作品タイトル不明
転生教育係の告白7
体をすっぽりと包まれ、頭が真っ白になる。
一体これは、どういう状況?
『捕まえた』って、どういうこと?
呆然と殿下の腕の中に収まりながら、頭の中を駆け巡るのはそんな言葉だけ。
「抵抗、しないのか?」
「はっ!ちょ、ちょっと止めて下さい殿下!こんなところ誰かに見られたら――――」
「誰も見ていない。隠蔽の魔法を使ったからな」
隠蔽!?
抱き締められて驚きのあまり涙の引っ込んだ私は、そろりと殿下の肩越しに周りを確認する。
別に変わったところは……いや、薄っすらと私達の周りに魔力の気配がする。
「いやいやいや!見られていないから良いという問題ではないですから!」
「ちっ」
え、今この人舌打ちした?
そう思いながら呆然としていると、それならばと殿下は条件を出してきた。
「洗いざらい全部話せ。そうしたら解放してやる」
「ええっ!?いや、でも……」
「ならばこのままだな」
「話します」
「ちっ」
私が即答すると、殿下は再び舌打ちをした。
この人、本当に王子様なのだろうか……?
なんだか段々メッキが剝がれてきた感が。
ひょっとしてこれが素?
胡乱な目をしていると、腕を解いてくれた殿下と目が合った。
「どうした、話してくれるのだろう?それともやはり私の腕の中で」
「いえ、結構です」
みなまで言われる前にきっぱりと拒否する。
びっくりするわ……殿下でも冗談を言うのね。
先程までのシリアスな空気が霧散し、ふーっと息を吐く。
「殿下、そろそろ」
「ああ、分かっている」
そこへ突然ルッツ様の声が響いた。
かと思うと、パチンと殿下が再び指を鳴らし、私達ふたりを覆っていた魔力の膜が膨れていく。
そしてもうひとつ、違う種類の魔法がかけられた。
「防音の魔法もかけておいた。ルッツとそこの侍女になら聞かれても良いかと思ったのだが、良いか?」
殿下にそう聞かれ、ふたりの方を見る。
たしかに二種類の魔力は、ルッツ様とミラを含めた私達四人を覆っている。
「すみませんねディアナ嬢。一応未婚の男女ですから、魔法領域内とはいえ長時間ふたりきりにするのはね。もしも俺達に聞かれるのが嫌でしたら、防音の魔法だけでも範囲をふたりの中だけにしますか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
気遣ってくれるルッツ様に、ふるふると首を振る。
隠しておくのも、そろそろ限界だろう。
そもそも別に絶対話せない事情があるわけでもないし。
頭のおかしい女だって一蹴されないかなって、ただそれだけ。
だけど、馬鹿にされたりはしないんじゃないかなって思う。
この三人になら。
「……嘘みたいな話なんですけど、聞いて頂けますか?少し、長くなるかもしれませんが」
思っていたよりも落ち着いた私の声に、三人は静かに頷いてくれた。
「信じがたい話ではあったけれど……。今の話を聞いて、これまで不思議だったことや違和感に、全て納得がいったよ」
前世のことをあらかた話し終えた私に、殿下がそう応えてくれた。
「あはは……。信じられないと思われるのも仕方のないことだと思いますけど、私にとっては事実なんです」
さすがに女神様のことは伏せたが、そうでなくてもかなり無茶苦茶な話だものね。
しかし、そんな苦笑いをする私に、三人は馬鹿にするでもなく、真剣な目を向けてくれた。
「私は、信じますよ。お嬢様が様変わりした姿を目の当たりにしておりますから。子育てなどしたことのないはずのお嬢様が、なぜそんなに幼い子どものことに詳しいのだろうかと、ずっと疑問に思っておりましたし」
ミラはそう言って私の話を信じると示してくれた。
「にわかには信じられませんが、とても興味深い話でしたね。それに、ディアナ嬢がなぜそんな未知の知識を持つのかについて、ここではない世界を生きてきたからだと言われると、ストンと腑に落ちた気がします」
つまりはルッツ様もほぼ信じてくれたということだろうか。
