作品タイトル不明
191話 獣人の男の子
俺は男爵領からダリアに戻り、この地を治めているアスクレピオス伯爵と会った。
貴族なんて聞くと、デブで民から税を搾り取り、贅沢の限りを尽くす――なんてテンプレな人物像が浮かんでくるが――。
ダリアにいる伯爵は、俺の期待をいい意味で裏切る紳士だった。
伯爵との面会は無事に終了したが、マロウ商会は伯爵との話し合いがあるようだ。
おそらくは商売のことだろう。
俺はやることがなくなったので、伯爵の屋敷を見て回ることにした。
この屋敷は派手すぎず上品で、俺の好みの造りをしている。
サクラの屋敷を建てる際の参考にしたいと思う。
執事に案内されて屋敷の見学をしていると、俺の後ろにはアマランサスがついてくる。
アイテムBOXから一眼レフカメラを出して屋敷内を撮影をするが、フラッシュを焚かなくてもISO感度を上げれば十分に写るので、最新のカメラはすごい。
カメラを使っている俺を執事が訝しげな表情で見ている。
「そ、それは……?」
「これは魔道具なので、気にしないでくれ」
屋敷の中をくまなく案内してもらって写真を撮っていたのだが、いつのまにか足音が増えていたのに気がついた。
下を見ればツインテールの女の子。
カメラのファインダーばかり覗き込んでいたので、解らなかった。
「エリカちゃんだっけ? ご両親と一緒にいなくていいのかい?」
「だってつまんないんだもん」
彼女がじ~っと俺の顔を見上げてくる。
「なんだい?」
俺は彼女と視線を合わせるために、しゃがみこんだ。
「辺境伯様――私も真珠が欲しい……」
「ははは、よしよし」
彼女の頭をなでながら、俺はシャングリ・ラを開いた。
あまり高価なものは必要ないだろうし、イヤリングがいいかもしれない。
銀とカットガラス、真珠の一粒玉のイヤリングがセットで1500円だ――安い。
購入ボタンを押すと、白いイヤリングが落ちてきた。
「これでいいかい?」
俺は彼女の耳にイヤリングをつけてあげると、アイテムBOXから取り出した鏡を見せる。
「ほら、凄く似合ってる」
「辺境伯様ありがとう」
彼女に抱きつかれて、頬にキスをされた。
なんか、すごい照れるが、彼女が俺をじっと見つめている。
「なんだい?」
俺の言葉にも、ツインテールの女の子は廊下を駆けていった。
そのまま柱の陰に隠れると、頭だけ出してまたこちらをじ~っと見ている。
なんだ? その仕草は可愛いが、なにかあるのだろうか?
気がつくと、アマランサスが怖い顔で睨んでおり、片目をつぶった執事に咳払いをされた。
多分、傍から見るとニヤケ顔だったに違いない。
「いいだろ? 小さな女の子に贈り物ぐらい……」
「小さくても女なのですわぇ」
「はは……」
アマランサスの顔が怖いので、とりあえず笑ってごまかす。
カメラに伯爵邸のデータを蓄えて、1階の客間で待っているとマロウと伯爵がやってきた。
「辺境伯様、申し訳ございません! エリカにも真珠をいただいてしまって」
「ははは、可愛い子におねだりされると、ついついな……まぁ、気にしないでくれ」
「そうはおっしゃられましても」
「辺境伯領、ユーパトリウム領、アスクレピオス領、そしてマロウ商会。互いに友好が結べるのであれば、真珠の1つや2つ――」
「ありがとうございます……」
隣と仲が悪いというのは面倒なものだからな。
だが隣の仲が悪いというのは結構あることだし。
ここら一帯の仲がいいほうが、マロウ商会も商売がやりやすくなるだろう。
友好的な伯爵だが、俺がダリアにいたときに探していたというのは本当だろうか?
