作品タイトル不明
閑話 IF夏の思い出2
「……やばい。誰も水着持ってないぞ」
『えっ!? 私たち、スクール水着の初期装備とかないんですか!?』
『それは盲点でした。ホログラムで水着のテクスチャを貼ることは可能ですが、物理的な海水に触れた際の浸水と透過を考慮すると、実物の布地を装備する必要があります』
俺が慌ててしずくに『実は誰も水着を持ってない』と返信すると、すぐに『それなら、今からみんなで買いに行きましょう! 新宿のデパートに集合で!』という元気な返信が返ってきた。
かくして、俺たちの平和な夏休み計画は、まず「水着調達」というミッションからスタートすることになったのだ。
◆
一時間後、新宿駅前の大型デパート。
夏休みということもあり、店内は涼しい冷房と、行き交う大勢の買い物客の熱気で溢れていた。
「誠さーん! こっちこっち!」
待ち合わせ場所の入り口で、手を振る葵と、その隣で少し緊張した面持ちのしずくが待っていた。
「待たせてごめんな。急に呼び出しちゃって」
「ううん、全然! むしろ誠さんから誘ってくれるなんて珍しいから、すっごく嬉しいです!」
「海、楽しみですね。誠さんたちと遠出するのは初めてなので」
しずくがはにかむように笑う。
合流した俺たちは、そのままエスカレーターに乗り、目的のフロアへと向かった。
――【5階:レディース水着・リゾートウェア特設会場】
エレベーターの扉が開いた瞬間、俺の視界には、色とりどりのビキニ、フリル、パレオ、そしてそれらを見定める無数の女性客たちの姿が飛び込んできた。
フローラルな香水と、華やかな布地が乱舞する、男にとってはあまりにも居心地の悪い空間。
「お、おう……。すごい数だな」
「わぁっ! 可愛い水着がいっぱいありますよマスター!」
『知識としてはありましたが、形状、色彩、露出度……多種多様ですね。
防御力は皆無に等しいですが、これが現代のサマー・アーマーですか』
目を輝かせるエク子と、冷静に水着の布面積を計算し始めるトラ子。
「じゃあ、俺はそこのベンチで待ってるから。みんなでゆっくり選んでおいで」
俺はそそくさと踵を返し、フロアの隅にある休憩用のベンチへと避難しようとした。
女性の水着選びに男が同行するなんて、ハードルが高すぎる。
前に 凛(りん) の下着を買いに行った時も死ぬほど気恥ずかしい思いをしたが、今回は相手が年頃の女性陣(とAI娘)で、しかも『水着』だ。
俺のようなおじさんには、刺激が強すぎる。
しかし。
ガシッ! と、俺のジャージの裾を両側から掴む手があった。
「えっ? どこ行くんですか誠さん」
「マスター! スポンサー兼、専属プロデューサーが逃げちゃダメですよ!」
葵とエク子が、満面の笑みで俺の退路を塞いでいた。
「いや、プロデューサーってなんだよ。俺はいいから、女の子同士で楽しく……」
「せっかくなんだから、誠さんも一緒に選んでくださいよー! ほら、しずくも誠さんに見てほしいよね?」
「えっ!? ぁ、わ、私はその……誠さんが、良いと思うものが、着たいな、なんて……っ」
しずくが顔を真っ赤にしてモジモジと俯く。
そんな顔をされてしまっては、無下にして逃げるわけにもいかない。
「……分かった、分かったよ。行くから、引っ張るな」
俺は観念して、華やかな水着売り場という名のダンジョンへと、四人の女性陣に引きずり込まれていったのだった。
◆
「マスター! これどうですか!? この黄色いやつ!」
「誠さん! 私はこっちの水色のセパレートがいいと思うんですけど、どうですか!?」
売り場に入るなり、葵とエク子がキャッキャと騒ぎながら、色々な水着を俺の顔の前に突きつけてくる。
「お、おう。い、良いんじゃないかな。似合ってると思うぞ」
俺はどこを向いていいか分からず、とりあえず視線を泳がせながら、無難極まりない、しどろもどろな返事をした。
「……マスター。適当に答えてますよね?」
「誠さん、目が泳いでますよ。
もっとちゃんと考えてくださいよー! 私たちの勝負服なんですよ!?」
エク子と葵から鋭いツッコミとジト目が飛んでくる。
「いや、勝負服って誰と勝負するんだよ……。分かった、ちゃんと見るから」
俺がため息をついていると、やがて彼女たちは各自気になった水着を数着ずつ手に取り、「試着してきます!」と試着室へと消えていった。
俺は試着室の前の小さな丸椅子に座り、荷物持ちとしてポツンと待機することになった。
周囲の女性客からの『あ、待たされてるのね』という生温かい視線が、針の 筵(むしろ) のように突き刺さる。
(早く終わってくれ……。ダンジョンのモンスターハウスより精神が削られるぞ、これ……)
そんな俺の祈りも虚しく、試着室のカーテンが「シャッ」と勢いよく開いた。