軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

黒犬の会合、深淵の落とし子

俺がもたらした衝撃の余韻が冷めやらぬまま、大広間では『黒犬』の定例幹部会が本格的に幕を開けた。

俺はまどかの斜め後ろ、護衛の定位置に直立し、政治劇を静かに観察することにした。

「――まずは今月の報告だ。長男(龍牙)、次男(猛)、長女(麗奈)。順に報告しろ」

上座で煙管を吹かしながら、宗一朗が低く重い声で促した。

先ほどまでまどかに向けていた甘ったるい父親の顔は微塵もなく、そこにあるのは血も涙もない組織の絶対者の顔だった。

「はっ。私、龍牙の派閥が管理するフロント企業群ですが、今月も表の政財界とのパイプは強固です。

新設されるダンジョン管理法案につきましても、息のかかった議員を動かし、我が組織に有利な採掘権を先行取得する手はずが整っております」

龍牙が恭しく頭を下げる。

先ほどの俺への失態を取り繕うかのように、饒舌に成果を並べ立てた。

「武闘派の報告だ」

先ほど俺に転がされた次男の猛が、忌々しそうに顔をしかめながら立ち上がった。

「第14エリアのCランクダンジョンの利権を巡って対立していた新興クランを、実力で排除した。これで下層の魔石ルートは完全にウチの独占だ」

「あら、ご苦労なことね。野蛮な力仕事ばかりで」

長女の麗奈が、妖艶な笑みを浮かべて口を挟む。

「私の方は、歓楽街の裏カジノと情報屋の売上が前月比120%よ。それと、裏切りを企てていた下部組織の幹部三名……私の『毒』で、事故に見せかけて綺麗に掃除しておいたわ」

金と権力、暴力による制圧、そして暗殺と情報操作。

絵に描いたような巨大犯罪組織の全容だ。

盤石な地盤があればこそ、『黒犬』は首都の裏社会に君臨し続けているのだろう。

「ふむ……。で、まどか。お前はどうだ?」

宗一朗の声が、意図的に少しだけ柔らかくなる。龍牙たちがギリッと奥歯を噛み締める音が聞こえた。

「はい。私はこれまで通り、希少素材の調達と闇市場への流通ルートの確保を。今後は、結城誠という最強の『専属パイプ』を得たことで、Bランク以上の極上素材を他派閥やギルドを通さずに本家へ直接納品することが可能となります」

まどかの報告に、幹部たちが再びざわめいた。

先ほどの『紅蓮核』の衝撃がある。

まどかの派閥――いや、彼女個人の組織内での発言権が、俺という存在によって今この瞬間、爆発的に跳ね上がったのだ。

「……よかろう。各々、大儀であった」

宗一朗はゆっくりと頷き、居並ぶ幹部たちを見渡した。

その瞳の奥底に、底知れぬ暗い光が宿る。

「さて。本日の定例会、もう一つ重要な議題がある。……入ってこい」

宗一朗が声をかけると、大広間の奥、上座のすぐ横にある襖が音もなく開いた。

そこに立っていたのは、一人の若い男だった。

年齢は二十代半ばほどか。

黒の細身のスーツに、銀縁の眼鏡。

顔立ちは神経質そうに整っており、口元にはどこか神父のような、穏やかで柔和な微笑みを浮かべている。

だが、その男から発せられる異様な空気に警鐘を鳴らした。

(マスター。あの男……なんだか気持ち悪いです。

魔力も闘気も全く感じないのに、存在の根っこが泥沼みたいにドロドロしてます)

(……ああ。笑顔が顔に張り付いているだけで、目が全く笑っていない)

男は音もなく畳の上を歩き、宗一朗の御前の少し手前で、深く、美しく一礼した。

「皆、紹介しよう。本日付で『黒犬』の新幹部に任命した、 左京玄弥(さきょう・げんや) だ。

私の直属として、特別な権限を与える」

大広間が、爆発したかのように騒然となった。

「お、親父殿! 流石にそれは承服しかねます!」

真っ先に立ち上がったのは龍牙だった。顔を真っ赤にして抗議する。

「どこの馬の骨とも知れぬ外部の人間を、いきなり直属の幹部にするなど、組織の 階級(ルール) を無視するにもほどがあります!

