作品タイトル不明
強欲の証明2
「……は、ぁ……?」
俺が血を吐きながら呻くと、妖狐は俺の顔を覗き込むように屈み込み、ニシシとイタズラっぽく笑った。
「安心せい、さっき約束した通り、ノーリスクで使わせてやるわい」
「……よく、分からんが……ノーリスクなら……それで、いい……」
俺は掠れる声で答えた。今はプライドよりも、現実で暴れ狂う左京を止める手段が最優先だ。
「よし。ならば、お主に与えるスキルはこれじゃ――【存在強奪】」
「……ん?、存在、強奪?」
俺は目を丸くした。
それは、俺が今までダンジョンで魔物を倒し、能力を奪い続けてきたスキルの名前だ。
「これ同じ、スキルだけど……?」
「ふん。このスキルはな、本来は『強欲』のスキルそのものの一部なんじゃよ。
それを、あの忌々しい 管理者(システム) の奴らが、ご丁寧に名前を書き換えて誤魔化しおったのじゃ」
妖狐は不機嫌そうに尻尾を揺らした。
「わらわもこの世界に顕現する以上、世界のルール(システム)に則る必要があるゆえ、仕方なしにその名を受け入れておるがな。
これは紛れもなく、大罪スキル【強欲】じゃ」
「……そういうことだったのか」
「うむ。本来、強欲のスキルというものは、非常に燃費が悪くての。
魔力さえあれば、それを燃料にして無尽蔵に能力を奪えるのじゃが……」
妖狐はそこで、ジト目で俺を見下ろした。
「お主のような、魔力がほぼスッカラカンの無能では、己の持っている他のスキルそのものを燃料として燃やすしかなかったのじゃ」
「えっ……。じゃあ、俺の奪ったスキルが全部消えたのも、その影響なの?」
「そうじゃ。アイテムボックスのような『ユニークスキル』は世界からの独立性が高いゆえ例外的に残るがな。
お主がペナルティでステータスが落ちた理由も、暴走した強欲の燃料となるスキルが足りなくなり、生命力そのものを喰われかけた影響じゃな。
……あと少しでも遅ければ、お主の意識ごと乗っ取って……ゲフンゲフン!
い、命の危機だったのじゃぞ!」
妖狐が突然咳き込み、目を泳がせた。
「……おい。お前、今思いっきり『乗っ取って』って言っただろ」
「う、うるさいっ! こっちも生き残るのに必死なんじゃ! あんな魔力ゼロの器で暴走されて、わらわまで共倒れになっては堪らんからな!」
狐っ娘は顔を真っ赤にしてフンスと鼻息を荒くした。
どうやら、俺の暴走ペナルティの裏には、この強欲の意志とのギリギリの生存競争があったらしい。
「だが安心せい。今回お主に貸し与えるのは、かなり機能を絞り込んだバージョンじゃ。
ほぼノーコストで使えるレベルにまで燃費を落としてある。
また、わらわが直接与えた力ゆえ、これは少なくとも暴走することはないわ」
「……どんな能力があるの?」
俺が尋ねると、妖狐はあっけらかんと言い放った。
「『相手を殴るたびに、相手のステータスの1%を奪う』というものじゃ。
……【拳の接触が必要】という極めて厳しい制約条件を課すことで、魔力ゼロのお主でも、なんとかノーコストで発動できるのじゃ」
「1%ずつ……拳で殴るたびに?」
「そうじゃ。というより、今までお主が使っていた存在強奪も、知らず知らずのうちにその制約下に置かれていたからこそ、お主でも使えたのじゃぞ?」
その衝撃の事実に、俺は目を見開いた。
そうか……だから俺は、いつも魔物を直接殴り倒した時にだけ、ステータスや能力を奪えていたのか。
常に泥臭い肉弾戦を強いられていた理由が、今ようやく腑に落ちた。
「そうだったのか……。だから俺でも、ダンジョンで戦えたのか」
「そういうことじゃ。……追加で注意点を告げておくぞ」
妖狐の表情が、真剣なものへと変わった。
「この機能制限版のスキルで奪ったステータスは、たった『一時間』で完全に消失する。
つまり、お主の勝利条件は、一時間以内にあの化け物を倒し切ること。
……そのためには、絶え間なく攻撃を当て続け、奪い続けねばならん。
少なくとも、序盤のステータスが負けている間は、敵の攻撃を一切受けず、避け続けるという過酷な立ち回りが必要になるかの」
一時間。
その間に、あの限界突破した怪物を殴り続け、逆にこっちは一発も被弾してはならない。
正気の沙汰ではない難易度だが……今の俺には、それしか道はない。
「分かった。行ってくる。……ありがとう」
俺が立ち上がり、素直に礼を言うと、妖狐はビクッと肩を震わせた。
「うっ……! ふ、ふんっ! うっさい、早く行くが良い! わらわの力を無駄にしたら承知せんぞ!」
妖狐は耳まで真っ赤にして、そっぽを向きながらツンデレな態度で照れ隠しをした。
「……そういえば」
現実世界へ意識が戻りかける中、俺はふと立ち止まった。
「お前、名前聞いてなかったな」
「は? 名前? ……そんなもの、とうの昔に捨てたわ。
わらわは強欲、それだけで十分じゃ」
妖狐は興味なさそうに尻尾を揺らす。
だが、名前がないのも不便だ。
俺は少し頭を悩ませた。
(あまり変な名前にすると、後でエク子たちに「マスター! また女の子ですか!
名前までつけて!」って激怒されるからな……無難なやつにしないと……)
強欲(グリード) 。狐。女の子。
「よし、それじゃあ『グリ子』なんてどうだ?」
「ぐ、ぐりこ……?」
妖狐はパチクリと目を瞬かせた。
「なんか、人間どもの食う甘味のような名前じゃな……。
まあ、分かった。なんとでも呼ぶが良い」
「サンキュー、グリ子。頼りにしてるぜ」
俺がニッと笑って見せると、グリ子は「ふんっ」とそっぽを向いたが、その尻尾は嬉しそうにパタパタと揺れていたように見えた。
そうして、俺はグリ子から【存在強奪】のスキルを再び受け取った。