作品タイトル不明
閑話 IF 夏の思い出5
それから2時間後。
何度かの休憩を挟みながら、俺たちはようやく目的の海浜リゾート施設へと到着した。
車を降りた瞬間、磯の香りをはらんだ潮風が、夏の熱気と共に全身を包み込む。
「うわあああっ! 海だーっ!!」
「誠さん、見てください! すっごく綺麗です!」
目の前に広がるのは、太陽の光を反射してキラキラと輝く、見渡す限りの青い海と白い砂浜。
葵としずくが、子供のようにはしゃいで砂浜の方へと駆け出していく。
『マスター! 視界の90%以上が水です! これが海ですか!』
『塩分濃度の高い風を検知。精密機器には優しくない環境ですが……悪くないですね』
エク子とトラ子も、初めて見る本物の海に目を輝かせていた。
「よし、とりあえずあの辺に拠点を作ろう。パラソルとテントのレンタル、それからバーベキューの予約もしてくるから、みんなは水着に着替えておいてくれ」
俺が指示を出すと、女性陣は「はーい!」と元気よく更衣室へと向かっていった。
レンタルショップで大きめのパラソルとレジャーシートを借り、砂浜の比較的空いている場所に拠点を設営する。
荷物を降ろし、俺もTシャツを脱いで黒の海パン一丁になった頃、更衣室から着替えを終えた四人が戻ってきた。
「お待たせしました、誠さん!」
振り返った俺は、思わず息を呑んだ。
先日デパートで選んだ水着姿。
試着室で見た時も破壊力があったが、太陽の下、海をバックにした彼女たちの水着姿は、眩しすぎて直視できないほどだった。
清楚な白のオフショルダービキニのしずく。健康的なオレンジのバンドゥビキニの葵。
キュートなイエローフリルのエク子。
そして、漆黒のビキニとパレオで大人の色気を放つトラ子。
「……お、おう。みんな、すごく似合ってるぞ」
「えへへ、ありがとうございます! 誠さんの海パン姿も、鍛えてるのが分かってかっこいいですよ!」
「ま、誠さん……あまり、ジロジロ見ないでくださいね……っ」
屈託なく笑う葵と、恥ずかしそうに身をよじるしずく。
俺は咳払いを一つして、無理やり意識を切り替えた。
「よし、海に入る前に、まずは準備運動だ!
怪我や足がつったら大変だからな。ほら、輪になって!」
『えーっ! 準備運動なんて面倒です! 早く海にダイブしたいですよー!』
「ダメだ。俺たちの身体能力が高いからって油断してると、自然の力に足元をすくわれるぞ。
ほら、イチ、ニ、サン、シッ!」
ブーブー文句を言うエク子を並ばせ、俺の号令で全員でラジオ体操のようなストレッチを始めた。
葵はさすが冒険者として前衛で動いているだけあって、関節が柔らかく、屈伸も綺麗だ。
しずくは少し体が硬いのか、前屈で「い、痛たたっ……」と苦戦している。
トラ子に至っては、「筋肉の伸張率と収縮のメカニズムを再確認しています……」とブツブツ言いながら、無表情でロボットのように正確な動きを繰り返していた。
「よし、準備運動終わり! それじゃあ……遊んでこい!」
俺の合図と共に、四人は歓声を上げて波打ち際へと駆け出していった。
◆
バシャアアッ!
冷たい海水が足首を濡らす。夏の火照った身体に、海の冷たさが心地いい。
「誠さーん! 早く早く!」
「冷たくて気持ちいいですよー!」
腰のあたりまで海に入った葵としずくが、俺を呼んで手を振っている。
俺もゆっくりと海に入り、彼女たちの元へと歩み寄った。
『マスター! 行きますよ、必殺・ウォーター・スプラッシュ!』
「うおっ!?」
突然、横からものすごい勢いで水しぶきが飛んできた。
見れば、エク子がイルカのような滑らかな動きで海中を泳ぎ回り、両手で豪快に水を跳ね上げている。
「お前、泳げるのか!?」
『もちろんです! 物理演算と流体力学のデータは完璧にインストール済みですからね!
水の抵抗を最小限に抑えたパーフェクト・スイミングです! そーれっ!』
バシャバシャと水をかけられ、俺も負けじと水を掛け返す。
ステータスの高い俺とエク子による本気の水掛け合いは、まるで小さな台風が起きたかのように周囲の波を荒立てた。
「ちょっ、二人とも激しすぎます! 私にも水が……きゃあっ!」
「あはは! しずく、油断大敵だよ! えいっ!」
葵もしずくに水をかけ始め、四人でドタバタと波打ち際でじゃれ合う。
――ふと、俺は一人足りないことに気がついた。
「あれ? トラ子は?」
周囲を見渡すと、俺たちの少し離れた浅瀬で、トラ子が一人、首まで水に浸かったまま、ピクリとも動かずに固まっていた。
「トラ子? どうした、そんなところで」
俺が近づいていくと、トラ子は銀縁メガネを波の飛沫で濡らしながら、ひどく切羽詰まった表情で俺を見上げた。
『……マスター。緊急事態です。
私の身体の【比重】が、海水の浮力を上回っているようです』
「……はい?」
『つまり……足が底から離れた瞬間、沈みます。沈没します、私は泳げません』
俺は絶句した。
あんなに「流体抵抗を最小限に抑える水着」とか言っていたのに、まさかのカナヅチだった。
「お前、データインストールしてないのかよ!」
『情報の処理と物理法則の適応は別問題です!
ああっ、波が……っ、マスター、助け……ゴボボボッ!』
少し高めの波が来た瞬間、トラ子の足が海底から浮き、彼女の姿がスッと海面下へと消えた。