軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

奈落の御所4

21階層での『知の試練』という名の物理的な大乱戦を終え、俺は22階層へと続く石階段を下りた。

先ほどの消耗した体力も、ある程度元通りになっていた。

階段を下りきった先に広がっていたのは、鬱蒼と生い茂る不気味な紫色の竹林だった。

見上げれば赤黒い空に薄暗い三日月が浮かんでおり、風が吹くたびに竹が擦れ合って「カラカラ」と骨の鳴るような音を響かせる、不気味極まりないエリアだった。

『マスター、22階層から29階層までは【迷いの宵竹林】エリアです。

視界が悪く、死角からの奇襲に特化したエネミーが多数潜伏しています』

「奇襲か。まあ、トラ子のサポートあれば問題ないだろ」

俺はドドンキ袋を肩に担ぎ直し、紫色の竹林へと足を踏み入れた。

シャッ……!

微かな葉擦れの音と共に、背後の死角から鋭い風切り音が迫った。

振り返りもせず、俺は上半身をわずかに右へ傾ける。

直後、俺の左耳の真横を、見えない風の刃が通り過ぎて竹を真っ二つに切り裂いた。

『左後方より、【血啜りの 鎌鼬(かまいたち) 】三体! さらに頭上の竹と同化して【竹林の夜叉】が二体降ってきます!』

「シィッ!」

俺は沈み込むような姿勢から、地を這うように後方へステップを踏んだ。

空振りをして着地した三匹の巨大な鎌鼬の顔面を、流れるような連続の回し蹴りでまとめて粉砕する。

さらに、頭上から槍を構えて降ってきた夜叉の腹を、空へ向けて放った渾身の突き上げ(アッパー)で撃ち抜いた。

ドガァッ! バキィッ!

『対象の討伐を確認。0.01%のステータス強奪を継続中ですっ!』

「よし、この調子で一気に抜けるぞ」

22階層から29階層までは、まさに作業だった。

視界の悪い竹林だろうが、トラ子の完璧なナビゲートの前では奇襲など意味をなさない。

俺は道を塞ぐ竹ごと妖魔たちを物理で粉砕し、一直線に階層を駆け抜けていった。

そして、21階層の激闘から5時間後。

竹林を抜けた俺は、30階層のボスエリアへと辿り着いた。

そこは、広大な地下洞窟だった。

しかし、岩肌は見えない。

壁も、天井も、そして足元の床すらも、粘り気のある薄紫色の『糸』でびっしりと覆い尽くされていたのだ。

踏み出すたびに靴の裏がネチャリと張り付く、悪趣味な空間だった。

「……蜘蛛の巣か?」

俺が呟いた直後、洞窟の中央にある巨大な糸の玉が動き出した。

そこから現れたのは、上半身が妖艶な和服の美女、下半身が禍々しい斑模様の巨大な蜘蛛の異形の怪物だった。

『マスター、エ敵の識別完了。

30階層フロアボス、S-ランク【大妖・呪糸の 絡新婦(じゅしのじょろうぐも) 】です!』

「キキキッ……。よくぞ参った、愛しい殿方。わっちの甘い糸で、永遠に抱擁してやろうぞ……!」

絡新婦が美女の口を裂いて笑い、六本の蜘蛛の脚を蠢かせた。

直後、彼女の口と腹部から、無数の紫色の糸が投網のように吐き出され、広範囲を覆い尽くしながら俺へと迫ってきた。

『マスター! 回避ルートがありません! あの糸はミスリルの刃すら弾く特殊な呪いの糸です! 捕縛されれば、並のSランク冒険者でも自力での脱出は困難です!』

「避ける場所がないなら、受けるまでだ!」

俺はあえて防御の姿勢を取り、真正面からその紫色の糸の投網を受け止めた。

手足から胴体まで、何重にも絡みついた粘着性の糸が、俺の身体を雁字搦めに拘束する。

「アハハハハッ! 愚かな! わっちの呪糸に捕らわれたが最後、二度と身動きは取れぬわ!」

俺はぐるぐると巻きにされた状態のまま、両腕に全身の力を込めて外側へ弾き開こうとした。

しかし。

ギリ、ギギギッ……! と鈍い音は鳴るものの、糸はゴムのように異常な伸縮性を見せて伸びるだけで、一向にちぎれる気配がなかった。

「なっ……!?」

「無駄じゃ無駄じゃ! わっちの糸はミスリルを凌ぐ硬度に加え、極限の『柔軟性』を持たせてある! 力任せに引っ張れば引っ張るほど、衝撃を吸収して絡みつくのじゃ!」

絡新婦が哄笑を上げ、自らの腹部から伸びる親糸を勢いよく引っ張った。

「まずは、その無駄な体力を削ってやろうぞ!」

次の瞬間、俺の身体は糸に引かれて宙へと猛スピードで釣り上げられた。

そのまま、洞窟の天井から突き出した鋭い鍾乳石の群れや、硬い岩壁めがけて、まるで巨大なハンマーのように何度も叩きつけられた。

ドゴォォォンッ! ガシャァァァンッ!!

