作品タイトル不明
第七話 天文十二年四月中旬『神君の策』
「ほう、あるのか!」
信秀兄さまが犬歯を剥き出しにして笑う。
穏便に済ます手段だって言ってるのに、なんでそんな獰猛な笑みを浮かべるんだか。
「はい、ただけっこう銭がかかります。その分の見返りもあるとは思いますが」
「問題ない。お前のおかげで銭ならたんまりあるからのぅ」
わたしは返しに、信秀兄さまは懐をパンパンと叩く。
まあ、確かにその通りだろうなぁ。
津島、熱田に加え、今や清須も莫大な富を生み出し始めている。
わたしが生み出す品々を求め、日本各地から商人たちが押し寄せてくるからだ。
もしかすると今、この日ノ本で一番裕福な大名は信秀兄さまかもしれないレベルである。
銭でこの問題が解決するなら、万々歳というところなのだろう。
「三河の一向宗が求めているのは、おそらく 守護使不入権(しゅごしふにゅう) 、ですよね?」
「耳が早いな。それも素戔嗚の神託か?」
「半分は神託で、半分は推測です」
素直に私は答える。
すでに今、この状況はわたしの知る歴史ではない。
だが、未来の歴史からある程度、想像できることでもあった。
守護使不入。
幕府が特定の公領や荘園に守護やその役人の立ち入りを禁じた制度である。
守護――現代で言えば県知事に相当する存在の課す税徴収を免れることができる特権である。
そして、史実においては松平広忠が前述の三河三ヵ寺にこの特権を与えている。
史実でもそうなら、今世でも要求してきているのではないかというのがわたしの推察だったのだけど、どうやら当たりだったらしい。
「で、あるか。まあ話が早い。当然、わしとしてはそんなものを認めるわけにはいかん」
「でしょうね」
きっぱり言い切る信秀兄さまに、わたしも頷く。
西三河では、一向宗勢力が管理する土地はかなり多い。
信秀兄さまからすれば、そんなものを認めれば年貢収入の大幅減である。
到底、呑める要求ではない。
史実の広忠が呑んだのは、西三河は信秀兄さまとの抗争の地であり、おそらくはそれを排除するため、一向宗を味方に引き入れる苦肉の策といったところか。
「で、我が孔明はどんな妙案でこれを解決する?」
「そうですね、ちょっと筆をお借りしても」
「うむ」
頷き、信秀兄さまが顎で机を指し示す。
わたしは立ち上がってそこへ向かい、
『市江川では攻め込んでこられたので撃退せざるを得なかったが、我が織田家に浄土真宗と矛を交えるつもりは毛頭ない。
とは言え、守護使不入は大名として安易に許可することもできない。
まずは話し合いをしたい。わだかまりがあるなら解きほぐし、壁があるなら取り除き、溝があるのなら埋めていきたいと考えている。
その証拠として、とりあえずむこう二年は、西三河の年貢を半額免除する事を約束する』
すらすらと和紙にそういった内容の事を書き記していく。
ちなみに浄土真宗とは一向宗の自称である。
興味を惹かれたのか、信秀兄さまも上から覗き込んでいるが、その顔は渋い。
だがかまわず、わたしは告げる。
「これを 素戔嗚大神(すさのおおおかみ) の 起請文(きしょうもん) として出せば、敵もさすがに和平に応じるでしょう」
起請文とは、書かれた内容を破らないことを神に誓う文書のことである。
破れば相手に格好の大義名分を与えることになる。
また神に誓ったことすら破るようでは、家臣との約定など守られようはずもない、と周辺各国や臣下の信頼も失いかねない。
それだけに、裏切りが常態化している戦国の世でも一定の強制力を発揮するのだ。
「確かに、この条件なら敵も一旦は 鉾(ほこ) を収めよう。が、安易な譲歩は敵をつけ上がらせる。また、一向宗もこれを自分たちの手柄と喧伝しよう。彼奴らの権威を高めれば、民を扇動しやすくなる。これでは後々の禍根となるのではないか?」
眉間にしわを寄せ難しい顔のまま、信秀兄さまは言う。
まあ、信秀兄さまの言いたいことはわかる。
西三河から上がる年貢収入は、だいたい一〇万貫(一二〇億円)前後といったところか。
それを半減する。それも二年。