そこら辺を聞いてみた。
「それは間違いございません。鉄の召喚獣を操る魔導師で、巨大なアイテムBOX持ちと聞けば、どんな貴族でも欲しがるでしょう」
「もちろん王族もな」
俺の後ろでアマランサスがボソリとつぶやいた。
シャガを討伐した俺を逃したことに関しては、彼は後悔しているようだ。
俺も、ここで伯爵に囲われては、今の地位まで昇り詰めることはできなかっただろう。
「まぁ――伯爵には悪かったが、ダリアから逃げて正解だったな」
街の皆や、プリムラには悪いことをしちまったがなぁ。
「伯爵にしてみれば、逃がした魚は大きかったというわけだ」
アマランサスの言葉に伯爵が額の汗を拭っている。
図星なのだろう。
「マロウ商会から私の話はなかったのか?」
「それを聞いたのは、かなり後になってからでして」
「なぜ、黙っていたと怒らなかったのか?」
「商人が取引先の情報を漏らさないのは普通ですから、やむを得ません」
この話を聞いても、この伯爵は権力を振り回したりせず、筋を通す人物のようだ。
このダリアでマロウ商会の占めている部分は多い。
関係にヒビが入って困るのは伯爵領のほうだろう。
マロウ商会としても、自分の娘が嫁いでいるんだ、俺を売るようなことをするはずがない。
マロウは心配いらないが――商人といえば、金のためならば親兄弟どころか国を売るような輩もいるのも事実。
色々とあったが、ダリアでの用事はすべて完了だな。
さて、南のオダマキに向けて出発するか。
なんかアマランサスだけじゃなくて、プリムラも怖い顔している……。
なんだよ、オッサンをそんなに見つめないでくれ。
伯爵に別れの挨拶をすると玄関にやってきた。
アイテムBOXから車を出す。
「おおっ! それが鉄の召喚獣なのですか!」
本当はアイテムBOXから出したものなのだが、今でもこいつは鉄の召喚獣のまま。
真実を知っているのは同郷のアキラだけ。
いや、アキラにもシャングリ・ラのことは言ってないし、ずっと心に秘めたままだ。
多分これだけは誰にも真実を明かさずに墓まで持っていくと思う。
俺は伯爵への召喚獣の説明もそこそこに、車に乗り込もうとしたのだが、小さな力に裾を掴まれた。
振り向けば、きらめく金髪のツインテールをした女の子。
伯爵の娘、エリカだ。
彼女が不安そうな顔をして、こちらを見上げている。
おねだりではないな――小さな子がこんな顔をするなんて、ただごとではないはずだ。
俺が彼女に贈り物をしたことで、友好的な人物として彼女に認識されてしまったようだ。
しゃがみ込むと、彼女と視線の高さを合わせ話しかけた。
「どうした、エリカちゃん」
「……」
彼女がなかなか言い出さない。
なにか面倒事のようだが、車の影になっているので、伯爵がいる玄関からは見えない。
車に乗り込もうとしているマロウとプリムラもやってきた。
「まぁ、とりあえず言ってごらん?」
「……お友達を助けてほしいの……」
「お友達……」
相手が貴族の子なら、助けなどは必要ないだろう。
それ以外のお友達がいるってことだ。
出発が遅れそうなので皆をチラ見すると――プリムラとアマランサスが、「それ見たことか」みたいな顔をしている。
そんなこと言ってもな、こんな小さい女の子からのお願いは断れないでしょ。
「う~ん、その子はどこにいるんだい?」
「あのね――」
彼女の話では、貴族街ではないらしい。
この街に詳しくない俺に○○地区みたいな話をされてもまったく解らん。
この街が庭のミャレーに聞けば解るだろうが……彼女の話では病気の子どもがいるらしい。
「マロウは、その場所が解るか?」
