作品タイトル不明
何事もほどほどに
Bランク最上位ボス『賢者なる 水晶霊(クリスタル・セージ) 』。
宙に浮かぶ巨大な水晶の集合体であるその魔物は、侵入者である俺を排除すべく、玉座の間を埋め尽くすほどの魔法陣を一斉に展開した。
『――消え去れ、下等生物。極大殲滅魔法【クリスタル・ジャッジメント】!』
無数の光の矢が、不可避の弾幕となって俺に降り注ぐ。
まともに食らえば、いくら耐久力が高くても大ダメージは免れない。……はずだった。
「おっとっと……。なんだぁ? 床がツルツル滑るじゃねえか……。清掃業者の、手抜きかぁ……?」
ズサァァァッ!
俺は千鳥足で豪快に足がもつれ、そのまま床にスライディングするように転倒した。
その瞬間、俺の頭上数十センチを、極大魔法の光の矢が凄まじい轟音と共に通過していく。
計算され尽くした必中の魔法軌道は、俺の「予測不可能な泥酔によるズッコケ」の前に、完全に空を切ったのだ。
『な……に!? 我が必中の魔法を、あのような無様な動きで完全回避しただと!?』
クリスタル・セージの水晶の核が、驚愕に激しく明滅する。
ボスはすぐさま第二波、第三波と魔法を放つが、結果は同じだった。
しゃっくりをして上体を逸らした瞬間にレーザーを躱し、フラフラと横に倒れ込んだ瞬間に爆発をやり過ごす。
脅威的なステータスが、アルコールによる制御不能な反射神経と合わさった結果、意図せずしてかの有名な武術「酔拳」の如き回避を生み出していた。
「あー……。目が、回る……。おい、そこの、ピカピカ光ってるやつ……」
俺は床からむくりと起き上がり、ボスの巨大な水晶体にふらふらと歩み寄った。
『来るな! 我が絶対防御【プリズム・ウォール】は、いかなる物理攻撃も――』
「……お前、氷デカすぎんだよ。……グラスに、入んねえだろ……。もっと細かく砕けや……!」
ガンッ!!
俺はボスの展開した絶対防御の障壁に、両手をベタッと突き、居酒屋のテーブルを叩くかのようにガンガンと殴り始めた。
『っ!? バカな、障壁が……ヒビ割れていく!? ただの打撃で、我が魔法障壁を力押しで砕こうというのか!?』
「だいたいなァ! なんだって俺の知力は20から上がらねえんだよ!
それにぃ、元カノのリナにも『つまらない男』とか言われてよォ! 俺だってなァ、俺だってなァ、魔法とか使ってカッコよく戦いたいんだよ!!」
ガンッ!! ガガンッ!!
俺は完全にボスを「愚痴を聞かせるバーテンダー」か何かと勘違いし、涙目で無駄絡みをしながら、脅威的な筋力を乗せた拳を乱打し続けた。
『や、やめろ人間! その拳に込められた暴力の圧はなんだ! 我は高位の霊的存在だぞ、気安く触れるなァッ!』
「うっせえ! お前も俺をバカにすんのか! この石頭め、割れろォッ!!」
俺は障壁にしがみつき、思い切り頭突きをかました。
ゴアァァァンッ!!という鐘を突いたような轟音が玉座の間に響き渡る。
【竜鱗装甲】を纏った俺の石頭と、ボスの絶対防御。
勝ったのは、圧倒的な質量を持つ俺の物理(脳筋)だった。
パァァンッ!とガラスが砕け散るような音と共に障壁が消滅し、俺はボスの本体である巨大な水晶に抱きつく形になった。
「ひっく……。よし、氷が割れた……。おーし、次、テキーラ持ってこい……」
『ひ、ヒィィッ……! 離せ、離してくれ! くそ、自爆する! 自爆して貴様ごと吹き飛んでやるッ!!』
恐怖のあまりパニックに陥ったクリスタル・セージは、全魔力を己の核に集中させ、玉座の間ごと消し飛ばす最終自爆魔法の詠唱に入った。
水晶の核が、太陽のように激しく発光し始める。
だが、その強烈な光の点滅が、俺の三半規管にトドメを刺した。
「……あ? なんだその、チカチカするの……。やめろ……。酔いが、回る……」
『死なば諸共だァァァッ!!』
「……うっぷ。……ちょっと、待て。……吐く……!」
俺は、激しく発光するボスの核を両手でガッチリと掴み、至近距離から渾身の「嘔吐(物理)」……もとい、胃からせり上がってくるものを我慢しようと全身の筋肉を硬直させた結果、意図せずして締め 技(ベアハッグ) を極めてしまった。
メキボキィィィィッ!!
