軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

丸腰、ジャイアント・キリング

翌日。

俺は駅前の量販店で、上下数千円の安いスポーツ用のジャージと、滑り止めのついたスニーカーを買った。

酸で溶けたボロスーツよりはマシだし、何よりこれなら『日常着』として判定され、【存在強奪】の『無装備縛り』にも引っかからないとエク子のお墨付きをもらっている。

「マスター、本当にこのまま行っちゃうんですか? ここは初心者用の『第4エリア』じゃありませんよ!」

俺が足を踏み入れたのは、隣市にある『第12エリア』。

Cランク以上の資格を持つ中堅冒険者たちがパーティーを組んで潜る、本格的な中級ダンジョンだ。

当然、適性なしの一般人である俺は正規のゲートを通れないため、ギルド職員時代の知識を活かして、監視カメラの死角にある旧式の搬入口から不法侵入した。

「一ヶ月で一億稼ぐんだ。チマチマと雑魚を狩っている暇はない。……それに、ギルドを通さずに換金できる『アテ』ならある」

「アテ、ですか?」

「ああ。ギルド職員時代、不正な裏取引をしている悪徳冒険者たちのデータを整理したことがあってな。その時に、非合法なドロップ品を高値で買い取る『裏の顔役』の情報をいくつか暗記しているんだ」

表の買取所で9割もピンハネされるくらいなら、足元を見られようと裏社会のブローカーに売った方が遥かにマシだ。

だが、彼らが相手にするのは、希少価値の高い中層以上のレアアイテムのみ。

だから俺は、身の丈に合わないこの中級ダンジョンへとやってきた。

ひんやりとした空気が肌を撫でる。

初心者ダンジョンの土と岩の洞窟とは違い、ここは古代遺跡のような石造りの迷宮だった。

『ブゴォォォォォォォッ!!』

突如、地響きのような咆哮が前方の通路から轟いた。

ドスン、ドスンと、重機が歩いているような足音が近づいてくる。

現れたのは、身長二メートルを優に超える豚頭の巨人――『オーク』だった。

その丸太のような腕には、大人が両手で抱えるほど巨大な鉄の 戦斧(バトルアックス) が握られている。

「で、出ましたマスター! Cランク魔物、オークです! 並の冒険者なら前衛の重戦士が盾で攻撃を受け止めて、後衛が魔法で焼くのがセオリーの強敵ですよ!」

「知ってる。……だが、俺にはこの両手しかない」

俺は小さく息を吐き、両手を軽く握り込んで構えた。

オークの豚鼻がピクピクと動き、俺の存在を認識する。

『ブギィィィッ!!』

オークが猛然と突進してきた。

巨体に似合わぬスピード。

そして、風を叩き斬るような轟音と共に、巨大な鉄の斧が俺の胴体を両断すべく横薙ぎに振るわれる。

「――っ!」

俺は咄嗟に身を沈め、斧の刃の下を潜り抜けた。

頭上を通り過ぎる斧の風圧だけで、ジャージの生地がバタバタと暴れる。

もし直撃すれば、いくらステータスが上がっていようと一溜まりもない。

「マスター! オークは分厚い脂肪と筋肉の鎧に覆われています! 半端な打撃じゃ致命傷になりません!」

「わかってる! ギルド職員を舐めるな、こいつの弱点くらい何百回と資料で見てきた!」

懐に潜り込んだ俺は、オークの分厚い腹には目もくれず、踏み込んだ勢いのまま下段から『右膝の関節』めがけて強烈な蹴りを叩き込んだ。

メキィッ!

『ブッ、ギィァァァァッ!?』

ゴブリンやコボルトから奪った圧倒的な【筋力】と【敏捷】。それが一点に集中した蹴りは、見事にオークの右膝を逆関節の方向へ破壊した。

巨体がバランスを崩し、ガクンと膝をつく。

「ここだっ!」

俺は沈み込んだオークの頭部――その太い首筋に向かって、全体重を乗せた右の肘打ちを脳天から振り下ろした。

ゴキャァァァンッ!!

