作品タイトル不明
13.
「まあ! 素晴らしいですわね、シャーロットさん。まさか、ご自分は正義の使者だとでも言いたいのかしら!」
その声は、ラモーナ様のものでした。
昨日とは装いが変わり、深い紫のドレスを纏ったお姿はどこか退廃的に映ります。
その場違いな笑みと相まって、えも言われぬ不穏な雰囲気を醸し出していらっしゃいました。
「あら、お話し中にごめんなさいね? 扉が開いていたものだから、つい入ってしまいましたわ」
悪びれることなく部屋の中へと足を踏み入れたラモーナ様のピンヒールが、カツリと不快な音を響かせ、今、確かに何かを掴みかけたペネロピ様の心を現実へと引き戻してしまわれたのです。
「……貴様っ! お前のような女が、娘の部屋に入るんじゃない! さっさと出ていけ!」
ラモーナ様の正体に気づかれたのでしょう。伯爵様が激昂されました。
「こんな辛気臭い部屋に、誰が好んで入るものですか。──ペネロピ、こちらにいらっしゃい」
「……お母様? ……えっとね? 今、姉様がね?」
ラモーナ様の威圧的な空気に怯えつつも、ペネロピ様は先ほどお嬢様から提案された内容を伝えたかったのでしょう。なんとか言葉にしようと口を開かれました。しかし──
「……何を言っているの? もう『おままごと』は仕舞いだと、その娘が言っていたじゃない! 自分は伯爵令嬢であなたとは無関係だって! それなのに、どうして馬鹿みたいに懐いているのよ!」
ラモーナ様はペネロピ様のお言葉を容赦なく遮り、そう冷酷に切り捨てられたのです。
「だいたい、なんなの? ペネロピをたぶらかしてどうしたいのよ。そんなことを言ったって、まさかあんたと一緒に伯爵家に連れて行ってもらえるとでも思っているの? 無理に決まっているでしょう⁉ それなのに、さも優しい姉でございますと言わんばかりにペネロピの心を揺らして! ──なんて残酷な娘なのかしら」
ペネロピ様の瞳から、大粒の涙が溢れました。
娘への愛情を完全に置き去りにし、ただお嬢様を責め立てるためだけに放たれたラモーナ様のお言葉に打ちひしがれ──まるでこの場から消えてしまいたいかのように、小さく、小さくお身を縮められました。
「……見るに耐えんな。そのような戯れ言は他所でやってくれ。シャーロット、もうこのような者達を構い立てするのはやめなさい」
ラモーナ様の言葉にほとほと嫌気が差したと言わんばかりに、伯爵様がお嬢様を窘められました。
「だが、その女の言う通り、私達がその娘まで連れ帰ることは絶対にない」
そして、はっきりとペネロピ様の処遇を言葉にされたのです。
「シャーロットの気持ちは分かった。確かに、クリスティアナにも罪があった。……臨終の間際まで、娘可愛さにお前を引き離すことをしなかった私達にも罪はある。だが、だからといって、その娘を手元に置くのは違うだろう?」
それは、伯爵夫妻にとって当然と言えるご判断でした。ただ哀れだというだけで、愛する娘を脅かしてきた存在を受け入れるなど、到底不可能なことなのでしょう。
「……わかっていますわ」
お嬢様がぽつりと呟かれました。すると──
「アハハッ! ほら、ごらんなさい! 偉そうなことを並べ立てても、結局アンタだって自分の身が一番可愛いのよ! 本当はペネロピのことだって憎いのでしょう? ……フフッ、短い聖女様ごっこだったわね? ご愁傷さまぁ!」
……何がそこまで楽しいのでしょう。ご自分の大切な娘がすぐそこで泣き濡れているというのに、ラモーナ様はまるで勝ち誇ったかのように高笑いをなさったのです。
「ペネロピ。寄宿学校に行きませんか?」
お嬢様はラモーナ様には一瞥もくれず、ペネロピ様へそう提案されました。
すでにすべてを諦めたように涙を流すだけだったペネロピ様が、ゆるりと視線を上げられます。
「……がっこう……?」
「そう。同じ年代の子どもたちが共同生活を送りながら、教師から様々なことを学ぶのよ」
「──っ、何を勝手なことを!」
「うるさいですわね。貴族としての礼儀を忘れたのですか。ここでは私のほうが位は上です、お黙りなさい」
お嬢様が凛としたお声で一喝し、ラモーナ様が息を呑まれました。
そんな彼女を冷ややかに見上げながら、お嬢様は追撃の言葉を紡がれます。
「長幼の序が有効だったのは、昨夜のおままごとまでのこと。お分かりいただけますね?」
お嬢様は、昨夜はラモーナ様の発言を言質にとってやり込めておられました。
ですが今はもう、そのような戯れをなさる時ではないと言わんばかりに、貴族としての厳然たる立場を突きつけられたのです。
「……いや、シャーロット。そんなことは許さんぞ。それでは結局、私達が後ろ盾になるようなものではないか!」
「いいえ。すでに尼僧院には多額の寄付が成されておりますわ。──もちろん、子爵家の名義で」
尼僧院──それは女子修道院とも呼ばれ、世間から隔離された、祈りと学びを捧げる場所です。
そこでは語学や算術に国の歴史、淑女の嗜みである刺繍にいたるまで、あらゆる教育が徹底的に叩き込まれます。
最初の二年間は見習い期間とされ、その後は修道女として一生を神に捧げるか、俗世に戻るかの選択をすることになりますが、たとえ両親であっても勝手に連れ戻すことは難しい厳格な学び舎なのです。
「なに? ……いや、しかし、学校とは女子修道院のことなのか」
「はい。お母様が生前に準備をしておりましたの。もし私の伯爵家への養子縁組が間に合わなかった時のために、子爵たちの手から逃れる手段として、尼僧院の枠を『寄付』という形で予約していたのですわ」
伯爵様は、なんとも言えないお顔でお嬢様を見つめられました。
本来ならばお嬢様のために準備されていた、命綱とも言える枠。それをペネロピ様のために使われることを、本当ならばお止めになりたいのでしょう。
しかし、その寄付が子爵家から正式になされているのであれば、他家である伯爵様には止める手立てがございません。
「……待て、その寄付とは一体いくら払ったんだ⁉ そんな話は聞いていないぞ!」