作品タイトル不明
奈落の御所3 知の試練
21階層へと続く階段を下りきった俺を出迎えたのは、これまでの荒れ果てた廃都や燃え盛る仏閣とは全く異なる、静寂に包まれた純白の大理石の空間だった。
瘴気もなければ、魔物の気配も一切ない。
部屋の中央には、精巧な石造りの台座があり、その上に【天秤】と【9つの輝く宝玉】が置かれていた。
「なんだここは? 敵がいないぞ」
『マスター。前方の石碑に何か刻まれています』
トラ子に促され、俺は台座の奥にある石碑を覗き込んだ。
『――此処は知の試練なり。
汝の眼前にある9つの宝玉。そのうち8つは本物、1つは精巧な偽物である。
偽物は、本物よりもわずかに『軽い』。
この天秤を【2回】だけ使い、見事偽物を見つけ出せ。
正解せし者には次の階層への道を開き、誤りし者には奈落の罰を与えん』
「……なるほど。クイズってわけか」
俺は腕を組んだ。
9つの玉から、2回だけ天秤を使って軽いものを探す。
確かに、適当に量っていては2回で特定するのは不可能だ。何か論理的な手順を踏む必要があった。
『マスター、この問題の正解は――ザザッ、ピーーーッ!』
突如、脳内に響くトラ子の声に激しいノイズが走った。
『な、なんじゃ!? わらわ達の声が……!』
『警告! フロア全体に強力な【システム 干渉(ジャミング) 結界】が展開されています!
外部からの情報提供、および演算サポートが一時的に遮断されま――ザザザッ!』
プツン、と。
騒いでいた三人の声が、完全に途絶えた。
どうやらこの『知の試練』、外部のAIやスキルによるカンニングを完全に防止する機能が備わっているらしい。
「マジかよ……。俺一人の頭で解けってことか」
俺は頭を掻きむしりながら、9つの宝玉と天秤を見つめた。
俺の基礎ステータスは、疾風狼やこれまでの階層の魔物を狩りまくったおかげで、筋力、敏捷、耐久は飛躍的に上昇している。
……だが、知力だけは、どれだけ敵を倒そうが1ミリも成長していなかった。
「ええと……と、とりあえず、4個と4個を天秤に乗せるだろ? もし釣り合ったら、残った1個が偽物だ! 完璧じゃないか!」
俺は天才的な閃きに歓喜したが、すぐに気づいた。
「いや待てよ……もし4個と4個が釣り合わなかったら、軽い方の4個の中に偽物があるってことだよな?
残り1回の天秤で、4個の中から1個を見つける……? 2個と2個に乗せて……あっ、天秤の回数が足りない!」
考えすぎて脳がオーバーヒートを起こし始めた。
3個ずつに分ける? いや、それだとどうなるんだ? そもそも天秤ってどうやって見るんだっけ?
「……あー、くそっ! 考えても分かんねえ!」
五分後。
完全に思考を放棄した俺は、ヤケクソになって宝玉を一つ手に取った。
「要するに、手で持って一番軽いやつを探せばいいんだろ!」
俺は己の直感を信じ、適当な宝玉を二つ掴んで重さを比べようとした。
その瞬間。
――ブッブーッ!!
大理石の部屋に、無情な不正解のブザーが鳴り響いた。
『不正な比較により知の試練、不合格。
――これより、ペナルティを実行する』
無機質なアナウンスと共に、純白だった部屋全体が禍々しい真紅の光に包まれた。
床と壁に無数の魔法陣が浮かび上がり、そこから次々と巨大な影が実体化していく。
現れたのは、全身を分厚い装甲で覆われ、両腕に巨大な魔力砲を装備したモンスターが現れる。
その数、三十体。
「……おいおい、いくらなんでも罰ゲームが重すぎないか?」
俺が冷や汗を流した直後、ジャミング結界が解け、トラ子たちの声が戻ってきた。
『マ、マスター! なんで3個ずつに分ける正解ルートに気づかなかったんですかっ!?』
『うわあああん! モンスターハウスです! 部屋の出入り口も完全に封鎖されました!』
『馬鹿者! 貴様の知能の低さのせいで、とんでもない連中に囲まれたではないか!』
「うるせえ! 俺だって考えてたさ!」
俺が叫んだのと同時に、三十体のゴーレムが一斉に両腕の魔力砲を構え、俺めがけて極太の追尾レーザーを発射してきた。
ズドドドドドドォォォォンッ!!!
