軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六話 天文十二年四月中旬『可愛げのないおねだり』

「ほう、わしに頼み事とな!」

鳴海城の奥深く、三の間にて、嬉しそうにわたしを出迎えてくれたのは、信秀兄さまである。

近隣諸国からは『尾張の虎』の二つ名で畏怖される人物であり、それも納得の威圧感ある強面なのだが、今日は機嫌がいいのかにこやかで雰囲気が柔らかい。

「はい、お忙しい中、お時間を取って頂きありがとうございます。ところで、何か嬉しいことでもあったのですか?」

「うむ、今まさにな。何をやっても喜ばぬ可愛い妹が、珍しくおねだりをしてきたのだ。これでようやく、その働きに少しは報いれるというものよ」

悪戯っぽく笑い、信秀兄さまは片目をつぶってみせる。

あー、わたし、領地とか役職もらっても嫌そうな顔しているしなぁ。

実際、お金稼ぐだけなら発明で事足りるので、領地なんかもらっても、管理の手間や責任が増して面倒なだけなのよね。

「着物や飾り物にも全く興味を示さぬし、正直、途方に暮れておったところだ。さあ、何が望みだ。わしに叶えられるものなら、なんでも叶えてやろう」

「なんでもとは、また太っ腹ですね」

「それぐらい貴様には感謝しておるということよ」

まあ確かに、自分で言うのもなんだが、わたしはまあまあ信秀兄さまの勢力拡大に一役買っている。

そして、もらいっぱなしというのも人間、居心地の悪いものだ。

どうやらお礼をしたくてしたくて仕方なかったらしい。

ふふっ、可愛いところもあるじゃないか、信秀兄さま。

「では遠慮なく、ご厚意に甘えさせていただきます。村井貞勝殿をわたしの直臣にください」

「……貞勝を、じゃと?」

信秀兄さまがすうっと目を細める。

年の離れた妹に小遣いを上げようとしてる気のいいおじさんの顔から、いつもの戦国大名の顔に戻っていた。

「はい、我が下河原織田家は新興の家。家臣は皆、年若く経験も少ないです。今、尾張全土、津島湊、熱田湊に触れを出して人を募ってはいますが……」

「それで集まる連中も、経験不足は否めんだろうな」

「はい……」

領地経営に経験豊富な人材は、すでに自ら領地を持っている。

募集に乗ってくるのは、土豪の次男坊以降か、諸国を渡り歩いて主君を探す浪人がほとんどで、将来性はあっても、現時点での政務能力にはそこまで期待はできない。

経験豊富なのはじぃ一人、あとは軒並み勤続二年以下の経験の新米ばかりでは、さすがに知行七三一〇貫の大領を切り盛りするなんて絶対無理!

このままでは早晩、由々しき問題が次々と噴出してくるのは目に見えていた。

「ふん、それで貞勝を、か。まったく可愛げのないおねだりもあったものじゃのぅ。はああああ」

信秀兄さまが脇息に頬杖を突き、やれやれと面倒くさげに嘆息する。

わたしのおねだりに応えたくはあるが、引き抜かれるのは困るとその顔にありありと書かれている。

金銀や領地に関しては気前のいい信秀兄さまが渋るのは、実に珍しい。

それだけ手放すのが惜しい人材ということだろう。

まあ、それも仕方ないか。

村井貞勝――

あの能力主義者の信長から信任され、京都所司代として政治的に最重要拠点である京都の行政の全てを任され続けた超有能官僚である。

現時点では林秀貞殿の下で清須町奉行を務めてもらっているが、歓楽街増設のスタートアップ業務をぱぱぱっとあっさりこなし、その後、大した問題も起きていない。

歓楽街なんて酔客だらけでトラブルもよく発生するはずなのに、だ。

某有名戦略ゲームでも、政治能力は毎回九〇を超えている実力は伊達じゃないとわたしも舌を巻いたものだ。

だからこそ、欲しいのである。

っていうかまじで、今のままじゃ領地の運営が回らないんだって!

「……まあ、よかろう。なんでも、と最初に言うてしまったしな」

「えっ!? ほ、本当ですか!? や、やった! ありがとうございます! 信秀兄さま!」

ぱんっ! と手を打ち、わたしは喜色満面の声をあげる。

正直ダメ元で、村井貞勝の名を出したのも、彼を譲ってもらえるというよりは、信秀兄さまの譲歩を引き出し、他の家臣を融通してもらうための撒き餌ぐらいのつもりだったんだけど……

