軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Bランクモンスター、洗礼

翌日。

俺は関東近郊にある、中層から深層へと繋がる大型の『第5エリア』――通称『 焦熱(しょうねつ) の地下渓谷』のゲート前に立っていた。

ここは推奨ランクB以上の、本格的な熟練冒険者専用のダンジョンだ。入り口には重武装のギルド職員と自衛隊員が厳重な警備を敷いている。

俺は少しばかり緊張しながら、まどかから受け取った偽造ライセンスカードをゲートの電子スキャナーにかざした。

――ピロッ。

『認証完了。所属:民間スカベンジャー組合。安全基準、クリア』

緑色のランプが点灯し、分厚いゲートが重々しい音を立てて開く。

警備の職員が、ジャージ姿の俺を 怪訝(けげん) そうな目で見つめてきた。

「おい、アンタ。スカベンジャーのライセンスとはいえ、そんな軽装で入るのか? ここはBランクだぞ、冗談抜きで骨も残らないぞ」

「ご心配なく。浅い階層で指定された鉱石を拾って帰るだけですから」

俺は愛想笑いを浮かべて誤魔化し、足早にダンジョン内部へと足を踏み入れた。

ゲートを抜け、転移陣を踏んだ瞬間――全身の毛穴がブワッと開くような、異常な熱気と息苦しさが俺を包み込んだ。

「あ、暑っ……!? なんだこの空気は」

「マスター、ここは活火山と繋がっている特殊環境ダンジョンです! 大気中に微量の火山ガスと火属性の魔素が充満していますよ!」

エク子の警告通り、周囲は赤茶けた岩肌がむき出しになり、ところどころからマグマのように赤い熱脈が覗いている。

ただ立っているだけで、サウナの中にいるように汗が吹き出してくる。安いスポーツジャージが肌に張り付き、不快感が半端ではない。

「なるほどな。高ランクの冒険者たちが、魔法耐性のある高価な防具を着込んでいる理由がよくわかる。……丸腰縛りの俺には、環境そのものがデバフ(弱体化)みたいなもんだ」

汗を拭いながら奥へと進む。

オークや海堂を倒した自信から少しばかり気が大きくなっていたが、環境の過酷さに早くも冷や水を浴びせられた気分だった。

『ギュルルルルルルルッ!!』

ふいに、岩陰から赤黒い巨体が飛び出してきた。

全長四メートルはある巨大なトカゲ。その背中には、メラメラと燃え盛る本物の炎のたてがみが揺れている。

「マスター! Bランク魔物『クリムゾン・サラマンダー』です! 火属性の塊みたいな奴ですよ!」

「Bランク……! やってやる!」

俺は地面を蹴り、一気に距離を詰めた。

オークの【筋力】とコボルトの【敏捷】が合わさった踏み込み。スピードなら俺の方が勝っている。

俺はトカゲの横腹に回り込み、全力の右フックをその硬そうな赤い鱗へと叩き込んだ。

ゴガンッ!!

「ぐっ……!?」

殴った瞬間、俺は思わず顔をしかめて後方に飛び退いた。

鱗を数枚叩き割ることには成功した。

だが――。

「熱い……! なんだこいつの皮膚は、焼けた鉄板か!?」

殴った右手の拳が、ジュウッと音を立てて火傷を負っていた。

物理的な硬さだけではない。

こいつは自身の身体を包む高熱そのものを防御力にしているのだ。

防具(グローブ) があれば防げる熱でも、素手縛りの俺にとっては攻撃するたびに自分もダメージを負う最悪の相性。

『ギャァァァァッ!!』

俺の打撃に怒ったサラマンダーが、大きく口を開けた。

その喉の奥で、膨大な熱量が凝縮していくのが見える。

「マスター、来ます! 高圧縮の 火炎球(ファイアブレス) です!」

「は?冗談じゃない!」

俺は咄嗟に横の岩陰へとダイブした。

直後、俺のいた場所をドス黒い炎の塊が通り過ぎ、背後の岩壁を爆発音と共にドロドロのマグマに変えた。

「っ……!!」

直撃は避けたが、余波の熱風だけでジャージの袖が焦げ、前髪がチリチリと焼ける。

【物理耐性】や【自己再生】があっても、燃やし尽くされれば灰になるだけだ。

サラマンダーがこちらを睨み、二発目のブレスの準備に入る。

(……ダメだ。勝てないわけじゃない。死に物狂いで突っ込んで、火傷覚悟で首の骨をへし折れば倒せる。だが……)