合計一〇万貫もの大量の収入をふいにして、代わりに得られるのは、吹けば飛ぶような平穏。
それで敵をより強大に育ててしまっては本末転倒、あまりに割に合わないというしかない、ということだろう。
だが、わたしは自信満々に首を左右に振り、
「いえ、そうはなりません。よく読んでください。ほら、こことここ」
言ってわたしが指さしたのは、『壁』という文字と『溝』という文字。
ますます信秀兄さまは眉間にしわを寄せる。
「だから話し合いでどうにかなる連中では……」
「信秀兄さま、これらは心のではありません。あくまで 物(・) です」
「物? ……っ! 壁とは塀、溝とは堀のことか!」
ようやくわたしの言わんとしていることを察し、信秀兄さまがパァン! と小気味よく膝を打つ。
「なるほど! 和議を結んだ後、約定通り、一気呵成に塀を打ち壊し、堀を埋めてしまうというわけか。つや、おぬしも 悪(わる) よのぅ」
「信秀兄さまほどではございません。でも神に誓って、嘘は言っていないでしょう?」
わたしが茶目っけたっぷりに片目をつぶってみせると、
「違いない」
信秀兄さまもかっかっかっと楽し気に大笑いしながら頷く。
間違いなく誓紙通りの事を実行しているだけであり、塀を壊し堀を埋める対価として、税半額を提案したのだと言い張れると言う寸法だ。
言葉遊び、詭弁の類と言えばその通りなのだが、今は戦国の世である。
外交は騙し合い、化かし合い。
仏の嘘は方便と言い、武士の嘘は武略と言う。
むしろ仕込まれた罠に気付かないほうが悪いのだ。
「さすがは我が孔明よ。素晴らしき妙案だ」
うんうんと信秀兄さまが満足気にうなずく。
お褒め頂き恐縮なんだけれど、実はこれ、わたしのアイディアじゃないんだよなぁ。
徳川家康が三河一向一揆を収める時に用いた詐術である。
一揆の罪を問わず、以前と同じようにすると約束して和議を結び相手の油断を誘ってから、『ここらは元は野原であった。以前と同じようにしてやる』と寺院を打ち壊して回ったのだ。
防衛拠点を一気に失った一向宗は反抗する力を失い、史実では、三河一向一揆は急速に終息していった。
なお家康は大阪城を落とす際にも似たようなことをやっている。
わたしの案は、それをちょっとアレンジしての焼き直しだった。
減税は確かに為政者にとって大変なことではあるのだが、新たに手に入れた土地の領民をなつかせる意味でも数年、年貢を免除するというのは戦国時代ではしばしば取られた手である。
西三河は松平一族の内乱や、第一次安祥合戦で荒廃しているし、織田家の印象も悪い。
松平家との境目の土地でもあり、領民たちの心をつなぎとめるのは国防上、非常に重要であり、度重なる戦で困窮する民の生活を安定させる上でも、ぜひやっておくべき政策なのだ。
それこそ銭はうだるほどあるのである。
どうせやるべき事なら、ついでに一向宗の力も削ぎ落せれば一石二鳥とわたしは考えたのだ。
「そうじゃな、念には念を入れて、銭一〇〇〇貫文ほども包んでやるか。さすれば彼奴ら、銭に目がくらみ、またこちらが包囲網の窮状に耐え兼ね和平を結びたがっているのだと誘導もできよう」
信秀兄さまがにぃぃぃっとなんとも悪どい顔で、案を補強してくる。
手品で言うところのミスディレクションと言う奴だ。
あえて本命の罠を悟らせないために、相手の意識を別のところに持っていこうというのである。
一〇〇〇貫文(一億二〇〇〇万円相当)も現金を目の前に積まれれば、そりゃみんな、そっちに意識いくよなぁ。
さすがは政略と謀略の達人、尾張の虎。こういうとこほんと抜け目がない。
そして、この策は即座に実行されることとなったのだけど……
税半額免除がわたしの提案ってことをことさら宣伝しなくてもよくないですか、信秀兄さま!? 聞いてないんですけど!?
おかげでなんか、西三河でも一向宗から劔神社の氏子へと宗旨替えする者が続出しているとか、ほんと勘弁してください。
わたしは目立たず静かにのんびり暮らしたいのに!
……兎にも角にも、こうして防衛拠点を一気に失った一向宗は、以後三河での勢力を大きく減じていくこととなる。