作品タイトル不明
第二七話 天文十二年七月中旬『下柘植の秘伝』
「やっぱり武家の長男って色々大変なんだろうなぁ」
あてがわれた客室で一服しつつ、わたしはなんともなしにつぶやく。
もちろん、信広殿のことである。
強くならなければ、結果を出さなければ。
そういうプレッシャーは相当のものがあるのだろう。
ねばならない(・・・・・・) って、やっぱり心に重くのしかかってくるからなぁ。
わたしの言葉が少しでも彼の 道標(みちしるべ) になってくれたらいいな、と思う。
もちろん、過度の期待はしないけどね。
人を変えられるなんて、思うことそのものがおこがましい。
わたしに出来ることと言えば、せいぜいヒントを出す程度。
そのヒントを取捨選択しこれからどうするかは、信広殿の自由なのだから。
願わくば叔母として、いい方向に進んでくれると嬉しいけどね。
「あー、そっすねー。けっこう大変そうかも」
あっけらかんと軽い調子でそう言ったのは、成経である。
「そう言えば貴方も長男のお兄さんがいたんだっけ」
わたしも何度か会ったことがある。
名は佐々成吉。
じぃの跡を継いで佐々本家の当主で、わたしが清須城代になると同時に信秀兄さまからわたしにつけられた寄騎の一人だ。
「ああ。色々抱え込んで、いつもこ~んな感じっしょ?」
言って、成経はぎゅうっと目いっぱい、眉間にしわを寄せる。
確かに思い返すと、いつもそんな強面な顔をしていたなぁ。
「つくづく武家の長男は大変だ」
「でもまあ、それが強さの源かとも思うっすかねー」
「へえ」
「武門、佐々の家を継ぎ守り抜く決意、覚悟。それが生む気迫。ありゃあこええっすよ」
ぶるっと成経が身体を震わせる。
こいつにそこまで言わせるとは、やっぱり相当な猛者である。
「確か……お兄さんからは五本に一本も取れないって話だったっけ」
一応、この成経だって、我が下河原織田家一の武辺者だというのに、だ。
さすが小豆坂七本槍の一人に謳われるだけはあるなぁ。
そして下にはまだ齢八つではあるが、あの佐々成政も控えているときた。
ほんと佐々三兄弟恐るべしである。
「へっ、いつの話してんスか。今ならもう楽勝っすよ」
なんとも自信満々に、成経はイキってみせる。
まあ、訓練にしばしば付き合ってあげてる勝家殿いわく、成経は市江川の戦いで何か掴んでからというもの、身体も技もキレが増したって話だしなぁ。
確かに今なら勝てるかもしれない。
とは言え、
「そんな調子乗ってると、足元すくわれるわよ?」
主としては釘だけは刺しておかないと、ね。
慢心は成長を阻害する。
まだ一七歳なんだから、もっともっと成長してもらわないと、ね。
「調子に乗ってるんじゃなくて、これは事実っすよ!」
「いやいや、しっかり乗っていらっしゃいますなぁ」
「っ!?」
その声は、成経のすぐ後ろからした。
咄嗟に成経は振り向きざま立ち上がろうとするも、
「遅い」
「っつあ!」
その足を払われ、無様に尻もちを突く。
成経相手にこんな芸当が出来るのは、下河原織田家でも一人しかいない。
「おかえり、小猿」
すうっと現れた伊賀者に、わたしは笑みとともに呼びかける。
成経が調子に乗りかかっていただけに、実にいいタイミングだった。
「ただいま戻りました」
「ってめえ、よくもやりやがったな!」
早速成経が立ち上がり、今にもつかみかかりそうな勢いで咆える。
生半可な兵ではたちまち居竦むであろう剣幕だったが、
「おや? いつでも仕掛けてきていいと仰ったのは、成経殿では?」
小猿はわずかも怯んだ様子もなく、飄々とした様子で返す。
このあたりもさすがである。
「~~っ! 言ったけどよ。くそっ、なんでこいつの攻撃だけは感じ取れねえんだ!?」
成経が悔し気に顔をしかめる。
そう、勘のいいこいつが、なぜか小猿の攻撃だけはかわせないのよね。
勿論、不意打ちだからってのもあるにはあるんだろうけど、普段ならそれさえ野生の勘であっさり察知できるのが成経なのだ。
このあたりはさすが、後世にまで名人として名を残した忍の達人、下柘植小猿の面目躍如といったところか。
「あっしは意を消してますんで」
ニッと小猿が口の端を吊り上げる。
意とは、意志のことである。
わたしや信広殿だと感じ取れないのだが、成経ぐらいになると、相手が攻撃しようって思っただけでなんか感じ取れるらしい。
超能力としか思えないのだが、実際、わたしも試してみたことがあるんだけど、目隠しした成経相手にさえ、攻撃しようとした瞬間に百発百中で間合いを外されたものだった。
「消してるのはわかってるっての! けど、どうやったらそこまで消せんだ? どれだけ押さえたってわずかに漏れるもんだろ、普通!?」
「そればっかりは下柘植の秘伝ゆえお教えできませんなぁ」
「ちっ、まあいい。その 手妻(てじな) 、いずれ絶対暴いてやるからな」
「ははっ、それは楽しみですな」
からからと小猿が笑う。
おや? いつもは演技めいた感じで腹の内を見せない小猿だが、今の顔は本当に楽し気だったように感じた。
なんだかんだ成経とのじゃれ合いは、彼にとっても面白いものなのかもしれない。
「小猿殿、姫様に何か報告があって参ったのではないのですか?」
見かねた様子で冷や嘆息混じりに問うたのは、牛一である。
そうだった、そうだった。
二人のやりとりに意識を奪われて、すっかり忘れていたわ。
牛一の空気の読めなさは、こういう時には助かるのよね。
わたしはニッと口の端を吊り上げ、問う。
「もう帰ってきたってことは、 あれ(・・) を手に入れたのね?」
「へい、こちらに。お目当てのものに相違ございませんか?」
小猿がスッと人の頭ほどもある布袋を恭しく差し出してくる。
受け取るや、わたしは中を覗き込みにんまりと頷く。
「うん、これこれ。ありがとう! なんとしてもこれが欲しかったの」
そう、わたしがわざわざ三河くんだりまで来た理由は、旅行したかったのも勿論だが、実はこれを手に入れるためでもあったのだから。