応神学上は、本当の神様ではないって解釈されてます。至高神が自分の力の一部を分けて作った分身か、もしくはただスキル名にあるだけの存在だって」
「ふうん……思えば、この神様たちを祀った神殿とかも、別にないものね」
「そんなに難しく考えても仕方ないと思うなー。スキル名なんて、どうせ作った人が適当に付けただけだよ」
「さすがに適当ではないと思うが……」
とはいえ、難しく考えても仕方ないというのはその通りかもしれない。
明日の生活に、目の前の敵。冒険者には、他に考えるべきことがたくさんある。
「気になってたんだけどさー」
テトが、ココルを向いて言う。
「ココルって、もしかして神学校出てるの?」
「テト、それは……」
自分が訊かれたわけでもないのに、俺は少し動揺してしまった。
冒険者には、出自を語りたがらない者が多い。理由は様々だろうが、好きでこんなろくでもない仕事をしている者ばかりでないことは、容易に想像がつく。
だから、相手の内面に無闇に踏み込まないことは、冒険者の暗黙のルールだった。長く関係を続けたいのなら、なおさら。
下手したら問い一つでパーティーが崩壊しかねないため、俺はヒヤヒヤしていたが……拍子抜けするほど、ココルは普通に答える。
「はい。ここから東の街の。と言っても、中退ですけど」
「へぇ……そうなんだ、中退」
「何も、そんなに悲惨な話ではないですよ。ちょっと実家の方の経営が傾いて、学費を出してもらえなくなっただけです。修道女になることはできたんですけど、せっかくたくさんスキルを持っているので、それなら冒険者になろうと思いまして。実は在学中から、冒険者の神官に少し憧れもありました」
「それなら、私と少し似てるわね」
メリナが言う。
「私は魔法学園の出なのよ」
「ええっ、すごいです!」
「と言っても、私も中退よ? 実家が下級貴族でね。私は四女で、嫁ぎ先も見つけられないくらいの微妙な家柄だったから、両親は学園で結婚相手を探してほしかったみたい。でも、なんだか性に合わなくて……飛び出して来ちゃったのよね。たくさんのスキルと、自由な生活への憧れが原動力だったのは私も同じ」
「二人ともすごいなぁ。なんだか育ちが良さそうとは思ってたけど」
今度はテトが言う。
「ボクなんて孤児だよ。教会のおかげで生活には困ってなかったけど、孤児院はとにかく貧しくてねー。冒険者になったのは、単にお金のためだったなぁ。持ってたスキルの量は、ちょっと関係あったかもしれないけど」
「あなたは妙にたくましいから、イメージ通りね」
「孤児院が貧乏なのは、我慢してもらいたいところです……」
「まあ、院長には感謝してるよ。今でもたまに会いに行って、ガキどもにお菓子配ったりしてる」
それからテトが、こちらを振り向く。
「アルヴィンは? なんで冒険者になったの?」
「俺は……」
わずかに口ごもる。
思えば、こんなことを他の冒険者に話すのは初めてかもしれなかった。
「別に……よくある話だ。農民の生まれだが、兄貴がいたせいで畑を継げなかった。同世代で一番喧嘩が強かったし、スキルも多かったから、冒険者を目指すことにしたんだ。ちょうど昔冒険者だったじいさんが近所に住んでいて、剣を教わることができたからな」
聞いた三人が口々に言う。
「普通ですね」
「普通ね」
「普通だねー」
「だから、よくある話だと言っただろう」
俺は苦笑する。
「だがマイナススキルのせいで、まさかこんなに苦労するとは思わなかった。誰か先に教えてほしかったよ」
「ほんとです! わたしなんてマイナスとも思ってませんでしたよ!」
「珍しいスキルだと、人に訊いてもわからないものね」
「そうだねー。でも……ま、いーじゃん」
テトが朗らかに言う。
「もうすぐ、それも報われそうだよ」
テトの言葉に……俺は思わず、セーフポイントの先に広がるダンジョンへと目を向けた。
ここ四十層は、落日洞穴の最下層だ。
ボス部屋は、もう目と鼻の先にあった。