「はい、生まれ育った街ですので」
「そうか――それにしても子どもか……その子の親は?」
彼女が首を振る。
孤児か――そんな子供と貴族の彼女が、どうやってボーイ・ミーツ・ガールしたかは問うまい。
彼女と話す。
「エリカちゃん、その子の所に案内してもらうとしても、伯爵の許可がないと無理だよ?」
「……」
親の許可なく小さい女の子を連れ回すわけにもいくまい。
元世界に限らず、この世界でも完全にアウトだ。
やむを得ず、彼女を連れて伯爵がいる玄関まで行く。
「伯爵」
「どうしました――エリカ! 辺境伯様に、ご迷惑をかけては駄目だよ」
「……」
エリカは、俺の後ろに隠れてしまった。
「伯爵、彼女には助けてもらいたい友達がいるようだ」
「友達ですと?」
「ああ――多分、貴族の子どもではなくて、孤児なのだろう」
「そ、そんな子どもと……いったいどこで……」
そこにアマランサスがやってきた。
「閣下、公子は屋敷を抜け出すことがあったのではないかぇ?」
「あ、アマランサス様に閣下などと……」
「妾の身分は奴隷ゆえ、当然じゃな」
全然奴隷の態度じゃないけどな。
伯爵の話では、エリカは度々屋敷を抜け出して街へ遊びに行くやんちゃ娘のようだ。
家人が探すのに苦労して、ギルドに捜索を頼むこともあるらしい。
「それじゃ――そのときに、その友達と知り合ったんだね?」
「……うん」
彼女は、俺の後ろに隠れたままだ。
「う~ん、困ったな……伯爵、彼女の願いを聞いてやってもらえないだろうか」
「辺境伯様……」
「ああ、もちろん、彼女の身柄はウチの護衛たちが万全をもって保証する。自画自賛になるが、一国の軍隊にも匹敵する戦力だと自負しているから安心していい」
「その点は妾も保証するぞぇ。すでに王族ではない妾の言葉など取るに足らん戯言に聞こえるかもしれぬがな」
「アマランサス様まで……ふう……」
伯爵は悩んでいるが当然だ。可愛い娘と一緒に見ず知らずの男が同行するのだから。
俺が辺境伯だという身分を差し引いても、娘をもつ父の苦悩が変わるはずがない。
悩む伯爵だが、俺と一緒にアマランサスがいるというのも、無視できないだろう。
すでに王族でなくなった彼女ではあるが、その影響力は未だ絶大に思える。
「プリムラがいなくなったマロウも、こんな感じで悩んでいたんだろうな」
「……ははは」
黙って話を聞いていたマロウは、悟りを開いたような顔をして笑っている。
しばらく考え込んでいた伯爵が決断した。
「承知いたしました」
「ありがとう伯爵。やったな、エリカちゃん」
「うん!」
彼女の話では、最後に彼と会ったのは3日前だと言う。
薬と食料を持ってくると別れたが、屋敷の監視が厳しくなって抜け出せずにいたらしい。
とりあえず彼女を車に乗せて、その場所に行ってみることにした。
俺の隣にプリムラ、その後ろの座席にエリカが乗っている。
マロウは俺の後ろ、アマランサスはいつも獣人たちが乗っている3列目シートに乗った。
「すごーい! 馬なしで動いてる! これって魔法!?」
「そう魔法な」
「走っていても、全然揺れないね!」
まぁ馬車は揺れが酷いからな。
伯爵邸の門を出ると、貴族街を抜ける。
場所は、貴族街のちょうど反対側――あまり上品ではない地域のようだ。
まったく怖いもの知らずのお嬢さんだな。
屋敷を抜け出して、路上で1泊することもあったらしい。
「偶然だなぁ、俺もそういうお嬢さんを知っているのだが……」
横目でプリムラをチラ見する。
「誰のことでしょうか?」
「さぁな」
「プリムラは辺境伯様の側室なのよね?」
「そうですよ」
「いいなぁ、私も側室になっていい?」
