軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 怠惰なる支配2

――ドクンッ!!

その瞬間。

玄弥の全身の血管が爆発したかのような、凄まじい衝撃が駆け抜けた。

「ガ、アアアアッ!? な、なんだこれは……ッ!?」

痛覚ではない。圧倒的な魔力と、爆発的な生命力、筋力が、細胞の一つ一つに無理やりねじ込まれ、限界を突破して膨張していく感覚。

玄弥はたまらず膝をつき、激しい荒い息を吐きながら、自身のステータスボードを展開した。

「ば、馬鹿な……ッ!」

そこに表示されていた数値は、これまでの自分のステータスの数倍――いや、数十倍にも跳ね上がっていた。

Sランク冒険者すら凌駕するかもしれない、そんな異常値。

今までどれほど血反吐を吐いて鍛え上げても超えられなかった壁を、この男はただ『肩に触れただけ』で軽々と飛び越えさせてしまったのだ。

「す、すごい……これが、力……。俺の、力……ッ!」

己の両手を見つめる玄弥の心は、驚愕を通り越し、得体の知れない『恍惚感』に支配されていた。

万能感。自分が世界の王にでもなったかのような、圧倒的な全能感。

だが、それと同時に、玄弥の脳の奥底に、一つの強烈な『思考』が芽生え始めていた。

(これほどの力を与えてくれたこの方に……報いなければ。

この偉大なる男の言葉には、絶対に服従しなければならない。いや、俺が、俺自身の意志で、この方に付き従うと決めたのだ――)

ドロドロとした黒い感情が、玄弥の元々の理性や自我を、ゆっくりと、しかし確実に塗り潰していく。

彼は自分が『洗脳』されていることに、微塵も気づいていなかった。その絶対的な服従心すらも、己の野心が生み出した自発的な意志であると、完全に錯覚させられていたのだ。

「……ははっ、素晴らしい。スロース様。

あなた様のご提案、この左京玄弥、謹んでお受けいたします」

先ほどまで銃を向けていた男に対し、玄弥はまるで狂信者のように、床に額を擦り付けて平伏した。

その滑稽な姿を見下ろしながら、スロースはフウッと深い溜め息を吐いた。

先ほどまでの胡散臭い笑みは消え失せ、そこにはただ、底なしの『怠惰』だけが張り付いている。

『あーあ……疲れた。なんで僕が、わざわざこんな末端の組織に出向いて、営業活動みたいなことしなきゃいけないんだよ。

本当に、ボスは人使いが荒いなぁ……』

スロース――大罪スキル【怠惰】を擁する男は、面倒くさそうに首をポキポキと鳴らした。

大罪スキル【怠惰】。

それは、己自身では何一つとして行動せず、戦いすらしない代わりに、他者に莫大な『力』を分け与える能力。

力を与えられた者は、圧倒的なステータス上昇の代償として、自覚のないままスロースの『手足』となり、彼の意のままに操られる人と化す。

必要なこととはいえ、わざわざ自分の足で赴き、言葉を交わして力を与えなければならないこのプロセスそのものが、スロースにとっては死ぬほど面倒で、ひたすらに『 怠惰(だる) 』かった。

『まあいいや。とりあえずこれで、黒犬の販売ルートと、働き蟻のリーダーは手に入れた。

……ねえ、左京くん。君の派閥をさっさと拡大して、この組織を全部君のものにしちゃいなよ。

そうすれば、もっと効率よく僕らの『素材』が流通できるからさ』

「ハッ! 御意のままに……! この力があれば、親父……宗一郎を玉座から引きずり下ろすことも容易い!

すべては、スロース様と、あなた方の組織【NULL】のために!」

濁りきった目で、恍惚とした笑みを浮かべる玄弥。

かつて彼が抱いていた「親父に認められたい」という人間らしい野心は、すでに怠惰のスキルによって歪められ、彼自身の記憶の中で都合よく書き換えられてしまっていた。

『うんうん、頼んだよ。僕はもう帰って寝るから、あとは適当に上手くやっといて。

あー、怠惰、怠惰……』

スロースはそう言い残すと、陽炎のようにゆらりと輪郭をぼやけさせ、執務室から跡形もなく姿を消した。

その日を境に、左京玄弥は、そして彼が率いる派閥は、急速にその性質を変えていった。

玄弥は、スロースから与えられた圧倒的な暴力と、同じように部下たちにも力を分け与えることで、黒犬の内部で凄まじい勢力拡大を始めた。

反対する者達は次々と『失踪』し、組織の重要なインフラや裏ルートは、瞬く間に玄弥の派閥によって掌握されていった。

「もっとだ……もっと。スロース様のために。俺の野望のために……!」

かつては冷静で計算高かった男の面影は、そこにはもう無い。

今の彼にあるのは、強大な力への陶酔と、見えない主人への狂気的な忠誠心だけだ。

やがて彼の魔の手は、正妻の子である龍牙や、目障りな妾の子であるまどかにも向けられることになる。

組織のボスである宗一郎でさえも手を出せないほどに膨れ上がった、内なるガン細胞。

【NULL】という深淵の組織は、こうして『怠惰』の力によって、自らは一切の手を汚すことなく、組織を裏から完全に蝕んでいったのだった。