回避スペースの限られた閉鎖空間で、数十本のレーザーが乱反射する。
俺は咄嗟に床を蹴り、壁を走り、天井を蹴って三次元的な回避軌道を描いた。
「シィッ! ハァッ!」
『マスター、右から三体! 上空から二体の砲撃が来ます!』
「分かってるッ!」
空中で身体を捻り、レーザーの網目を潜り抜けた俺は、最も近くにいたゴーレムの頭部に渾身の踵落としを叩き込んだ。
ガガァンッ!!
……硬い。
ゴーレムの装甲は伊達ではなく、一撃では完全に粉砕しきれず、ひしゃげるだけだった。
「チィッ、一筋縄じゃいかないか!」
着地する間もなく、周囲から一斉に巨大な鋼鉄の拳が振り下ろされる。
俺はそれを両腕を交差してガードしたが、ゴーレムの拳ぶつかる衝撃で、身体は弾き飛ばされ、大理石の壁に激突した。
「ガハッ……!」
『マスター! ダメージ蓄積しています! 敵は連携が完璧です、隙がありません!』
トラ子が悲痛な声を上げた。
ただの三十体ではない。
強固な装甲機兵が、一糸乱れぬ包囲陣形を敷いて殺しにきているのだ。
ペナルティ特有の、絶対に生かして帰さないという殺意の塊だった。
「……上等だ。クイズで負けた分は、物理で取り返してやるッ!」
俺は壁を蹴り飛ばし、再びゴーレムの群れへと突っ込んだ。
一撃で倒せないなら、二撃、三撃と叩き込むまでだ。
関節を狙い、装甲の隙間に拳をねじ込み、魔力砲の銃身を素手でへし折る。
ドガァッ! バキィッ! ズドォォンッ!
広大な部屋の中で、泥沼の乱戦が始まった。
追尾レーザーがジャージをかすめ、頬に一筋の血が流れる。
飛び交う鋼鉄の拳を紙一重で躱しながら、カウンターで相手のコアを貫いていく。
「オラァァァッ!!」
五分経過。十体破壊。
息が上がり始めた。
十分経過。二十体破壊。
ジャージはボロボロに引き裂かれ、全身が汗と血に塗れた。
そして十五分経過――。
「ハァッ……ハァッ……! これで、最後ォッ!!」
俺は最後の一体となったゴーレムの懐に潜り込み、両足で地面を深く踏み締め、腰の捻りから生み出した全力の右ストレートを、その分厚い胸部装甲の中心へと叩き込んだ。
パァァァァンッ!!
甲高い爆音と共に、装甲が内部から弾け飛び、最後の一体が崩れ落ちた。
『……対象三十体の完全沈黙を確認。クリアです……!』
『マ、マスター……お疲れ様でした……っ!』
トラ子とエク子が、安堵と疲労の混じった声で労ってくれた。
「ハァ……ハァ……クソッ、マジで死ぬかと思ったぞ……」
俺は膝から崩れ落ち、大理石の床に大の字に寝転がった。
全身の筋肉が悲鳴を上げ、肺が酸素を求めて激しく上下している。これほどまでに体力を消耗したのは、疾風狼の特訓以来だった。
『くはははっ! 無様じゃな宿主よ!』
「うるせえ……。でもまあ、結果オーライだろ。三十体分のステータスを丸々強奪できたんだ。
ステータスはまた一段階、跳ね上がったはずだ」
息を整えながら立ち上がると、部屋の奥に次の階層へと続く巨大な階段が出現していた。
足元には、三十体分の大量の鉱石の破片が転がっている。俺はそれらを黙々とドドンキ袋に詰め込んだ。
「次もクイズだったらどうしよう……詰むな」
そうぼやきながら、俺は汗まみれの身体で歩みを進めた。