ここにはこいつと同等、あるいはそれ以上の魔物がウヨウヨいるのだ。

たった一匹倒すのに瀕死になっていては、ダンジョン探索など成立しない。

「エク子、撤退する! 煙幕代わりだ!」

俺は足元の砂利をありったけの力でサラマンダーの顔面に向かって蹴り飛ばした。

散弾銃のように飛んだ 石礫(いしつぶて) がトカゲの目を潰し、奴が怯んで身悶えしている隙に、俺は来た道を全速力で駆け戻った。

「はぁ……はぁ……はぁ……っ!」

ダンジョンを脱出し、外の空気を肺いっぱいに吸い込む。

冷たい夜風が、火照り切った身体を冷ましていくのが心地よかった。

「マスター、お怪我は!? 火傷、少し酷いですよ!」

「ああ……でも【自己再生】が効いてる。放っておけば明日には治るだろう」

俺は自販機で買った冷たいスポーツドリンクを喉に流し込みながら、深く溜息をついた。

「俺の驕り(おごり)だったな。海堂のようなBランク相当の冒険者に勝てたから、Bランクの魔物も同じように殴り倒せると思っていた」

「冒険者と違って、Bランク以上の魔物は強烈な属性攻撃や理不尽な特殊能力を持ってますからね……。おまけに、マスターはあの劣悪な環境を丸腰で耐えなきゃいけないんです」

いくらステータスの【耐久】が高くても、高熱や猛毒、酸の雨といったダンジョンの環境ダメージは、素肌とジャージには厳しすぎる。

「丸腰縛りのデメリットが、ここに来て重くのしかかってきたな……」

俺は焦げたジャージの裾を握りしめた。

今週末の『黒犬』の幹部会までに、なんとしてもBランク以上の大物レア素材を手土産にしたい。だが、いまのまま無策で挑めば、確実に死ぬ。

「……エク子。俺に今足りないのは何だ?」

「うーん……圧倒的な『 手数(レベル) 』と、環境に適応するための『耐性スキル』ですね! 火属性の攻撃を素手で殴っても平気なくらいの【熱耐性】や、そもそも攻撃を喰らわないための【危険察知】なんかがあれば、Bランクでも渡り合えるはずです!」

「耐性スキルか。なら、答えは一つだ」

俺は立ち上がり、空のペットボトルをゴミ箱に投げ入れた。

「Bランクへの挑戦は一時保留だ。まずは足元を固める」

「足元を固める?」

「ああ。俺の【存在強奪】は、初回の種族からは莫大なステータスとスキル、そして確定アイテムを奪える。なら……近隣のダンジョンにいる『Cランク以下の魔物』を、端から端まで全種類、片っ端から一匹ずつ狩り尽くす」

エク子の目がキラキラと輝いた。

「なるほど! ありとあらゆる種族のCランク魔物の初回ボーナスをかき集めて、ステータスをBランクでも圧倒できるレベルまで暴力的に底上げするんですね!」

「それに、種族ごとに固有のスキルを持っているなら、狩り続ければそのうち【熱耐性】などの必要な耐性スキルも手に入るはずだ。……それに、一時間待てば湧くのを利用して、存在を消さずに能力の『チリツモ』を吸い続けることもできる」

急がば回れ、だ。

強敵に勝てないなら、勝てるようになるまで徹底的にレベルを上げる。RPGの基本にして真理である。

「よしっ、決まりですね! Cランク魔物の 大虐殺(レベリング) ツアー、開幕です!」

「言うな。あくまで目的は、Bランクを踏み潰すための地盤固めだ」

俺は焦げたジャージのまま、次なるCランクダンジョンへ向けて歩き出した。

丸腰のまま這い上がるためには、泥臭い努力を積み重ねるしかない。週末の幹部会までに、俺は最強の『器』を完成させてみせる。

現在の所持金:579,850円(※自販機利用)

妹の治療費まで:あと98,420,150円