作品タイトル不明
異常性の露呈その1
昨日の帰り際、俺はふと足を止め、宗一郎へと振り返った。
「宗一郎さん。……最後に一つだけ、教えてください。
左京玄弥は、今どこにいますか?」
左京は裏で【NULL】と繋がり、黒犬の組織内で暗躍している。
これから俺が真っ先に狙うべき標的だ。
その居場所を問うと、宗一郎は少しだけ顔をしかめた。
「玄弥の奴なら、最近は俺の前にも全く姿を見せない。
奴の派閥が管理しているアジトをいくつか洗わせているが、巧妙に立ち回っているようだ」
「……そうですか」
「だが、焦る必要はない」
宗一郎は冷たい笑みを浮かべた。
「三日後の夜、黒犬の幹部連中を集めた定例の『会合』がある。
どれだけ派閥を拡大しようと奴はまだ名目上、俺の部下だ。
組織の体裁を保つためにも、その会合には必ず顔を出すはずだ」
「分かりました、三日後の夜ですね」
「ああ、場所と時間は後で豪を通じて送ってやる」
俺は黙って頷いた。
決戦は、三日後。
それまでに、俺は万全の準備を整えなければならない。
◆
翌朝。
実家のアパートの自室で目を覚ました俺の脳内に、心地よい電子音が鳴り響いた。
『――マスター、おはようございます。規定の時間を経過したため、【強欲】の暴走によるペナルティが完全に解除されました』
『やりましたねマスター!
デバフ解除ですよ、全ステータスの回復を確認しましたもちろん、知力も20に戻ってます!』
トラ子とエク子の報告を聞きながら、俺はベッドから起き上がった。
軽く拳を握り込んでみる。
もしかしてと思って確認したが、【超速再生】や【竜鱗装甲】など、今まで魔物から奪ってきた後天的なスキルは綺麗さっぱり無くなっていた。
「……よし。奪ったスキルが無くても、このステータスがあればいつでも戦える」
俺は軽く準備運動をしてから部屋を出た。
左京玄弥との接触まで、まだ三日間の猶予がある。
ただ部屋でじっと待っているだけでは身体が鈍るし、何より気が滅入ってしまう。
俺は気晴らしと勘を取り戻すためのリハビリを兼ねて、冒険者ギルドへと足を運んだ。
◆
「あっ、誠さん! おはようございます!」
「おはようございます、誠さん。今日はギルドの事後処理はお休みですか?」
ギルドのロビーに顔を出すと、見知った顔が声をかけてきた。
駆け出し冒険者のしずくと、葵の二人組だ。
「ああ、おはよう二人とも。ちょっと時間が空いたから、軽くダンジョンにでも潜ろうかと思ってさ」
「本当ですか!? じゃあ、私たちとパーティー組みませんか? ちょうど今から依頼を受けようとしてたところなんです!」
葵が目を輝かせて提案してくる。
しずくも「誠さんとご一緒できるなら心強いです」と深く頷いた。
俺の現在のギルドのランクは『Cランク』対して、しずくと葵は『Dランク』だ。
上級者が下位のダンジョンに同行する分には何の問題もないため、俺たちは安全を考慮して、新宿郊外にあるDランクのダンジョン――『水緑の洞窟』へと向かうことになった。
ダンジョン内は薄暗く、湿った空気が漂っていた。
出現するのは、ポイズンウルフ、キラーマンティスといった、駆け出しには荷が重い、一筋縄ではいかない魔物たちだ。
「せいっ!」
「ファイア・アロー!」
前衛でしずくが鋭い剣さばきでオークの群れを牽制し、後方から葵が的確な炎の魔法でトドメを刺していく。
二人の連携は以前よりもずっと洗練されており、Dランクダンジョンの浅層であれば危なげなく進むことができた。
俺はといえば、彼女たちの成長を阻害しないよう、完全に『サポート役』に徹していた。
ただのCランクとして、適度に敵の攻撃を弾き、時折フォローする程度に留めている。
それでも、久しぶりのダンジョンの空気は心地よく、良い気分転換になっていた。
「順調ですね! このままのペースなら、夕方前にはノルマ達成できそうです!」
「油断は禁物ですよ、葵。誠さんが後ろでカバーしてくれているからこそのペースなんですから」
二人が笑顔で言葉を交わした、その時だった。
――カチッ。
ダンジョンの最深部へと続く通路の途中で、葵の足元から小さな、しかし嫌な音が響いた。
罠(トラップ) の起動音だ。
「えっ……?」
「葵、下がって!」
直後、ゴゴゴゴゴ……! という重低音と共に、俺たちの背後の通路が巨大な石の壁によって完全に封鎖された。
同時に、前方の大広間の空間がグニャリと歪み、黒い靄が次々と湧き出してくる。
「嘘……これって、まさか……!」
「『モンスターハウス』……最悪のトラップですね……ッ」
しずくが顔面を蒼白にして剣を構えた。
そして靄の中から姿を現したのは、軽く五十体を超える魔物の大群。
ポイズンウルフ、キラーマンティスに混じって、鋼鉄のように硬い鱗を持つアーマーリザード、さらには巨躯を誇るオーガまでがひしめき合っている。
ここはDランクダンジョンだが、これだけの数が一度に、しかも閉鎖空間で襲い掛かってくれば、Bランクのベテランパーティーでも全滅の危険がある。
「ギァアアアアアッ!」
魔物たちが一斉に咆哮を上げ、波のように俺たちへと殺到してきた。
「や、やぁっ! 風よ、切り裂け!」
「くっ……数が、多すぎます……!」
葵が必死に魔法を放ち、しずくが剣を振るうが、圧倒的な物量の前に一瞬で押し込まれる。
しずくの息が上がり、防御の隙を突かれてオーガの丸太のような棍棒が彼女の頭上へと振り下ろされた。
「しずくっ!」
「あ……っ!」
葵の悲鳴が響き、しずくが絶望に目を閉じた、次の瞬間。
――ズパンッ!!!!
空気を裂くような破裂音と共に、しずくに迫っていたオーガの上半身が、文字通り『消失』した。
「……え?」
しずくが目を開けると、そこには、いつの間にか彼女の前に立ち塞がっている俺の背中があった。
俺は、小さくため息をついた。
「……ごめん。リハビリのつもりだったけど、少しだけ手荒くいくぞ」
俺は、リミッターを解除した。
俺には、広範囲を焼き払うような便利な魔法スキルは残っていない。
あるのはただ、異常に跳ね上がったステータスとこの拳だけだ。
踏み込みと同時に、床の石畳が爆発するように粉砕される。
俺は魔物の群れの中心へと一瞬で飛び込み、ただ力任せに拳を振るった。