『――――ア、ガ、アァァァァァッ!?』
爆発寸前の膨大な魔力が、俺の規格外の腕力による凄まじい圧縮に耐えきれず、ボスの内部で暴発。
大音響と共に、Bランク最上位ボスは己の魔法と俺の物理的圧力の板挟みになり、粉々に砕け散って光の粒子となった。
『――条件達成。【存在強奪】が発動します』
『――【筋力】(+UP)、【敏捷】(+UP)』
『――【知力】(+0)』
『――レアドロップ【深層の 鍵(ディープ・パス) 】を獲得しました』
システム音が鳴り響く。
だが、俺の耳にはそれどころではなかった。
「……おロロロロロロっ!!」
限界を迎えた俺は、玉座の間のど真ん中で、手に入れたばかりの深層の鍵を横目に、胃の中のストロング缶とプロテインを盛大にリバースした。
そして、そのまま糸が切れたように意識を手放し、冷たい石の床に倒れ込んだのだった。
◆
「……ん、んん……」
どれくらい気を失っていたのだろうか。
酷い頭痛と吐き気、そして口の中に残る最悪の不快感で、俺は目を覚ました。
「マスター! おはようございます! 見事な討伐でしたよ!」
脳内でエク子が元気いっぱいに声をかけてくる。
俺はズキズキと痛む頭を抱えながら、のろのろと上体を起こした。
「……痛てて……。頭が割れそうだ。……って、あれ? 俺、どうなったんだ? ボスは?」
「ボスの『クリスタル・セージ』は完全に討伐されました! あちらに落ちているのが、目的のアイテム【深層の鍵】です!」
エク子の言葉に、俺は視線を巡らせる。
確かに、少し離れた床に、黒い禍々しいオーラを放つ装飾的な鍵が落ちていた。その横には、俺が放ったらしい惨状の 跡(キラキラ) がある。
「……倒したのか? 俺が? あの魔法特化のヤバいボスを?」
「はい!」
「……全く記憶がないんだが。俺、どんな風に戦った?」
俺が恐る恐る尋ねると、エク子は待ってましたとばかりに、ホログラムのウインドウで『戦闘のハイライト映像』を再生し始めた。
「マスターはですね! ボスの必中魔法を千鳥足で全部避けながら近寄り、ボスの絶対防御の障壁を居酒屋のドアみたいにガンガン叩きながら『元カノが~!』『知力20が~!』と10分近く愚痴をこぼし続けました!」
「……嘘だろ」
「本当です! そして最後は、自爆しようとしたボスに抱きついて、嘔吐を我慢するついでに渾身のベアハッグを極めて、ボスの核を内部から圧殺しました! Bランク最上位の威厳を木っ端微塵にする、素晴らしい戦いっぷりでしたよ!」
俺は両手で顔を覆った。
死にたい。
魔法特化の高難易度ダンジョンを、まさか「酔っ払いの無駄絡み」で攻略してしまうとは。
しかも映像に残っている俺の姿は、どう見てもただの厄介な酔っ払いのおっさんだ。ボスや左京玄弥が知ったら、呆れて顎を外すだろう。
「……もういい。記憶を消してくれ。俺は何も見なかった。結果オーライだ、鍵さえ手に入ればそれで……」
俺は自己嫌悪に身をよじりながら立ち上がろうとして――ふと、ある「強烈な違和感」に気がついた。
スースーする。
玉座の間の冷たい空気が、俺の肌を直接撫でている。
「……おい、エク子」
「はい、なんでしょうマスター!」
「俺の……服は?」
恐る恐る下を向くと、そこには血と汗と謎のキラキラにまみれた、見事な「パンイチ」の俺がいた。
ドドンキで買った9800円の形状記憶スーツは、跡形もなくなっている。
「ああ、それですか! ボスが自爆魔法のチャージを始めた時に発生した超高熱のプラズマフレアで、マスターのスーツは一瞬で蒸発しちゃったんです!
でも大丈夫です、マスターの肉体は【竜鱗装甲】でノーダメージでしたから!」
「いや、大丈夫じゃねえええええッ!!」
俺の悲鳴が、誰もいなくなった玉座の間に虚しく響き渡った。
「またか! なんで俺は毎回毎回、ボスを倒すたびに全裸一歩手前になってるんだよ! 俺の防御スキルは服まで守ってくれないのかよ!」
「残念ながら服に魔力を通す高度な技術は、【知力:20】のマスターには計算処理が追いつかないので不可能です!」
「クソがあああッ!!」
俺は頭を抱えて絶叫した。
目的の【深層の鍵】は手に入った。
これで、100億の特級エリクサーを持つ『蒼竜』への道が開かれた。
だが、その代償として、俺はまたしてもこのパンイチの姿で、厳重な警備が敷かれたダンジョンのゲートを抜け、新宿の街を帰らなければならないのだ。
「……もう嫌だ。ダンジョンなんて二度と潜りたくねえ……」
泣きそうになりながら【深層の鍵】をインベントリに突っ込み、俺は二日酔いの頭を抱えながら、足取り重く出口への転移陣へと向かった。
究極の脳筋への道は、あまりにも露出度が高く、そして恥にまみれていた。
♦
現在の所持金:27,067,540円(※ストロング缶とプロテイン代5500円出費)
妹の治療費まで:あと47,932,460円
特級エリクサー(蒼竜からの強奪)投与リミットまで:あと15日