「ちょっとまったぁ!」
俺は焦ってちょっと待ったコールを出した。
ちょっとお出かけって話なのに、いつの間にか側室なんて話になったら、どんな騒ぎになるか。
「ちょっとエリカちゃん、そういう話はしないでな」
「え~、なんでぇ?」
彼女はまだまだ子どもだ。子どもが言った笑い話で済むだろうが、済まなかったら困る。
「プリムラ、エリカちゃんの言った場所って解るか?」
「はい」
マロウ親子はここで育って商売をしていたからなぁ。
街の事情には詳しいだろう。
車はプリムラのナビで街を進む。
珍妙な鉄でできた馬なしの車に乗る俺たちには、相変わらず視線が突き刺さる。
「マロウ、すまんな。寄り道をしてしまって」
「いいえ、構いません。マロウ商会にとってはエリカ様も、重要なお客様ですから」
そりゃそうか。彼女はVIPだからな。もう少し大人になれば自分で買い物もするだろう。
「それよりもだ――その病気の子どもと約束して3日だろ? 大丈夫かな?」
「解らない」
「どんな病気なんだ?」
「咳が酷くて……苦しそうだった」
「熱は?」
「毛が生えているから触っても解らなかった……」
「毛?」
どうも俺は勘違いをしていたようだ。
「公子、それは獣人ではないのかぇ?」
後ろから、アマランサスの声が聞こえた。
「うん」
あちゃー、それじゃ父親に言い出せないわけだわ。
貴族の子どもと獣人の子ども――まるで接点がないように思えたが……実際に彼女たちは会っている。
「そりゃ貴族に獣人の子どもを助けてといっても、うんとは言わないだろうなぁ」
「ケンイチも貴族なのですよ?」
「ははは、まぁそうだけどな。それで、なんで俺に頼んだんだい? エリカちゃん」
「辺境伯様は、獣人の女を愛人にしているって聞いたから……それに、私に優しくしてくれたし……」
隣のプリムラが、俺をじ~っと見ている。
「は! 俺って超有名人じゃん! ははは」
まぁ、獣人が好きな貴族の俺なら、獣人の子どもを助けてくれると思ったのだろう。
中々、賢い子だな。
「そこは笑うところなのですか?」
俺の笑い顔を見て、プリムラが苦笑いしている。
「獣人好きの貴族ってのが知れ渡っているなら、サクラに獣人たちが増えるかもしれないなぁ」
「もう……」
プリムラが呆れているが、獣人たちのあの毛並みを諦めるわけにはいかない。
獣人の女の腹に埋もれて寝るのは、どんな高級品も敵わない至高の毛布なのだ。
「ウチの獣人たちのことを、公子たちに話したのはプリムラじゃないのか?」
「はい、そうです。ハマダ領では、獣人たちと仲良く暮らしていると……」
「それは間違いないからな」
「はわわ~、それじゃニャンコロを助けてくれるのね」
ニャンコロ、それが獣人の子どもの名前のようだ。
子どものときは可愛いが、大人になったらどうするんだろうか――と考えるのは俺が只人だからかな?
エリカはよほど嬉しいのか、プリムラの後ろでぴょんぴょんと飛び跳ねている。
車にはサスペンションがついているので、跳ねると車体が揺れる。
「こらこら、跳ねるんじゃない! 酔うから止めなさい!」
ゆさゆさと揺られながら、エリカに案内された場所にきた。
車を止める――助手席から降りたプリムラが後のドアを開けると、エリカが飛び出た。
「ちょっとエリカちゃん、待ちなって!」
彼女は俺の制止を聞かず、細い路地へと入っていく。
路地は狭く、車は通れない。
とりあえず皆を降ろすと車を収納、徒歩で彼女のあとを追った。
マロウの話では、ここはあまりお上品な場所ではないという。
貴族の娘である彼女が、こんな場所まで1人でやってきたのだろうか?