いやぁ、言ってみるもんだなぁ。

「市江島は津島湊、熱田湊の防波堤じゃからな。下手に一揆など起こされ、政情不安となればその累は織田家全体にまで波及しかねん。しっかり治めてもらわねば、な」

ふんっと鼻を鳴らし、つまらなげに信秀兄さまは言う。

なるほど、今回の一向宗蜂起は、信秀兄さまにとって相当心胆寒からしめられるものであったに違いない。

津島や熱田を獲られたら、あるいは破壊されるだけでも、織田家の財政にとって痛恨の大打撃となり得る。

その安全確保には、市江島の防衛は不可欠。

だが、市江島はもともと一向宗門徒服部友貞の土地。

その上、戦国時代には、謀略で敵国住民に一揆を起こさせたり、進軍を手引きさせたりなんてことはしょっちゅうだ。

せっかく奪った 市江島(ぼうはてい) を、そんなことで奪われては元も子もない。

市江島の支配を万全とするために、村井貞勝の放出もやむなしと判断したのだろう。

いやぁ、でもほんと有難いし、助かった。

じぃも還暦すぎてて、あんま無理させられないし。

これで領地経営の目途も立ちそうである。

「まったく、生臭坊主どものおかげで苦労させられるわい。坊主は念仏だけ唱えておればよいものを」

一方の信秀兄さまは、なんとも忌々しげに吐き捨てる。

これは先の市江川の戦いや、有能な家臣を手放すことになった恨みだけではないな。

おそらくは――

「西三河ですか?」

「うむ、願証寺の呼びかけに応じ蜂起しおって。まったく 鬱陶(うっとう) しい限りよ」

わたしの言葉に、信秀兄さまは舌打ちとともに頷く。

西三河は先の戦いで、信秀兄さまが松平家からぶんどった領土である。

一向宗の寺院が林立している地域でもあり、下柘植小猿の報告によれば、今やそれぞれに門徒が立てこもり、一触即発の状態とのことだ。

あの徳川家康も三大危機の一つに数えられるぐらいには、一向一揆に苦しめられてるし、信秀兄さまも相当難儀させられているのだろう。

「おかげで信光の 弔(とむら) い合戦もできん」

「……そう、ですね」

その名に、ずきりと胸が痛み、返答がわずかに遅れる。

織田信光は、先日の矢作川の戦いで 殿(しんがり) を務め、善戦虚しく戦死してしまった信秀兄さまの片腕とも言うべき弟で、わたしの兄でもある。

史実では亡くなるのは弘治元年、つまり一五五六年であり、まだ一三年も後の話で、わたしが歴史を改変しなければ、亡くなることはなかったはずなのだ。

大泣きして、多少は心の整理もついたけど、やっぱりその名を聞くとまだつらいなぁ。

「まあ唯一の救いは、うまく連携が取れておらん事、じゃな」

「願証寺が統括するのはあくまで、伊勢、美濃、そしてこの尾張、ですからね」

三河の一向宗をまとめるのは、 上宮寺(じょうぐうじ) 、 勝鬘寺(しょうまんじ) 、 本證寺(ほんしょうじ) の、三河三ヵ寺と呼ばれる寺院である。

命令系統がまったく別であり、願証寺の命令を聞く義理はないのだ。

まあだからこそ、先の戦では助かったと言える。

金ヶ崎の信長ばりの即時撤退を決めた信秀兄さまの判断力は素晴らしかったが、もし願証寺の一向宗勢力と三河の一向宗勢力が密な連携をして撤退する信秀兄さまの軍に襲い掛かっていたら、織田本隊は壊滅していたかもしれない。

ほんと間一髪であった。

もっとも彼らにそれが出来たとは到底思えないが。

というのも――

「うむ、三河三ヵ寺も、各々好き勝手動いているようじゃしのぅ」

そう、この三つの寺にも優劣がなく、まとめ役がいないのだ。

いわゆる、船頭多くして船山に登るという状態である。

まともな連携行動などできるはずがなかったのだ。

まあ、その分、もぐら叩きっぽくなって別の面倒さはあるのだが。

「一つ一つは大したことなく各個撃破していってもいいのだが、わしとしては出来れば穏便に済ませたくもある」

「でしょうねぇ」

苦々しげに顔をしかめる信秀兄さまに、わたしも苦笑とともに頷く。

一向宗蜂起に参加している者たちは、言うまでもなく西三河の民たちである。つまり信秀兄さまの領民でもあるのだ。

自らの民を殺したり、恨みを買うようなことは出来る限り避けたいのだろう。

その後の統治や年貢高にも悪影響あるしね。

さらに言えば、やっぱ戦国時代というか、この時代の寺って要塞化していたりする。

特に三河三ヵ寺の一つ本證寺なんて、内堀・外堀に加え、土塁が張り巡らされていて、城郭寺院なんて呼ばれてるような場所である。

いざ攻めるとなれば、織田勢にも相当の被害が出るのは目に見えている。

織田包囲網が敷かれている今の 窮状(きゅうじょう) を考えると、確かに穏便に済ませるのが吉というものだった。

「と言うわけで、我が孔明よ、何か妙案はないか?」

「……はい?」

思わずわたしの口から間の抜けた声が漏れる。

頼られるのは悪い気はしないけど、わたしのことを振れば妙案を出す打ち出の小槌か何かと勘違いしてないか、このひと?

わたしはあくまで未来の知識を持っているだけの凡人で、そんな期待をされてもさすがに応えようが……

ん? 待てよ?

未来か。あるじゃないか。格好の奴が!

「一つだけ、あります」

わたしはピンッと人差し指を立てるとともに、ニッと自信ありげに口の端を吊り上げた。