作品タイトル不明
6話 友愛なる菌糸
灰ヶ峰とヨキの戦闘を配信しながら、鈴鹿たちはエリアボスを目指す。これから戦うエリアボスは灰ヶ峰がすでに戦ったことがあるため、場所を知っている。三人とスマカメは迷うことなくエリアボスへ向かった。
【ヨキちゃ……さんは狂鬼さんと一緒に戦ったりしないの?】
「はい。まだそのレベルには達しておりませんので」
【ヨキちゃんも相当だと思うけど……】
【ここ本当に3層5区だよね? 通常モンスターすら戦うの苦戦必至じゃないの?】
「私も何度も苦渋を飲まされてきました。精進した結果です」
精進(1か月)と視聴者である探索者の皆様からすれば極わずかな期間であるが、ヨキはその間5区の鬼たちに何度も殺されている。最初は通常モンスターである鬼たちに殺され、エリアボスすら見ることができなかった。そんな中、挫けず戦い続け今のふざけた強さの力を手にするにいたった。そのため、ヨキは通常モンスターであろうとも強く危険であることは知っている。
【灰ヶ峰様は魔法は使えるんですか?】
「ああ。見せる気はないがな」
【さすが灰ヶ峰様! 探索者たるもの全ての手札を晒すような真似はしないということですね!】
【実際狂鬼さんも全部のスキルを配信で使ってないと思うんだけど、あってる?】
「そうだね。俺の最強スキル、剣術は誰にも見せたことないね」
【え!? 狂鬼さん剣術スキル発現してるの!?】
【狂鬼さんの最強スキル!? もしかして剣神とか!!??】
【体術極めてるだけじゃなくて剣術も極めてるの!?】
鈴鹿の適当な発言に、コメントが沸き立つ。剣術スキルレベル5が荷が重そうにしているが、気にすることも無い。鈴鹿は武器が持てるようになったのだから。
そんなコメント達と会話しながら探索していると、灰ヶ峰があそこだと指をさす。見ればそこには3層5区で出現するモンスターたちが少し引くほどひしめき合っていた。
「え、あの集団?」
「そうだ」
鈴鹿がネタバレを嫌がることを知っているからか、灰ヶ峰はエリアボスの場所だけを伝え詳細は語らない。それは鈴鹿も望むところなので、灰ヶ峰に感謝だ。場所さえわかれば他の情報は不要である。
灰ヶ峰に礼を伝え、鈴鹿は一本の武器を取り出した。武器を持てるようになって久しぶりの相棒に選んだ得物。それは 刃写理山水(じんしゃりさんすい) からドロップした 捷疾羅刹(しょうしつらせつ) の 業(ごう) であった。強奪によって魔改造されたこの武器は、鈴鹿にとって素晴らしい性能となっている。
名前: 捷疾羅刹(しょうしつらせつ) の 業(ごう)
等級: 遺物(レリック)
詳細: 刃写理山水(じんしゃりさんすい) の 髄(ずい) を丁寧に削り出して作られた、究極の杖。魔を払い跳ね返すことができることに加え、一日に一度、任意の能力を杖に写し取ることができる。また、装備者に 韋駄天(いだてん) の 如(ごと) き 迅(はや) さを授ける。
捷疾羅刹(しょうしつらせつ) の 業(ごう) は、杖だ。杖といっても魔法使いが持つ様な杖ではなく、杖そのものを相手に叩きつけて使う武器の方の杖である。刃写理を彷彿とさせる白く美しい木材を芯とした杖で、上下の先には生命の息吹が感じられる新緑の 蔦(つた) が絡みついている。
鈴鹿は剣でも槍でもなく、杖を選んだ。理由はいろいろあるが、一番の理由は何も考えずに相手を殴りつけることができるからである。とても脳筋な回答であるが、長いこと徒手空拳で戦ってきたため、久しぶりの武器での戦闘はテンションがぶちあがること間違いなし。ならばひたすら力の限りぶん殴ればよい爽快な武器を選んだのだ。
一応そのほかにも、パーティのバランスを考えて選んだ部分もある。灰ヶ峰は剣で、ヨキは戦斧だ。鈴鹿も戦斧やハルバードを使ってみたかったが、ヨキと被るので断念。ヨキが雷鳥からゲットした『 召雷戦弓(しょうらいせんきゅう) 』も触ってみたいため迷ったが、今日ではない。そんなこともあって、羅刹の杖にしたのだ。
だが、今ではこの武器にして正解だと思っている。何故なら、この武器の能力である『任意の能力を杖に写し取る』という能力。これがべらぼうに強いからだ。