「ガッ……! ぐぅっ……!」

圧倒的な『耐久』ステータスのおかげで致命傷にはならないが、脳を揺らす強烈な打撃と遠心力に、思わず呻き声が漏れた。

視界が激しく揺さぶられ、洞窟の壁が次々と粉砕されていく。

『マ、マスター! ダメージ蓄積しています! このままじゃサンドバッグです!』

「チィッ……調子に、乗りやがって……!」

数十回壁に叩きつけられた後、俺は洞窟の中央へと放り出されるように墜落した。

ジャージはボロボロになり、口の端から一筋の血が流れている。

「キキキッ! 随分と頑丈な玩具じゃな。

だが、そろそろ飽きたわ。わっちの毒牙で、内臓からドロドロに溶かしてすすってやろう」

絡新婦が親糸を巻き取りながら、巨大な毒牙を剥き出しにして、猛スピードで俺の方へと迫ってきた。

拘束されて身動きが取れない獲物へ、確実なトドメを刺すための突進だった。

だが、俺はボロボロの身体を起こし、ニヤリと笑った。

「……なるほどな。外側に広げて『切る』のが無理なら、別の使い方をすればいいだけだ」

俺は、自身の身体を拘束している分厚い糸の束を、両手でしっかりと握りしめた。

糸は絡新婦の腹部と繋がっている。つまり、俺とあいつは一本の頑丈なロープで繋がれた『綱引き』の状態だ。

「な、何を……?」

迫り来る絡新婦が、不審そうに目を細めた。

「来いよ、特等席を用意してやるッ!!」

俺は両足で床の岩盤を深く踏み砕き、腰を落とす。

そして、全身のバネと筋力を総動員し、握りしめた糸の束を、俺の背後へ向けて『全力で引き絞った』。

「ギィィィィッ!?」

絶叫。

空中に飛び出していた絡新婦の巨体が、彼女自身の突進速度に俺の異常な膂力による『引き』が合わさり、大砲の弾のような超音速で俺の目の前へと引きずり込まれた。

「オラァァァァァッ!!」

自分から俺の拳の射程圏内へと飛び込んできた形になった絡新婦。

そのがら空きの顔面めがけて、俺は待ち構えていた渾身の右ストレートを叩き込んだ。

ドゴォォンッ!!!!!

今度は、壁に叩きつけられる音ではなかった。

S-ランクの巨大な土蜘蛛の頭部が、俺の拳と自分自身の激突の勢い(カウンター)に耐えきれず、無惨に弾け飛んだのだ。

そのまま巨体が後方へ吹き飛び、洞窟の奥でドロドロの肉塊へと変わって沈黙した。

主を失った呪縛の糸が、パラパラと灰のように崩れ落ちていく。

『対象の生命活動、停止を確認。……30階層フロアボス、討伐完了です!』

静寂が戻った洞窟に、トラ子の弾んだアナウンスが響いた。

『やりましたね! 凄まじいカウンターでした! S-ランクボスの基礎ステータス【10%】を永久強奪です! ドロップアイテム【呪縛の妖糸】と【絡新婦の魔石】をドドンキ袋に収納しました!』

『ふん、少しはヒヤリとさせおって。だが、力任せだけでなく機転を利かせたのは褒めてやろう!』

グリ子の珍しい労いの言葉を聞きながら、俺は口元の血を手の甲で拭った。

「ハァ……少し手こずったな。ゴムみたいに伸びる性質は厄介だった」

俺は拳の痛みを軽く振り払い、深く息を吐き出した。

知力の低さだけでなく、純粋な物理への対策を持った敵も増えてきている。

特級ダンジョンの深層は、決して甘い場所ではないことを改めて痛感させられた。

「よし、気を取り直して行くぞ。次は40階層だ」

そして俺は洞窟の奥に現れた31階層へと続く階段を下りていった。