軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第82話 協会にて

井筒さんの背中を追って、訓練場の外へ出る。

協会の建物の裏口から中へ通された。事務スペースを抜け、廊下を進み、ロビーから一段奥に入った階の応接室へ案内される。

「入ってくれたまえ。」

井筒さんがドアを押さえてくれる。革張りのソファが向かい合わせに置かれていて、低いテーブルには磨かれた銀のトレイ。すぐに別の事務員が入ってきて、湯気の立つ茶を二つ置いて、軽く会釈して退室した。

俺は手前のソファに腰を下ろす。井筒さんは向かいに座って、眼鏡の位置を直した。

「時間を取らせて悪いな。それから、配信、見たぞ。」

「あ、すみません、お騒がせして。」

「いや、いいんだ。あんなに肝を冷やしたのは久しぶりだったがな。」

井筒さんが、口元を緩めた。

「鷹峰君。ちょっと改まった話を、いくつかさせてもらう。長くならんようにする。」

「はい、お願いします。」

俺は背筋を伸ばし直した。わざわざ支部長自ら出張ってきたのだ。世間話をしに呼んだわけがない。

「まずは、立場の整理だ。」

井筒さんはテーブルの茶には手をつけず、両手を膝の上で軽く組んだ。

「攻略者ランク保持者が、ダンジョンマスターだったという事例。協会の歴史を遡っても、前例が無い。本部から照会が来ている。今後どう扱うか、落としどころを整理せにゃならん。」

「理解できます。前例が無いと、面倒な話ですね。」

「協会としては、お前さんを排除したいわけじゃない。むしろ逆だ。」

「逆、というのは?」

「ダンジョンに精通した人間というのは、それだけで資産だ。それがダンジョンマスターときた。あとは言わなくてもわかるだろう。」

「自分にも、話せる内容と、話せない内容がありますよ。」

「当然理解している。が、そうは考えない連中もいるということを、心に留めておいてほしい。」

井筒さんが、ゆっくりと言葉を選んでいる。

「マスターは攻略者の敵。長年そういう構図でやってきた。お前さんが何を考えて、何を出来て、どこまで踏み込んで関わっていいのか――それを、見極めろと上からのお達しでな。」

「組織で生きるのは大変ですね。」

「私個人としては君が理性的で助かるよ。聞けば元は会社員だったそうだな?」

「えぇ、俺は嫌気がさして、逃げちゃいました。」

雑談を交えながら、俺は少し考える。

協会とコネを持っておくのはメリットがある。マスコミやメディアからの圧力に対する緩衝材になってくれそうだし、海外の協会のような組織とも交流があるだろう。しばらく顔を出せていないつむぎのダンジョンのことを相談してもいいかもしれない。