エリアボスからドロップするアイテムは、どれも相応の能力を持ち合わせている。例えば灰ヶ峰に渡した『 淵割(ふちさき) の 剣(つるぎ) 』は『所有者の潜在能力を解放し、技量を授ける』という能力を持っている。羅刹の杖は、この能力をコピーできるのだ。つまり、鈴鹿たちがエリアボスから得られた武器の能力を好き放題使えるという最高な杖なのである。
そして、鈴鹿が写し取った初めての能力は、1層5区のエリアボスである宿敵 狡妖猿猴(こうようえんこう) からドロップした『 千鈞棒(せんきんぼう) 』の能力。それは込めた魔力に応じて重さが変わるという能力。ぱっとしない能力に見えるが、重さとは力だ。魔力を込めれば込めるだけ重くなるという能力は、恐ろしい破壊力を生む武器となる。
【あれ、狂鬼さん武器持ってる?】
【さっき剣術の話してたから見せてくれるの!?】
「うん。今日はね。狂鬼チャンネル初の武器を使った戦闘だよ」
鈴鹿のダンジョン探索は金属バットから始まった。そして今、同じような打撃武器で再開される。鈴鹿には刃物よりも打撃武器の方が縁があるのかもしれない。
「じゃ、二人はこの辺にいてね」
「はい! 応援してます!」
配信に映らないように、ヨキと灰ヶ峰の周りに結界を張る。二人をモンスターから見つからないようにする結界だ。今日は武器を使って挑む久しぶりの戦いなのだ。エリアボスの気が二人に僅かでも逸らされるなんてことはあってはならない。
【あれ、狂鬼さんの武器って棒? それだと剣術意味なくない?】
【たしかに。たしか 杖術(じょうじゅつ) があったはずだけど、剣術ではないよね】
コメントの言う通り、羅刹の杖は金属バットや魔鉄パイプと違い、持ち手が片側に寄っているような杖ではない。杖の中央を握って扱う本物の杖だ。剣のように扱えるわけではないため、剣術が使えるとは思えない。しかし、鈴鹿には『武芸百般の極致』というどんな武器でも自在に扱うことができるスキルが発現しているため、問題ない。
鈴鹿は『魔封じの 藕糸(ぐうし) 』を使い『聖神の信条』を封じ、代わりに『武芸百般の極致』を解除する。まずは杖を使った戦い方を体感し、頃合いを見て『武芸百般の極致』を封じるのだ。
『聖神の信条』を封じ『武芸百般の極致』を解放した鈴鹿は、握っていた羅刹の杖を軽く振り回す。まるでバトンのようにくるくると高速で杖を回転させ、ビタリッと杖を停止させた。
「うん。悪くない。さて、お前はどんなエリアボスなんだろうな」
友愛なる 菌糸(きんし) :レベル192
鈴鹿の視線の先、そこには3層5区を闊歩するモンスターたちがひしめき合っている。しかし、そこに生き物らしさは感じられなかった。どのモンスターも 呆然(ぼうぜん) としている。フラフラとただ徘徊しているだけのモンスターたちは、まるでゾンビのようだ。そして、そんなモンスターたちはどれを見ても『友愛なる菌糸』と表示されている。
「すげぇ。 地砕龍(ちさいりゅう) に 尖烈龍(せんれつりゅう) 、それに 紺糸鍬形(こんしくわがた) に 赤糸兜(あかいとかぶと) までこんなにいっぱいいる」
どれもが3層5区の上位に位置するモンスターたちであり、これほどの数が一か所に集まっているのは通常ではありえない。モンスタートレインを起こしたとしても、これだけ上位のモンスターに偏ることもないだろう。まるでレアスポットだ。
【なんか滅茶苦茶不気味なんだけど……】
【どれも意識が朦朧としているように見られますね】
「『友愛なる菌糸』だって。どのモンスター見てもそう表示される。レべル192だし、どうやら今回のエリアボスは寄生タイプなのかもね」
鈴鹿の言う通り、地砕龍を見ても紺糸鍬形を見ても、どれも『友愛なる菌糸』と表示される。よく見ればモンスターの表面にカビのようなものが浮き出ていた。菌糸という名前からも、モンスターに寄生するエリアボスと見て間違いないだろう。
【うげ…… 冬虫夏草(とうちゅうかそう) かよ】