路地を200mほど進み、彼女は家と家の隙間に入っていった。
「おいおいマジか――入れるかな?」
アマランサスには、プリムラとマロウの護衛をしてもらい、俺も隙間に入る。
いつもと違い、コスプレのような恰好をしているので引っかかる。
孤児が、こんな隙間を使って寝床を作っているのだろう。
子どもじゃなくても、保証人がいないと部屋を借りたりするのは難しいという。
ニャメナも天井裏の隙間みたいな場所に住んでいたらしいし。
家の壁に身体を擦って10mほど進むと、エリカの姿が見えてきた。
エリカはしゃがんで、板を合わせた三角形の中に頭を入れており、お尻だけ見えている。
簡易のテントのようなものらしい。
辺りに充満するアンモニアのにおいが鼻をつく。
寝込んでいるために、トイレにも行けないのかもしれない。
なんの病気かは知らないが、これじゃ余計に悪化するだろう。
「ニャンコロ! 戻ってきたよ!」
「エ……リカ……ゲホッ! ゲホッ!」
多分、男の子の声――どうやら酷い咳があるらしい。
「エリカちゃん、どいておくれ。とりあえず、ここから出さないと駄目だ」
「うん」
エリカに外に出てもらい、暗がりの中に見える毛皮を引っ張り出す。
それは真っ黒で手足の先が白い、獣人の男の子だった。
彼を抱き上げると、カニ歩きで家と家の隙間を戻る。
獣人は毛皮を着ているので解りにくいが、軽くて痩せているな。
栄養状態もよくないみたいだし、しばらく身体も洗ってないのだろう。
少々臭うが仕方ない。
マロウ邸に戻ったら、アネモネの魔法で綺麗にしてもらおう。
狭い隙間から皆の所に戻ると、粗末な服を着た頭のハゲたデカい男がひっくり返っていた。
「ん? なんだこいつは?」
「妾たちに無礼を働いたのでな」
「ああ」
納得――美女2人に商人風のオッサンだから、楽勝とか思ったのだろう。
こんなやつに構っていられん。
「ケンイチ、その子が病人ですか?」
「ああ、とりあえずマロウ邸に運ぶ。いいか? マロウ」
「もちろん構いません」
「感染する病の可能性もあるので、マロウ商会の者は近づかないように」
「承知いたしました」
男の子をお姫様抱っこで、通りまで戻る。
アイテムBOXから車を出したが、俺は固まった。
この男の子が伝染病だったりすれば、皆で車に乗ると伝染るかもしれないな。
俺と男の子だけを車に乗せるとしても、ここはそれなりに物騒な地区だ。
皆を残していったり、歩いてもらうってわけにもいかない。
「聖騎士様、どうしたのじゃ」
「ああ――この子が感染する病気だと、皆に危険性が……」
「屋敷に戻ったら、すぐにアネモネに 回復(ヒール) の魔法をかけてもらいましょう」
そうすれば病気の予防になるという。
魔法によって、免疫力のアップにもつながるのだろう。
プリムラの提案に皆も同意してくれたが――とはいえ密閉空間はよろしくないので、車の窓を全開にした。
これで密閉空間ではなくなる。多少はマシになるだろう。
男の子は3列目シートで、アマランサスと一緒に乗ってもらう。
エリカが後ろを向いて、激しく咳をする男の子を覗き込んでいる。
「よし、行くぞ」
「はい」
「うん!」
窓を全開にした車が街の中を進み始めた。
「プリムラ、咳が出る流行り病ってのは、多いのか?」
「10年に一回ほどでしょうか。大流行すると、魔導師の数がまったく足りないので大量の犠牲者がでます」
いくら魔法がある世界といえども、大量に患者が発生すると処理しきれなくなる。
金を持っている貴族や商人が優先になり、一般市民は後回しってことだろう。
病院もない世界だし難しい問題だな。
マロウの妻、プリムラの母もその流行り病で亡くなったらしい。
流行り病ってのは症状を聞くと、インフルエンザっぽいけどな。
「それじゃないといいが……」
「ケンイチ、流行り病は獣人には感染しません」
「え? そうなのか?」
「はい」
プリムラが不思議そうな顔をしている。
