軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8 魔女の対価

汚水にまみれた二人を残し、フレデリカは宿に戻ると既に片付けておいた荷物を持って宿を出た。

駅馬車を待っていると、駅にグローヴァーとマニングが二人の警吏を連れてやってきた。

今度は監獄にでも入れて言うことを聞かせようという気なのだろうか。めんどくさい展開にハアッと溜め息をつくと、

「頼む。すぐに魔力を元に戻してくれ。街はいま大騒ぎになっている」

先に頭を下げたのはグローヴァーだった。

「魔力を注入してみたが、とてもじゃないがあんな数こなすことはできん。街の魔法使いにも要請しているが、相場の三倍の値段を要求され…」

「そりゃそうでしょう。魔力は魔法使いの源ですからね。あの人達住んでるの西側だから、自分達には関係ないし…」

「請求された通り、金貨二十七枚、…いや、三十枚払う。街の魔力を戻してくれ」

マニングもフレデリカを睨みつけたまま、渋々頭を下げた。

この街から魔力がなくなればこうなることを理解できただろうか。魔力を足しただけでは本当の解決になっていないこともわかってもらえればいいのだが。

フレデリカは立ち上がると、街の中央通りに向けて手をかざした。ただそれだけで、何も起こらなかったように見えたが、しばらくして街の東側で小さな振動と共に地鳴りがした。

窪み歪んだ道が魔法回路の修復機能を受けて徐々に戻っていく。地下の下水道も作られた当時の正しい位置に戻り、やがて大地の震動は治まった。

少しの顔色も変えず、あれだけの魔力を操作する魔法使いを目の前にして、グローヴァーは鳥肌が立った。

これは敵に回してはいけない魔法使いだ。

渡された三十枚の金貨を確認し、フレデリカは金をしまった。持ち慣れないはずの大金を手にしてもおどおどする様子もない。

「これでも街の魔法使いに頼むより安く済んだでしょう?」

グローヴァーは目を逸らせ、はっきりとは答えなかった。

一方、マニングはまだ恨んだ目でフレデリカを見ていた。

「…お、おまえが、あんなことをしなければ…、どれだけの人から非難され、罵倒され、肩身の狭い思いをしたか…。私は、私の将来は…」

「あなたがケチらなければ、わたしは約束の給金だけもらってここを去るつもりだったんですけどね」

その言葉にマニングは目を見開き、へなへなとその場に座り込んだ。

「ま、…まさか…、…」

フレデリカが引き受けた仕事は、この一か月分をまとめても金貨一枚にも足りなかった。宿代は別支給だったが、それでもあれだけの魔力を提供させるにはあまりにも安すぎる。それさえもケチった代償がこれだ。

「若い魔法使いをカモにしない方がいいですよ、マニングさん? 本当に魔法都市を誇りに思っているなら。…魔法使いは敵に回すと何するかわからないですから、…ね?」

駅馬車が到着し、乗り込む前にフレデリカはグローヴァーに言った。

「気前よくお支払いいただいたおつりを後ほどお届けします。不要なら捨ててください」

そしてフレデリカはエテルナを離れた。

遠ざかる街を見ながらフレデリカは心の中でつぶやいた。

あー、つまんない仕事だった。

結局魔力提供しただけ。あれが魔法使いの仕事だなんて。

魔力の少ない子には勧めないよう、ギルドに言っておかなくちゃ。

いやいや、誰にも勧められないわ。あんな待遇であんな金額じゃあ。

早速報告、報告!

魔法都市、ねえ…。

魔力を使うのは自分達で補充できる程度にしとけばいいのに。

魔法さえあれば何でもできるという思い込み。

技術も知識もない魔法使いに積み木を積ませたのと変わらない、残念な街だった。

グレアムも街燈を整備しに来ただけだったのに、あんな街作りに関わらされるとは思いもしなかったわよね。名前まで残されて気の毒…。

でも、西の下水道は一流だったわ。

設置場所も、構造も、滞りない流れも、それに汚水の処理まで!

あの街のスライムたち、あんなになついてくれるなんて…ふふふ。

危ないところ、助けてもらっちゃったし。

かわいかったぁ。

機会があったら飼ってみようかな。

翌日、役所のグローヴァーのもとに小包が届いた。その中身は

街の魔石の最大容量と補充頻度の表

フレデリカが使っていた魔石の地図(詳細な書き込みあり)

役所に登録されていない魔石や個人宅で魔力を盗んでいると思われる家の地図(北東部の一部)

東側下水道の魔法陣の写し(ダメ出しの書き込みあり)

下水道下の土の流出を疑わせる透視図(一部)

など、この魔法都市の維持に必要な情報がつまっていた。

短い手紙が添えられていて、図書館に展示されているグレアムの魔導書がメンテナンス説明書であることや、あのスライムたちが汚水をきれいにしていること、同封のヘクターの日記を街の図書館に寄贈してほしいことが書かれていた。

そして最後に

この崩壊しかけの「魔法都市」、特級魔法使い様でもお手上げ?

と書かれてあった。

どこにでもいるような、魔法使いということさえ言われなければわからない程度の凡庸さ。小柄で目立たず、まだ「女の子」から抜け出ていない若い下っ端魔法使い。そんな印象しか持たせないくせに、その中身は「魔女」だ。底知れぬ魔力を持ち、緻密で正確な術式を見せ、時にオリジナルの魔法を瞬時に繰り出す。それでもまだ本性を見せてはいない、計り知れない「魔女」。

グローヴァーは名誉職で金を受け取り、相談役として多少のアドバイスをしながら実務は下っ端の魔法使いに任せてのんびり暮らすつもりだったが、「魔女」からの挑発を受け、久々に本腰を入れてこの魔法都市を立て直してみることにした。

その後、グローヴァーは五年をかけてエテルナの街の東側を修繕した。地質の専門家を呼んで下水道下の地面を補強し、下水道内の魔法陣も魔法回路も全て書き直した。上下水道やガス燈を役所の許可なく拡張することを禁止し、現在の全魔法回路と魔石の位置を地図に落して街全体の設備を役所が管理した。公営の魔石使用の管理を徹底したことで魔力の消費は安定し、さらに要望の多い個人宅への魔力の供給を事業として収益化することに成功した。

魔力の補充も、大昔から変わらなかった対価を現在の魔石の相場に合わせたことで、魔法使いのちょっとした小遣い稼ぎになり、一時期断られていたギルドからの派遣も再開されるようになった。

「魔法都市」の安定化を果たしたグローヴァーは後に名声をとどろかせるところとなったが、女性関係のスキャンダルも多く、その評価は賛否両論だった。

*******

駅馬車で旅立つフレデリカを見送った後、グローヴァーはかつて務めていた帝国の魔法局の知り合いに連絡を取った。

「なかなか面白い魔法使いがいたよ。黒い髪、黒い目で名はフレデリカ。年端も行かぬ女だが、魔力は膨大で、詠唱なく瞬時に術を放つ。炎、氷、風属性は使いこなすが、他も使えそうだ。野望があれば陛下の愛妾にと考えていたが、まだ色気はないな、つまらんほどに…。あれは『魔女』だ。まだまだ化けるぞ。職を探しているらしいからな、帝国に入ったら逃すなよ。全ては我らが皇帝のために…」