軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

無慈悲、現実

ダンジョンを脱出した頃には、夜の 帳(とばり) が完全に下りていた。

駅前の喧騒を避け、人影のまばらな路地を通ってボロアパートへと辿り着く。

一階にある集合ポストを確認すると、隙間から溢れんばかりの封筒が詰め込まれていた。そのほとんどが、警告を示す「重要」や「督促」と書かれた赤い文字の封筒だ。

俺はそれらを乱暴に掴み取り、重い足取りで二階の自室へと向かった。

部屋に入り、まずは血と脂と土にまみれたジャージを脱ぎ捨てる。

もう一着あった数年前の古いスウェットに着替え、鏡に映った自分を見た。

強奪したステータスの影響か、顔つきは以前より精悍になっている気がしたが、目の下の 隈(くま) までは消えてくれない。

「マスター、お疲れ様です。その……お部屋の空気が、ダンジョンより重い気がします」

「 現実(シャバ) の空気は重いんだよ。……まずは飯だ」

いつもの台所に立ち、安売りの時に買い溜めていた袋麺をカセットコンロで茹でる。

具のない塩ラーメン。湯気と共に広がる安っぽい香料の匂いが、ここが戦場ではなく、俺の惨めな日常であることを思い出させた。

床に座り、割り箸を割ったところで、山のような督促状が目に入る。

家賃、光熱費、そしてリカに貢ぐために積み重なった消費者金融の明細……。

――ズズッ、と麺を啜った、その時だった。

ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!

静寂を切り裂くように、玄関のドアが激しく叩かれた。

チャイムではない。

明らかに「拒絶を許さない」暴力的な音だ。

「おい結城ィ! 居るのは分かってんだぞ! 出てこい!」

荒々しい声が響く。俺は溜息をつき、箸を置いて立ち上がった。

ドアを開けると、そこには安物のスーツをこれ見よがしに着こなした、鋭い目つきの男が二人立っていた。

「……何の用だ。返済日はまだ先だろう」

「あぁ? 何寝ぼけたこと言ってんだ。お前、協会クビになったんだってなぁ? 無職に貸しとくほどウチは慈善事業じゃねぇんだよ」

男の一人が部屋の中に強引に踏み込み、テーブルの上の督促状を指差してせせら笑った。

「元金、利息、それに不渡りの違約金諸々含めて、合計『280万円』だ。明後日までに即金で、全額耳を揃えて返してもらう。いいな?」

「明後日!? そんな急に言われても――」

「できなきゃ、どうなるか分かってんだろうな? ……あぁ、そういえば妹さんが入院してるんだって? これ以上、身内にまで迷惑かけたくねぇだろ」

美桜の名前を出された瞬間、俺の奥歯が軋んだ。

今の俺の力なら、こいつらをこの場で文字通り「粉砕」することは容易い。

だが、それをすれば俺は犯罪者として追われ、美桜を救う道は永遠に閉ざされる。

「……分かった。明後日までに、必ず用意する」

「ハッ、話が早くて助かるぜ。期待してるぞ、おじさん」

男たちは俺の肩を強く叩き、嘲笑いながら去っていった。

閉まったドアの向こうで、エク子が震える声で呟く。

「マスター……ひどすぎます。せっかく死ぬ気で稼いだのに……」

「……あいつらの言う通りだ。280万。それに、滞納している家賃を払えば……まどかから受け取る予定の300万は、ほぼ跡形もなく消える」

俺は冷えたラーメンの汁を見つめた。

三体ものCランク魔物を、死ぬ思いで、丸腰で狩り尽くした報酬。

そのほとんどが、自分の過去の過ちを清算するためだけに消えていく。

美桜の手術代、一億円。

その一歩目さえ、踏み出すことすら許されないのか。

「……いや。300万すべてを奪われるわけにはいかない」

俺は残りの汁を一気に飲み干し、空になったどんぶりをシンクに置いた。

「明日、まどかに素材を渡す。……そして、休む暇もなく次の獲物を『強奪』しに行くぞ。借金なんかで、俺の足を止めさせてたまるか」

一億円という果てしない壁を前に、俺の心は折れるどころか、より冷たく、より鋭く研ぎ澄まされていった。

現在の所持金:15,000円

次の報酬予定:3,000,000円

直近の支払い義務:2,800,000円(借金)+家賃滞納分

妹の治療費まで:あと99,985,000円