硬い骨が砕ける音。

頸椎を完全に粉砕されたオークは、白目を剥いて前のめりに崩れ落ち、地響きを立てて絶命した。

『――条件達成。【存在強奪】が発動します』

無機質なシステム音が脳内に響き渡る。

巨大なオークの死体がジリジリと砂嵐のようなノイズに包まれ、空間から完全に『消去』された。

――ドクンッ。

直後、今までとは比較にならないほどの莫大な熱量が、俺の全身の血管を駆け巡った。

「ぐっ……おおおおっ……!?」

筋肉が内側から膨張し、骨の密度がミシミシと上がっていくような感覚。細胞が強制的に作り変えられるような熱に、俺は思わずその場に片膝をついた。

「や、やりましたマスター! Cランク魔物、初討伐です! スライムたちの比じゃありませんよ、ものすごいステータスの上昇量です!」

エク子が興奮した様子でホログラムのウインドウを展開する。

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【名前】結城 誠(35)

【職業】無職(適性なし)

【称号】強奪する者

【Lv】5(↑UP)

【HP】120(+80)

【MP】0(+0)

【筋力】105(+70)

【耐久】90(+60)

【敏捷】30(+5)

【知力】15(+0)

【運】5(+0)

【ユニークスキル】存在強奪

【獲得スキル】暗視 Lv1、物理耐性 Lv1、自己再生 Lv1(NEW)

【装備】安いジャージ、スニーカー

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「筋力と耐久が一気に跳ね上がった……。おまけに新スキルまで」

「はい! オークの強靭な生命力を奪い取ったことで【自己再生 Lv1】を獲得しました!

これで、手足がもげるような致命傷でなければ、息を整えるだけで傷が勝手に塞がりますよ!」

俺は自分の掌を握ったり開いたりしてみた。

すでに俺の素の身体能力は、CランクモンスターやCランクの冒険者を素手で余裕に立ち向かえるほどの領域に到達しつつある。

「そしてマスター、お楽しみの確定ドロップです!」

エク子の合図と共に、インベントリの画面が更新される。

【所持アイテム】

・オークの大魔石×1

・オークの巨大牙×2

・剛力の霊薬 (レアドロップ)×1

・豚鬼の黄金肝(超レアドロップ)×1

「おぉ!出ました! 【豚鬼の黄金肝】! 本来ならオークが極度の怒りや恐怖などの特定の条件を満たした時にだけ、体内でごく稀に変異して生成される幻の素材です!

普通の討伐じゃまず手に入りませんが、存在の概念を根こそぎ奪ったことで確定ドロップしましたよ!」

「黄金肝……。確か、どんな難病でも進行を遅らせる万能薬の材料になるはずだ。

裏市場なら、間違いなく数百万……いや、千万円単位で取引される代物だな」

俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。

一億という果てしない目標が、一気に現実味を帯びて目の前に迫ってきたのを感じた。

「マスター! 存在を強奪したので、しばらくこの通路にオークは湧きません! 今のうちに奥へ進んで、さらに新しい魔物を狩りまくりますか!?」

エク子がやる気満々でガッツポーズをするが、俺は首を横に振った。

「……いや、今日はここまでだ」

「えっ、どうしてですか? ステータスも上がったし、まだまだいけますよ!」

「これだけレアな代物だ。長く持ち歩いてリスクを負うより、さっさと現金に換えておきたい。それに……」

俺は、先ほどオークの一撃を避けた際にわずかにかすったジャージの裾を見下ろした。

風圧だけでこれだ。もし直撃していれば、いくら耐久が上がっていようが致命傷だった。

丸腰縛りのリスキーさは、階層が深くなるにつれて跳ね上がっていく。油断すれば、次は俺が肉塊になる番だ。

「まずは、こいつを売って美桜の病院に前金を少しでも入れる。

交渉相手は……新宿の裏路地に事務所を構えている『黒犬』だな」

俺はインベントリにアイテムをしまい込み、迷宮の出口へと踵を返した。

表の世界から追放された俺の、裏社会での新たな成り上がりが始まろうとしていた。