それに、その男にそれだけの実績があるのですか!?」

「実績ならあるわよ、お兄様。……それも、 悍(おぞ) ましいほどのね」

麗奈が、心底忌々しそうに煙管を灰皿に叩きつけた。

「ここ数ヶ月、私たちが目をつけながらも手を出せなかった対立組織のトップ連中が、次々と『謎の失踪』や『不審死』を遂げていたでしょう。

……全部、彼が一人で裏から手を回して『解体』したのよ」

「な、何……? こいつがたった一人で……?」

龍牙が絶句し、玄弥を睨みつける。

玄弥は眼鏡の位置を中指でクイッと押し上げ、相変わらずの柔和な笑みで振り返った。

「お見知りおきを、龍牙様、麗奈様、猛様、凛様。そして……まどか様。

新参者ゆえ、至らぬ点も多々あるかと存じますが、ボスのため、粉骨砕身の覚悟で尽力いたします。何卒、よしなに」

その言葉はひどく丁寧だったが、声には一切の感情がこもっていなかった。

だが――俺の視点からは、はっきりと見えた。

玄弥の瞳の奥が、兄弟たちを見た瞬間、ヘドロのようなドス黒い「嘲笑」に歪んだのを。

――左京玄弥は、内心で吐き気を堪えていた。

(……滑稽な豚どもだ。血筋というだけの空っぽな器のくせに、幹部気取りとは反吐が出る)

玄弥は、この広間にいる誰一人として知らない秘密を抱えている。

彼は、柊宗一朗が外に作った『隠し子』だ。

正妻の子である龍牙、麗奈、猛、凛。そして、愛人の子であるまどか。

彼らとは違い、玄弥は存在そのものを闇に葬られ、裏社会の底辺で「暗殺」と「工作」の道具としてのみ育てられてきた。

すべては、実の父である宗一朗に認められるためだった。

泥水を啜り、他人の命を奪い、心を殺して這い上がってきた。

今日、ようやく幹部という「表の舞台」に引き上げられたが、宗一朗の態度はあくまで「便利な手駒を昇格させた」という事務的なものにすぎなかった。

(……それでもいい。今はまだ。龍牙も麗奈も猛も、いずれ私がこの手で解体し、父上の前から排除して差し上げる。

そうすれば、父上は私だけを……この私だけを、本当の息子として愛してくださるはずだ)

玄弥の心は、狂気じみた父への承認欲求と独占欲で黒く煮え 滾(たぎ) っていた。

その視線が、まどかへと向けられる。

(だが……あの女だけは、例外だ)

先ほどの宗一朗の態度。まどかに向けられた、あの異常なまでの溺愛。

自分がどれほど血反吐を吐いて組織に貢献しようと決して手に入らない「愛情」を、あの小娘はただそこにいるだけで独占している。

許せない、殺したい。

あの美しい顔の皮を剥ぎ、その絶望に染まった首を父の御前に突き出してやりたい。

(父上を狂わせているのは、あの女だ。

まどかをこの世から完全に消し去らなければ、父上の目は決して私に向かない)

玄弥の柔和な笑顔の下で、致死量の殺意が鎌首をもたげる。

そして、その殺意は自然と、まどかの背後に立つ「ジャージの男」にも向いた。

(結城誠……と言ったか。

適性なしの分際でBランク魔物を屠る異常者。

目障りな番犬だ。……まどかを屠るためには、まずあの男の存在が邪魔になる。どうやって無力化し、絶望させてから切り刻んでやろうか)

玄弥は目を細め、胸の奥で密かに、そして凄惨な「まどか抹殺計画」を組み上げ始めていた。

「――では、本日の会合はこれまでとする。散会だ」

宗一朗の重い声が広間に響き、幹部たちが一斉に立ち上がって頭を下げた。

龍牙たちは忌々しそうに玄弥を睨みつけながら退室していく。

俺もまどかの背中を追って広間を出ようとした、その時だった。

「結城誠、様」

すれ違いざま、新幹部の玄弥が、俺の耳元で囁くように声をかけてきた。

「素晴らしい力でした。いずれ、ゆっくりとお手合わせ願いたいものです」

振り向くと、銀縁眼鏡の奥の瞳が、爬虫類のように冷たく俺を観察していた。

俺は表情を変えず、ただ短く答えた。

「俺はただの護衛だ。あんたみたいなエリート幹部とじゃれ合う趣味はないんでね。

……それに、俺は不器用だから、手合わせなんかしたら『壊して』しまうかもしれない」

「……アハハ。それは恐ろしい。気をつけますよ」

玄弥はくぐもった笑い声を漏らし、そのまま静かに上座の奥へと消えていった。

「……マスター。あいつ、絶対に敵です。

それも、さっきの金髪や脳筋男とは比べ物にならないくらい、陰湿でヤバい種類の敵ですよ」

「ああ、分かっている」

真っ直ぐな暴力には、暴力で対抗できる。

だが、あのような底知れない悪意を隠し持った毒蛇は、いつ、どこから噛み付いてくるか予測ができない。

柊本家の屋敷を出て、新宿へと戻る車の中。

俺は懐のブラックカード――3000万円という重みを感じながら、これからの過酷な戦いに向けて、再び気を引き締めていた。

一億円のための「裏取引ルート」。

だが、その道程には、想像を絶する悪意と策謀が待ち受けていることは間違いない。

現在の所持金:30,577,000円

妹の治療費まで:あと69,423,000円