それに協会と無用な摩擦を起こすつもりも無いし、何より、ひかりや裏山の関係者を守ることに繋がる。

「分かりました。出来る範囲で、お手伝いします。」

「助かる。それで、普段のやり取りだが。」

「はい。」

「朝霧でいいか。お前さんも面識があるし、あれは仕事ができる。」

「あ、はい、是非。朝霧さんなら、こちらも話しやすいです。」

「決まりだ。改めて朝霧から連絡を入れさせる。」

井筒さんが、軽く息を吐いてから、また話し始めた。

「もう一つ。先に言っておく。」

「はい。」

「お前さんのところに、近々、上から接触がある。」

「上、というのは?」

「協会のさらに上、ということだ。」

井筒さんが軽く眼鏡を持ち上げる。

「内閣府のダンジョン担当。あとは自衛隊、それから外務省も、お前さんに興味を持ち始めている。」

「うげ。」

「気持ちはわかる。立場上私に話が下りてきたが、協会の外の事情となると、私がしてやれることは多くない。」

「うわぁ……。」

思わず素の声が出た。

「要件はいくつかあるそうだ。魔石の安定供給、ダンジョン産素材の供給ルート辺りだろうな。」

「まぁ、そうでしょうね……。」

ぶっちゃけめんどくさいな……。そうだ、メフィスだ。あいつにぶん投げよう。メフィスならできる、頑張れメフィス。

井筒さんは、また眼鏡の位置を直した。

「気構えだけしておいてくれ。来週か再来週には、誰か挨拶に来るぞ。」

「分かりました。」

頷く声が、自分でも思っていたよりも少し、低くなった。

社会人をしていた頃の感覚が、首の後ろの辺りで、軽く戻ってきた気がする。

「あぁ、それから――。」

井筒さんが、少し迷うような間を置いた。

「風見の件は、もう聞いているな。」

「あぁ、あの会見ですよね。」

「協会としては、静観する。あいつの自己責任だ。」

「はい。」

「まぁ、お前さんの方の――」

そこで井筒さんが、口を閉じた。

机の上で組んでいた手の指が、いったん解けて、また組み直された。

「……いや、命の取り合いにこちらが手加減を願うのは、失礼だな。忘れてくれ。」

ふぅ、と短い息を吐く。

「協会は静観する。それがぎりぎりのラインだ。」

「了解です。」

俺は頷いた。

おおかた、風見を殺さないでほしい、とでも言おうとしたのだろう。

井筒さんが、最後にふっと表情を緩めた。

「最後に、雑談として聞いてくれ。」

「え?」

「うちの受付、相当動揺してたぞ。」

「あーすみません、これでも結構、悩みながら入ったんですよ?」

「そうは見えんな。掴めん奴だ。」

井筒さんが小さく笑って、ようやく湯飲みに口を付けた。

「行くか。長くなって悪かった。」

「いえ、こちらこそ、ありがとうございました。」

応接室を出てロビー側へ戻ると、廊下の途中で、朝霧さんがこちらを待っていた。

俺は井筒さんに頭を下げて別れる。井筒さんはひと声だけ「またな」と言って、本部への報告のためか、別の方向へ歩いて行った。

「鷹峰さん。」

朝霧さんが、両手で書類を抱えたままこちらに近づく。

「お時間、少しだけよろしいですか。」

「はい、大丈夫です。井筒さんから、窓口の話も聞いたので。」

「あ、はい。これからもよろしくお願いします。」

朝霧さんはほっとしたように微笑んだ。

「あれ、緊張してます?」

「はい、まさかダンジョンマスターだったなんて。」

「でも、俺自身は初めて会った時からそうでしたよ?」

「ふふ、そう思うと、なんだか安心しますね。魔石の買取も依頼も全部知らなかった鷹峰さんのままです。」

「痛いところを突きますね……。」

「すみません、変なこと言いました。」

「いえ、じゃあ、俺はこれで。」

朝霧さんは、いつも通り丁寧に頭を下げて、受付の方へ戻っていった。

俺は、ロビーを横切って、正面玄関を出た。

土曜の通りは、駅の方へ向かう人と、商店街の方から流れてくる人で込み合っていた。

「はー、なんか模擬戦より疲れたな……。」

協会との関係。

政府筋の関心。

風見の件。

全部、想定の範囲というには重いが、驚きはそれほどない。ただ、政府の件なんかはもっと先のことだとは思っていた。

駅前の改札に、人の列が緩く伸びていた。

ICカードを取り出して、改札の手前まで歩いて――

チリ、と。

首の後ろの辺りに、何かが引っかかった。

「うん?」

俺は、立ち止まって振り返る。

人の流れ、商店街の入り口、向かいのカフェ、通行人。

誰も俺を見ていない。

「うーん?」

危機感知に近い感覚だったが、自信はない。

ICカードを通して、改札を抜ける。

ホームに上がる階段を、ゆっくり登った。

side:???

距離、およそ30メートル。

遮蔽は十分。完全な死角を取った、つもりだった。

男が、振り返った。

息を呑む。

体は、もう動いていた。

あらかじめ決めていた路地裏に自然に移動する。

男は、人の流れの中をひと通り見回して、それから改札の方へ視線を戻した。

気のせいと判断したらしい。

「……意外と鋭い。」

模擬戦の配信は見た。

Cランク、戦闘経験浅め、中堅程度の身体能力――そう書かれていた資料は、過小評価だ。

予想外な点はいくつかあった。素手で剣を受け止める身体能力も、あの距離で視線を捕らえる感覚も、想定の上限の外だ。

それでも、狩れない相手ではない。それが総評。

男が改札を抜けて、階段の向こうに消えた。

私は壁際から離れて、反対側の通りへ歩き出した。

今日のところは、ここまでにしよう。

side:遥

バスを降りて、見慣れた山道に入る。

土の匂いと、葉の擦れる音。さっきまでの通りの賑やかさが、嘘みたいに遠くなる。

ダンジョンの居住エリアへ。

「おかえりなさいませ、ご主人様。」

「ああ、ただいま。」

リビングのソファに身を沈めて、俺は天井を見上げる。

ユキが俺の隣に腰かけた。

協会の方は、これからも上手く付き合っていける気がする。

ただ、政府の方の話と、駅前で振り返った時のあの感覚――。

あれだけは、頭の片隅に、残しておいた方がよさそうだ。

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貯金残高:11,750,000円 / ダンジョン蓄積魔力:7,180

スキル:【剣術】Lv.5 / 【身体強化】Lv.5 / 【戦闘機動】Lv.3 / 【危機感知】Lv.3 / 【状態異常耐性】Lv.2 / 【魔力操作】Lv.2 / 【マナバースト】Lv.3

眷属:ユキ(エルダーエルフ)/ ハヤテ(鷹獣人)/ リンドヴルム(祖竜)/ シノ(九尾)/ 猫又(下位妖獣)/ コムギ(土精)/ メフィス(契約の悪魔)/ リヴァイアサン

【ダンジョン構成】

入口 → 温泉街エリア(補給/工房/宿泊/食堂/湯治/神社)→ 森エリア / 火山・大空洞エリア / 海洋エリア&バベルの塔 → 居住エリア(塔最上階)→ コアの小部屋

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