軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

裏社会の流儀、次なる切符

血と泥と魔素の匂いが染み付いたジャージでダンジョンから帰還し、俺たちは再び新宿の地下にある『黒犬』の事務所へと戻ってきた。

剛田たち裏切り者の四人は、地上へ出た直後にまどかが手配していた屈強な「掃除屋」たちによって拘束され、今は別室の地下室で手厚い「尋問」を受けているはずだ。

「……ふぅ」

デスクの向かい側でまどかが深い溜息をつきながら、グラスに琥珀色の洋酒を注いだ。

初対面の時に見せた氷のような威圧感は鳴りを潜め、その横顔には死線を越えた者だけが共有する、わずかな疲労と安堵が浮かんでいた。

「飲むかしら?」

「いや、遠慮しておく。酒を入れると、まだ少し痛む傷口に障りそうだからな」

海堂との死闘で受けた切り傷は【自己再生】のおかげで塞がってはいるものの、失った血や体力が完全に元に戻ったわけではない。

「そう。……改めて礼を言うわ、結城誠。あなたがいてくれなければ、私は今頃、ダンジョンで魔物の餌になっていたでしょうね」

まどかは自分のグラスを少しだけ傾け、口をつけた。

それから、デスクの引き出しを開け、分厚い茶封筒を二つ、俺の前に滑らせた。

「約束の護衛費用、100万円。……そして、もう一つの封筒が追加報酬の『50万円』よ」

「追加報酬?」

「ええ。あなたが彼らを殺さず『生け捕り』にしてくれたおかげよ。今頃、地下の尋問室で海堂たちがペラペラと歌い始めている頃だわ。

私を陥れようとしたのは、やはり本家にいる腹違いの兄だと思う。……この証言という『武器』が手に入った恩恵は計り知れない。その分の色よ」

俺は二つの封筒を手に取り、中身を一瞥してからジャージの懐に押し込んだ。

人を殺したくないという俺の個人的なエゴが、結果的に裏社会の派閥争いにおいて最高の成果をもたらしたらしい。

「マスター、やりましたね! 一気に150万円ゲットです! これなら美桜ちゃんの手術の予約金くらいにはなりますよ!」

「ああ。大きな一歩だ」

俺が小さく呟くと、まどかが訝しげに眉をひそめた。

「誰と話しているの?」

「……いや、独り言だ。気にしないでくれ」

俺は咳払いを一つし、まどかを真っ直ぐに見据えた。

「これで、俺の実績は証明されたはずだ。

約束通り、黒犬のボスに会わせてくれるんだろうな?」

まどかは洋酒のグラスをコトリと置き、真剣な表情で頷いた。

「ええ。今回の納品実績と、兄の裏切りを暴いた功績。これを持って、今週末に開かれる本家の『定例幹部会』に乗り込むつもりよ。そこで父――ボスに直接謁見する」

まどかの瞳に、野心と覚悟の炎が灯る。

「結城誠。あなたには、私の『専属護衛』としてその幹部会に同行してもらうわ。

……そこであなたが提供できる圧倒的な利益を示せれば、父も必ずあなたと直接取引を結ぶはずよ」

「今週末か、分かった。予定は空けておく」

ボスと直接パイプができれば、レアアイテムを法外な手数料なしで安全に、かつ即金で換金できるルートが確立する。一億円への道のりが爆発的に加速するはずだ。

「……それまでの間、俺はダンジョンでさらに稼がせてもらう。

今度はDランクやCランクじゃない。

Bランク以上の未踏の魔物を狩って、ボスへの『手土産』を用意しなきゃならないからな」

「相変わらず無茶を言うおじさんね。

……でも、今のあなたは未登録のモグリ。

中級以上のダンジョンゲートは、協会や軍の警備が厳しくてピッキングでの侵入は不可能に近いわよ。

またポーターとして誰かのパーティーに潜り込むつもり?」

まどかの指摘はもっともだった。ポーターとして潜り込むには雇い主を探す手間がかかるし、何より自由に行動できない。

俺がどうすればいいか考えていると、まどかがデスクの端から黒いカードのようなものを一枚手に取り、こちらへ放り投げてきた。

パシッ、と空中でそれを受け取る。

見れば、それはホログラムの印字が施された、冒険者ギルドの正規ライセンスカードだった。

「これは……?」

「ウチが懇意にしている闇ギルドで偽造させた『企業専属のスカベンジャー(素材回収業者)』のライセンスよ。ランク偽装済みだから、これを見せればBランクまでのダンジョンなら、単独でも堂々と正面ゲートから入れるわ」

「いいのか? こんな高価そうなものを」

「先行投資よ。あなたが私の護衛として立派に働いてくれなきゃ困るもの。

……せいぜい、死なない程度に稼いできなさい」

まどかはふいっと視線を逸らし、書類に目を落とした。冷たい態度の裏にある、彼女なりの気遣いと信頼の証だった。

「……恩に着る」

偽造ライセンスをポケットにしまい、俺は事務所を後にした。

外に出ると、新宿の夜風がひんやりと火照った身体を冷ましてくれた。

時刻は深夜を回っている。

俺は帰路につく前に、深夜でも稼働している銀行のATMへと足を向けた。

懐にある150万円の中から、100万円を美桜のいる病院の指定口座へと振り込む。

これはあくまで「治療を打ち切らないでほしい」という延命のための手付金にすぎない。

だが、口座の残高が確実に積み上がっていくのを見ると、不思議と足取りが軽くなった。

「マスター! いよいよ次はBランク魔物ですね!

これで狩場が一気に広がりますよ!」

「ああ。Bランク以上の魔物から得られる能力がどれほどのものか、そしてどんなレアドロップが手に入るか……今から楽しみになってきた」

俺は、財布に残った現金の厚みを確かめながら、夜の街を歩き出した。

適性なしと蔑まれた底辺の男の反撃は、ここからさらに激しさを増していく。

現在の所持金:580,000円

妹の治療費まで:あと98,420,000円

(※手元現金を含めた総額目標)