賢者とか言われてる俺が、そんなことをしらない――と思っているのだろう。
だって、この世界の常識には疎いんだから仕方ない。
そういえば、獣人だけにかかる病気ってのもあると聞いたような……。
「辺境伯様、ニャンコロは治りそう?」
ルームミラーに心配そうなエリカの顔が映る。
「う~ん、解らんな。そもそも、どんな病気なのかも解らないし」
プリムラと流行り病について話しているとマロウ邸に到着した。
庭に車を入れるとミャレーが走ってくる。
「ケンイチにゃ~!」
「ミャレー! 病人がいる。感染るかもしれないので、離れていてくれ」
「にゃ!?」
ミャレーには離れていてもらい、新しいコンテナハウスを出して隔離病棟にする。
マロウは仕事に戻るが口止めをさせてもらった。
まだどういう病気か解らんからな。
「獣人の子どもにゃ!? 親はなにしてるにゃ!?」
「親はいないらしい。孤児だ」
「にゃ!! この子が住んでいる街の長は何をしてるにゃ!?」
珍しくミャレーが毛を逆立てて激怒している。
「街の長が関係あるのか?」
そこにニャメナがやってきた。
「旦那――獣人ってのは、孤児がいたら地域で面倒をみる決まりになっているのさ」
「そうなのか」
「この子がいた所ってのはどこにゃ!?」
「あの、ガレー地区ですけど……」
プリムラの言葉にミャレーが尻尾を立てた。
「ニャルニャルサにゃ! あのBBA! ちょっと、ねじ込んでくるにゃ!」
そう言うと、ミャレーが門から飛び出していってしまった。
どうやら、ミャレーはその長っていうやつと知り合いらしい。
ここは彼女のホームタウンだから、知り合いでも不思議じゃない。
「そんな大きな問題なのか?」
「ああ、旦那。獣人たちにとっては大問題だよ」
「ケンイチ」
「アネモネ、とりあえず、この子に 洗浄(クリーン) の魔法を、あと召喚獣の中を消毒したい。魔法で温めてくれ」
「解った!」
男の子に魔法がかけられると、毛皮の汚れが落ちて綺麗になった。
「それから、乗ってきた全員に 回復(ヒール) の魔法を」
「任せて!」
アネモネが車に乗ってきた皆を並べて魔法を使うと、青い光が舞う。
「すごーい! 魔法が使えるんだ! 私はエリカ! あなたは」
「私はアネモネだよ、よろしくね」
「うん!」
エリカはアネモネに任せよう。
そこにアマナがやってきた。
「どうしたんだい、こんな小さな子が!」
「病気かもしれないから近づくな」
「可哀想に……」
寄ってきたアマナを離すと――俺はコンテナハウスにベッドを出して、男の子を寝かせた。
男の子は相変わらず激しく咳き込んでいる。
彼の身体に手をかざして祝福の力を使う――胸のあたりに反応がある。
肺炎を起こしているかもしれない。
コンテナハウスにアキラが入ってきた。
彼も祝福持ちなので、病気には感染しない。
「病人だって?」
「ああ、肺と喉に反応があるな」
アキラも咳き込んでいる男の子を診ている。
「獣人たちってのは、この手の病気には罹患しないはずだがなぁ」
「ああ、それは聞いた」
シャングリ・ラで購入した体温計で計ると熱もあるのだが、炎症を起こしているせいだろう。
そもそも獣人の平熱がどのぐらいなのか解らんが、熱が高いのは確かだ。
男の子の胸に手を当てて祝福の力を使うと、彼の表情が和らいだ。
顔色はどうだろうか? 獣人の子どもなのでそれは解らないが、確かによくはなっている。
「う~ん?」
「アキラ、どうした?」
「まさかと思うが――おい坊主、話せるか?」
彼には、なにか心当たりがあるようだ。
「……うん」
「お前――そうなる前に、変わった場所に行ったりしなかったか? 森の中とか」
「うん……森の中に行った……」
「森の中に、なにかなかったか?」
「……沢山の花が咲いていた……」
「花って、背が高くて赤い大輪の花か?」
「うん……」
アキラの表情が険しくなる。
「おいケンイチ――こりゃ、やべーやつかも」
「なんだって?」
どうやら緊急事態のようだ。