軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第23話 妹の名前/燃え残りの帳簿

クロイツ公爵がルベールを捕らえたのは、夜明け前だった。場所は港の旧倉庫。ルベールは港湾商人の一人とともに、船で国外へ出ようとしていた。逮捕状は間に合った。王国兵が同行し、公爵は私怨ではなく関係国代表として立ち会った。

報告書にはそう書かれていた。けれど、報告書に書かれないこともある。公爵が公文書館へ戻ってきた時、外套の裾は濡れ、顔色は悪かった。眠っていないのだろう。彼は私の机へ一枚の紙を置いた。

「ルベールの供述だ」

私は紙を読んだ。十年前の誤訳は、単純な読み間違いではなかった。救護費を抑えるため、仮収容所を修道院と訳し、保護体制が整っているように見せた。熱病で子どもが死んだ後、記録は散らされ、責任は現場の混乱にされた。今回の第七条でも、避難民を安い労働力として動かす余地を残すため、同じように曖昧な訳を入れようとした。

私の名の偽造書簡は、会議の中心から私と公爵を外すためだった。供述の最後に、エリーズ・クロイツの名があった。私は紙を伏せた。

「公爵閣下」

「読んだか」

「はい」

「妹は、修道院にいたことにされていた」

「はい」

「十年、墓の場所も違っていた」

その声に、初めてはっきりと痛みがあった。私は何も言えなかった。慰めは薄い。怒りは彼のものだ。私ができるのは、正確な記録を残すことだけかもしれない。けれど、それだけでは足りない気がした。

「エリーズ様の名を、保護記録の訂正欄に入れます」

「過去は戻らない」

「戻りません」

「それで何が変わる」

私は彼を見た。

「誰かが、彼女を間違った場所へ置いたままにできなくなります」

公爵は黙った。長い沈黙だった。窓の外が少しずつ明るくなる。公文書館の青い石壁が、朝の光を受けて淡く光っていた。やがて彼は、椅子に座った。

「訂正文を、あなたに書いてほしい」

「承知しました」

「いや」

彼は首を振った。

「一緒に書いてほしい。私が、妹の名前を書けるように」

その言葉で、胸が詰まった。私は新しい紙を出した。見出しは、十年前国境救護協定保護先記録の訂正。本文は簡潔に。誤って記録された保護先。正しい保護先。死亡日。名。エリーズ・クロイツ。公爵はその名を書く時、手を止めた。

私は何も言わず、隣にいた。しばらくして、彼はゆっくりと妹の名を書いた。飾りの少ない、まっすぐな筆跡だった。インクが乾くまで、二人とも黙っていた。その沈黙は悲しかった。けれど、隠すための沈黙ではなかった。名前が正しい場所に戻るまで待つ沈黙だった。

朝の鐘が鳴った。署名式まで、あと三時間。公爵は紙を見つめ、静かに言った。

「今日、署名できる」

「はい」

「怒りでではなく」

「はい」

私は頷いた。彼は疲れた顔で、少しだけ笑った。

「あなたが隣にいて助かった」

返事をしようとして、また言葉を失った。その沈黙を、公爵は今度も急かさなかった。

火事の後の部屋は、言葉より匂いが先に残る。宮内局の書庫は半分焼け、壁にはすすが斑に貼りついていた。窓枠の下に積まれた灰の中から、金具の溶けた帳簿が見つかった。完全な帳簿ではない。端は黒く、紙は触れるだけで崩れそうだった。

それでも、文字は残っていた。私は薄い手袋をはめ、オリーヌに息を抑えるよう指示した。焦げた紙は、乱暴にめくれば証言を失う。

「ここです」

彼女が指したページには、支払いの記録がある。王宮の雑費に紛れ込ませた、小さな額の連続。受取人の欄は空白だったり、略号だったりする。V夫人清書料。匿名協力者謝礼。港湾調整費。川町移送便宜。私は最初の一行を見て、指先に力が入りそうになった。

V夫人。私の仕事は、そこまで小さく畳まれていた。名を消され、役職を消され、最後には家名の頭文字だけで、帳簿の隅へ置かれている。

「レヴィエ様」

オリーヌが心配そうに私を見た。

「大丈夫です」

大丈夫ではない。だが、ここで怒りを紙に落としてはいけない。帳簿は感情ではなく、証拠として扱わなければならない。私は一行ずつ写した。支払い日、額、欄外の印、関連する文書番号。焼け残ったものは少ないが、少ないからこそ、正確に残す必要がある。

外務卿が部屋の入口に立った。

「読めるか」

「読めます。すべてではありませんが、読める部分だけでも、宮内局が外交文書へ非公式に介入していた証拠になります」

「ルベール一人の罪では済まないな」

「はい」

私はページをそっと押さえた。

「一人を罰して終わりにすれば、同じ仕組みが別の名で残ります」

外務卿は疲れた顔で頷いた。彼も、仕組みが人を飲み込む音を知っている。政治の場では、悪人より便利な曖昧さの方が長く生きる。昼過ぎ、アルマンが呼び出された。彼は焼けた書庫の入口で立ち止まり、私の前に置かれた帳簿を見た。かつてなら、彼は私が触れている紙を当然のように取り上げただろう。今は手を伸ばさない。

「その帳簿に、私の名はあるのか」

「あります。あなたの印章で承認された支払いが複数」

「私は内容を知らなかった」

「その言葉も記録します」

彼は顔をしかめた。

「知らなかったと記録されても、私は責任を逃れられないのだな」

「印章を預けた者、読まずに承認した者、読める者に読ませなかった者。それぞれ責任があります」

アルマンはしばらく黙っていた。焼けた部屋の中では、沈黙にも匂いがある。焦げた紙と、古い木材と、何年も閉じ込められていた湿気の匂い。

「君の清書料とある」

「はい」

「私は、そんな支払いをした覚えがない」

「私にも支払われていません」

彼は目を閉じた。その表情に同情はしない。彼が知らなかったことで、私の時間が戻るわけではない。けれど、彼が初めて知らなかったことの重さを知るのなら、その事実も記録に入れる価値がある。

「この欄は、補償請求の根拠になります」

「君は私から金を取るのか」

「私の労働に対する報酬です」

「妻だったのに」

その言葉は、以前ほど鋭く刺さらなかった。

「妻であっても、労働は労働です」

アルマンは反論しなかった。夕方までに、帳簿の読める部分を三部写した。一部は外務院、一部は司法局、一部は大使団の封印箱へ入れる。どこか一つが燃えても、同じ沈黙に戻らないように。最後の紙片に、細い字が残っていた。

名を出すな。夫人扱いで処理。私はその一文を見つめ、息を吐いた。怒りはある。消えない。だが、今の私には怒りだけでなく、机と、証人と、署名欄がある。燃え残った帳簿は、私の名を完全には返してくれない。けれど、名を消した手順を明らかにする。

それだけで、次に同じことをしようとする者の手は重くなる。