正直、信じてくれるかどうかは半々だと思っていたので、こうして三人ともに受け入れてもらえて嬉しい。
「まあそんなわけで、私としては心残りの多いまま前世で命を落としてしまったんです。自業自得の事故とはいえ、やはり家族や友人、同僚、それにかわいがってきた子ども達との突然の別れは、とても辛いものでしたから」
その成長を見守って、次へと送り出す。
それができず、中途半端なままであの子達と別れることになってしまった。
後悔なんて、していないわけがない。
「ですから、アイリス様のことは、ちゃんと責任を持って教育係を務めたいと思っています。最初は、あんな状態のアイリス様を放っておけないという気持ちだけだったと思います。でも今は、それ以上にアイリス様のことがかわいくて、一緒にいたいと私が思うようになりました」
きっと、アイリス様と過ごす時間で私が救われたことも多かった。
余計なことをしないでと突き放された前世の私。
その傷を、いつも驚いた顔で、恥ずかしそうな表情で、嬉しそうな笑顔で、癒やしてくれた。
アイリス様からもらった手紙の言葉を思い出す。
『ディアナへ
いつもわたしをえがおにしてくれて、ありがとう
いろんなことをたくさんおしえてくれて、まいにちとってもたのしいわ
それと、おにいさまとなかなおりできて、うれしかった
それもぜんぶ、ディアナのおかげ
これからもずっと、わたしのそばにいてね
アイリスより』
私に教わることが楽しいって。
毎日が楽しいって。
そう言ってくれた。
ありがとうって、言ってくれた。
感謝されたいからアイリス様と一緒にいるわけじゃない。
感謝されたいから園の子達に色んなことを教えてきたわけじゃない。
ただ、笑顔が見たかったから。
できた!って自信をつけて、面白い!って楽しんでほしくて。
「前世とか今世とか関係なく、私は子ども達のためになにができるのかを考えたいんです」
グエンも、アイリス様も、ブルーム侯爵家や幼等部のみんなのことも、大切で。
「この世界での子ども達との出会いを、大切にしたいんです」
あんなことがあっても、子ども達と関わることを避けようとは思わなかった。
女神様の提案も、咄嗟に断ったくらいだ。
だけど人にはそれぞれの考えがある。
だから、私はずっとそんな葛藤と戦うのだろう。
でも、きっとそれで良い。
「ですから、殿下には感謝しているんです。私とアイリス様を引き合わせてくれたことを」
ディアナ(私) に似た境遇のアイリス様が、笑顔を見せてくれるようになった。
それが、ディアナの哀しみも救ってくれたような気がするから。
「長々とお話してしまって、すみません」
「いや、話してくれてありがとう。アイリスとの約束の時間だからな、行ってやってくれ」
この後はアイリス様と一緒に過ごすことになっているため、殿下とルッツ様とはここで別れる。
ちょっと緊張したけど、前世のことを話せて良かった、のかな?
私自身もずっと隠して生きていくわけにはいかなかっただろうし。
いつかのタイミングで、家族にも打ち明けても良いかもしれないわね。
「はい。それでは失礼します」
殿下に挨拶をしてルッツ様にも会釈をする。
そうして私は、ミラと共に東屋を後にした。
「それにしても驚きましたねぇ。前世、なんて。色々と納得がいきましたけど」
「……だが、私にはまだ彼女がなにか思い悩んでいる気がしてならない。全て話してスッキリ、という表情ではなかった。まだ、憂いを帯びている」
「そうでしたか?さすがですね殿下。俺にはよく分からなかったですけど」
私達を見送りながらふたりがそんな会話をしているなどとはつゆ知らず。
ヨシ君とお母様のことはさすがに話せなかったな……まあ関係のないことをベラベラ話されても、迷惑だろうしね。
こんな経験があって傷ついたんです〜と不幸ぶるのもうざったいよね。
そんなことを考えながら、私はアイリス様の私室へと向かうべく、廊下を歩いて行くのだった。