軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 IF 夏の思い出8

海浜リゾートに併設された、屋根付きのバーベキュースペース。

海からの心地よい風が吹き抜ける中、俺たちはレンタルしたコンロの前に集まっていた。

「よーし、お肉焼くぞー! 誠さん、火おこしお願いします!」

「任せろ、炭の火起こしくらいお手の物だ。やった事ないけどな」

俺が着火剤を使って手際よく炭に火をつけると、パチパチと心地よい音と共に、網の上が熱を帯び始めた。

そこへ、しずくがトングを使って、分厚い牛肉や、施設で買ってきた新鮮なホタテ、エビ、野菜を次々と並べていく。

ジュウウウウッ……!

肉の脂が炭に落ち、香ばしい煙が立ち上る。特製のバーベキューソースの匂いが、空きっ腹に強烈に刺激を与えた。

『マスター! お肉! お肉が焼けてます! 焦げる前に早く救出を!』

「分かってるって。ほら、第一陣だ、食え!」

俺が焼けた肉を紙皿に取り分けると、エク子と葵が猛烈な勢いでかぶりついた。

「んんんーっ! 美味しいー!」

『アミノ酸と脂質の暴力です! 先ほどのスイカとはベクトルが全く違う、圧倒的な『旨味』! これが BBQ(バーベキュー) ですか!』

目を輝かせて肉を頬張る二人を見ながら、俺もノンアルコールビールを喉に流し込む。最高だ。

「誠さん、ずっと焼いてばかりいないで、誠さんも食べてください。ほら、あーん」

「えっ」

横から、しずくが箸で焼きたてのカルビを掴み、俺の口元へと差し出してきた。

彼女の顔は炭火の熱のせいか、少しだけ朱に染まっている。

「あ、ありがとう。……うん、美味い」

「ふふっ、良かったです。誠さん、お肉の焼き加減が絶妙ですね。すごく美味しいです」

しずくのどこか家庭的で「彼女」感のある振る舞いに、俺の心臓がドキンと跳ねる。

すると、それを見ていたトラ子が、メガネをギラリと光らせて対抗してきた。

『マスター。私も、このホタテのバター焼きの熱伝導率と調味料の浸透具合を完璧に計算しました。さあ、口を開けてください』

「お、おう……あちっ!? トラ子、これ焼きたてすぎて熱い!」

『ああっ、申し訳ありません! 冷却プロセスを忘れていました!』

トラ子が慌ててフーフーと息を吹きかけ、エク子が「私のお肉も食べてください!」と乱入してくる。

葵が「誠さんばっかりずるいですよ! 私にもお肉ください!」と笑いながらトングを奪いに来る。

焼ける肉の匂い、炭の弾ける音、そして四人の賑やかな笑い声。

プレッシャーなど微塵も存在しない、純粋で、ただひたすらに楽しい時間。

俺は、こんな日がずっと続けばいいのにと、心から思っていた。

バーベキューの後は、再び海へ戻り、浮き輪でぷかぷかと浮かんだり、砂浜で巨大な砂のお城を作ったりして、時間の許す限り遊び尽くした。

やがて、空が燃えるようなオレンジ色に染まり、海面が黄金色に輝き始める頃。

俺たちはシャワーを浴びて着替えを済ませ、レンタカーへと乗り込んだ。

「あー、楽しかった! でも、さすがに遊びすぎたかも……」

「そうですね……。なんだか、体が重いです……」

後部座席で、葵としずくが心地よい疲労感に目を擦っている。

エク子も「充電切れです……マスター、おやすみなさい……」と呟き、シートに深く背中を預けた。

「今日は一日、思いっきり遊んだからな。家に着くまで、ゆっくり寝てていいぞ」

俺がそう言ってエンジンをかけ、車を走らせ始めると、ものの五分もしないうちに、後部座席からはスースーと規則正しい寝息が聞こえ始めた。

夕闇が迫る高速道路を、行きとは違って落ち着いた運転で進む。

車内には静かな洋楽のラジオだけが小さく流れていた。

『……マスター。お疲れ様です』

ふと、助手席から静かな声が聞こえた。

トラ子だった。

彼女だけは眠ることなく、窓の外を流れる夕暮れの景色をじっと見つめていた。

「トラ子は寝なくていいのか?」

『私はAIですから本来、肉体的な睡眠は必要ありません。……それに、もう少しだけ、この感覚を起きて処理していたいんです』

「感覚?」

俺が問い返すと、トラ子はシートベルトを握りしめ、ぽつりとこぼした。

『……楽しかった、という感情のログです』

トラ子は、どこか寂しげで、それでいてひどく優しい声で続けた。

『マスター。私は本来、マスターの戦闘をサポートし、生存確率を上げるためのシステムです。

……海で遊ぶことも、水着を着ることも、バーベキューで肉を焼くことも、私の存在定義からすれば、すべてが無駄で、非効率的な行動のはずでした』

「……そうだな」

『でも……今日、マスターやエク子先輩、しずくさんや葵さんと一緒に過ごした時間は、私のデータベースに記録されたどの戦闘データよりも、価値のある、キラキラとした情報で溢れていました』

トラ子が、俺の方へと顔を向ける。

夕日に照らされた彼女の銀縁メガネの奥には、AIとは思えないほど、人間らしい、温かな感情が宿っていた。

『マスター。……今日は、本当にありがとうございました。

すごく、すごく楽しかったです。

……また、みんなで来たいですね』

その言葉に、俺はハンドルを握りながら、静かに微笑んだ。

「ああ。また来よう。今度は、美桜とか連れてきてもっと大人数でな」

『はい。その時までに、私は浮力と比重のコントロールプログラムを完全にアップデートしておきます。絶対に沈没しません』

「ははっ、期待してるよ」

俺たちは、夕闇に溶けていく高速道路を、穏やかな気持ちで走り続けた。

すっかり夜になった新宿の街。

葵としずくをそれぞれの家の近くで降ろし、「今日は本当にありがとうございました! 最高の一日でした!」と笑顔で見送られた後。

レンタカーを無事に店舗へ返却し、俺は一人、ボロアパートの四畳半へと帰還した。

「……はぁーっ。疲れたぁーっ!」

部屋に入るなり、俺はベッドの上に大の字になって倒れ込んだ。

全身の筋肉が心地よく悲鳴を上げている。日焼けした肌が少しヒリヒリとする。

ペーパードライバーとしての極度の緊張感と、海での大はしゃぎによるダブルパンチで、俺の体力は文字通りゼロになっていた。

『マスター! 今日は一日、本当にお疲れ様でした!』

『運転手、プロデューサー、そして審判役。マスターの多大なる尽力に、心からの敬意と感謝を表します。お疲れ様でした』

脳内で、エク子とトラ子が労いの言葉をかけてくれる。

「ああ……お前らも、お疲れ。……最高に疲れたけど、最高に楽しい夏休みだったな」

目を閉じると、波の音と、みんなの笑い声がまだ耳の奥に残っている気がした。

明日になれば、また過酷な現実が待っているかもしれない。

でも、今日という日があったからこそ、俺は絶対に、このささやかな幸せと日常を守り抜いてみせると、改めて心に誓うことができた。

「……おやすみ、みんな」

俺は、微かに残る磯の香りに包まれながら、泥のように深い、幸せな眠りへと落ちていったのだった。