作品タイトル不明
次の依頼
翌日。
詐欺サイトで全財産を溶かしかけた(物理じゃなく金融的に)冷や汗も乾かぬうちに、俺はまどかからの緊急の呼び出しを受け、再び柊本家――『黒犬』の大広間へと足を運んでいた。
上座には、裏社会の王であるボス、柊宗一朗が胡座をかいている。
そしてその脇には、まどかだけでなく、銀縁眼鏡をかけた新幹部・左京玄弥が、相変わらずの柔和な笑みを貼り付けて控えていた。
「よく来たな、誠。先の爆破騒ぎでは、まどかをよく守ってくれたそうじゃないか」
「ええ、仕事ですから」
俺はドドンキで急遽買い直した「上下9800円(税別)」の形状記憶スーツ姿で、短く頭を下げた。
「あの爆弾を持ち込んだ女……長男(龍牙)の派閥の末端から出たボロかと思いきや、証拠はすでに綺麗に消されていた。…実に手回しの早いネズミが組織内にいるらしい」
宗一朗は意味深に目を細める。
彼ほどの男だ、爆弾騒ぎの裏で誰が糸を引いているかなど、とうに察しがついているのだろう。
だが、証拠がない以上は容易に裏切り 者(ネズミ) を粛清できない。
「さて、今日貴様を呼んだのは他でもない。私直属の取引先として、二つ目の『特命依頼』を下すためだ」
「……お受けします。どんな内容で?」
俺が即答すると、横から玄弥が一歩前に出た。
「私から説明させていただきましょう。誠様」
玄弥はスッと眼鏡を押し上げ、一枚のダンジョンマップを俺の前に差し出した。
「第8エリアに存在する高難易度ダンジョン、『幻惑の水晶宮』。
ここの最深部にいるボスモンスターがドロップする【深層の 鍵(ディープ・パス) 】を回収していただきたいのです」
俺の隣で、まどかが息を呑んだ。
「ちょっと待ちなさい、玄弥! 第8エリアですって!? あそこは常に高濃度の魔力瘴気が立ち込める、完全な『魔法特化』のダンジョンよ! 罠も魔物もすべてが精神干渉と魔法攻撃……物理アタッカーが単独で潜るなんて、自殺行為もいいところじゃない!」
まどかの剣幕にも、玄弥は涼しい顔を崩さない。
「ええ。だからこそ、誠様に適任かと思いまして。
彼は先日のBランク上位が放つ『怨念の炎』や、至近距離での『魔力起爆晶』すら耐え抜く、規格外の耐久力をお持ちです。彼ならば、魔法の嵐も易々と突破してくれるのではないかと、ボスに推薦させていただいたのですよ」
……なるほど。
あの毒蛇め。
俺の弱点である【知力20(魔法耐性皆無)】を正確に見抜き、あえてその弱点を突くフィールドへ送り込もうという腹か。
爆弾で死なないなら、致死量の魔法毒と精神汚染で脳髄から焼き切ってやるという、陰湿極まりない殺意だ。
「父上! 流石にこの依頼は無茶です! いくら彼でも――」
「まどか、黙れ。……誠、お前はどうする? 玄弥の言う通り、この依頼は危険だ。だが、報酬は『3000万円』出そう」
宗一朗の鋭い眼光が俺を射抜く。
罠だと分かっていて乗るのか、と試している目だ。
(マスター! まどかさんの言う通り、完全にキルゾーンへ誘い込まれてます! お断りしましょう! いくら3000万でも、知力20で魔法特化ダンジョンはヤバすぎます!)
(……いや。受ける)
俺は、玄弥の差し出したマップに記された『深層の鍵』という文字から、目を離せずにいた。
「玄弥さん、一つ聞きたいんだが」
「はい、なんでしょう?」
「その『深層の鍵』があれば、Aランクの領域……例えば、エリアボスである『蒼竜』のいる最深部へのゲートを開けることができるのか?」
俺の問いに、玄弥の目がわずかに見開かれ、まどかも驚いたようにこちらを見た。
「……ええ。おっしゃる通りです。各エリアの深層、Aランク指定の未踏破領域へアクセスするための、特殊なマスターキーのようなアイテムです。……まさか誠様、Aランクへ挑むおつもりで?」
「……」
俺は内心で狂喜していた。
100億の特級エリクサーを持つ蒼竜。
あいつに挑むためには、そもそも深層へ降りるための『鍵』が必要だったのだ。
左京玄弥は俺を殺すために罠を張ったつもりだろうが、俺にとっては、これ以上ない極上の『チケット』をわざわざ目の前に用意してくれたことになる。
「いいだろう。その依頼、引き受けた」
俺が堂々と宣言すると、玄弥の口角が吊り上がった。
「素晴らしい。流石はまどか様が誇る最強の護衛だ。……ご武運を祈っておりますよ、誠様」
「ああ。せいぜい期待して待っててくれ。お前の 期待(トラップ) ごと、全部強奪して帰ってきてやるからな」
互いに腹の底で殺意を煮えたぎらせながら、俺と玄弥は表面上だけの薄ら寒い握手を交わした。
◆
会合の後。
俺はまどかの制止も聞かず、すぐに第8エリア『幻惑の水晶宮』の入り口へとやってきていた。
ゲートの奥からは、すでにチカチカと不快な光を放つ魔力瘴気が漏れ出している。
普通の冒険者なら、魔法耐性の上がる高価なローブや、精神を安定させるマジックアイテムを大量に持ち込む場所だ。
「マスター……本当に何も準備しなくてよかったんですか?」
「準備ならしてきたぞ」
俺はドドンキのレジ袋から、大量の『プロテイン』と『ストロング系の缶チューハイ』を取り出した。
「精神干渉の魔法なんてものはな、アルコールで脳の痛覚を麻痺させて、プロテインで筋肉をパンプアップさせればだいたい弾き返せるんだよ」
「……それ、医学的にも魔法学的にも完全に間違ってますからね!? ただの酔っ払いの脳筋になるだけですよ!?」
エク子の必死のツッコミを無視し、俺はストロング缶を一気飲みして空き缶を握り潰した。
「アルコール度数9%の暴力、舐めんなよ。……行くぞ!」
魔法耐性ゼロの、ほろ酔い状態の脳筋。
左京玄弥が周到に用意した魔法の迷宮を、前代未聞の『物理的すぎるアプローチ』で粉砕するための、理不尽な攻略が今、幕を開けようとしていた。