【どのモンスターもレベル192? てことは、こいつらってある意味エリアボスの大群ってことじゃないの?】
「はぁ~なるほどね。そうだと嬉しいね」
そう言って、鈴鹿は気配遮断を解除する。突如現れた鈴鹿に生気の感じられなかったモンスターたちが一斉に振り返るや、他を押しのけるようにして一目散に鈴鹿へと群がう。その様子はまさにモンスターの濁流。スマカメからはあまりにも恐ろしい光景に、悲鳴のコメントが鳴り響いていた。
「あぁ……本当に、この武器は最高だ」
モンスターたちの濁流に一切動じることなく、鈴鹿は 羅刹(らせつ) の杖に魔力を注いでゆく。ぐんぐん、ぐんぐん。まるでヨキが全力でモンスターたちを 屠(ほふ) ったように、いやそれ以上の魔力を羅刹の杖に捧げてゆく。
鈴鹿は高いステータスに加え、身体強化のスキルレベルが10もある。そのためかなりの力を持っているのだが、そんな鈴鹿でさえ重いと感じるほどに羅刹の杖の重量が増した。そんな杖を、鈴鹿が全力で薙ぎ払う。
押し寄せるモンスターたち。そこに羅刹の杖が衝突した。硬質な皮膚を持つ地砕龍も、 堅固(けんご) な鱗を纏う尖烈龍も、頑強な外骨格を 装(よそお) う紺糸鍬形や赤糸兜でさえ、羅刹の杖の一撃を防ぐことは叶わなかった。
全てをまとめて薙ぎ払う。皮膚は裂け、鱗は爆ぜ、外骨格は粉砕される。まさに 鎧袖一触(がいしゅういっしょく) の如く、羅刹の杖の勢いのままにモンスターたちが吹き飛ばされた。
それでも、モンスターたちは止まらない。次は俺の番だと鈴鹿へと迫りくる。その様子に鈴鹿は歓喜し、羅刹の杖の勢いを加速させモンスターたちへと叩きつけた。見た目にそぐわぬ異常な重量を誇る羅刹の杖。そんな羅刹の杖が高速で回転しているのだ。その慣性モーメントたるや。堅牢なモンスターたちに叩きつけた程度では微塵も減速する様子がないほどに、恐ろしい力が込められていた。振り回す鈴鹿からしても、モンスターを叩きつけたというよりは、発泡スチロールでも殴りつけたかと思うほどに抵抗がない。
そんな暴れまわる鈴鹿に、モンスターたちもただ群がるだけではなかった。 魔水蜂(ますいほう) が水の弾丸で弾幕を作り、 風鈴鬼蜂(ふうりんおにばち) が視認されにくい風の針を撃ち出し、地砕龍が地面を砕き鈴鹿の足場を破壊する。そこに間髪入れずに上空に飛翔した尖烈龍が翼を畳み鈴鹿めがけ特攻を 敢行(かんこう) し、地面を滑るように飛翔する紺糸鍬形が鋏を、赤糸兜が槍を構え突進した。
モンスターの物量に加え魔法の 斉射(せいしゃ) 。もはや隙などない攻撃に見えるが、鈴鹿にとっては肩慣らしにちょうどよい程度の攻撃であった。
今の鈴鹿は『武芸百般の極致』を解放している。これは、剣術、槍術、弓術などの武芸にまつわる全てのスキルがレベル9相当となる破格のスキルである。それ故、今の鈴鹿は杖術スキルレベル9と遜色ない動きができるのだ。当然、淵の番と鍛錬を積んだ体術の経験も持ち合わせる鈴鹿ならば、波状攻撃を喰い破ることなど造作もない。
足場が脆く崩れようとも、鈴鹿は何の影響もないといわんばかりに体勢を崩さず迫るモンスターへと肉薄する。赤糸兜の槍を羅刹の杖で破壊し、降り注ぐ魔法は羅刹の杖がモンスターたちへと反射した。上空から迫る尖烈龍を肌が触れるほどの距離で避けるや、鈴鹿を鋏で切断しようとする紺糸鍬形の攻撃を避けると同時に振り上げた羅刹の杖がその頭部を破壊する。そして、振り上げた勢いを殺さずに尖烈龍へと羅刹の杖を叩きつけた。
尖烈龍は何の抵抗もできず黒い煙へと変わり、地面に着弾した羅刹の杖が亀裂を生み地砕龍を含め多くのモンスターを飲み込んだ。非常識な重量に加え回転の勢いが込められた羅刹の杖の一撃は、地面を容易く陥没させるほどの衝撃を生み出した。
モンスターの大群との初回のぶつかり合いは、鈴鹿が完勝した。そして、先ほどまでの戦闘で鈴鹿は友愛なる菌糸の能力をおぼろげながら掴んだ。
それはモンスターの強化。3層5区に出現する通常モンスターは、最大でもレベル160までだ。しかし、先ほど戦ったモンスターたちは、それよりも大幅に強化されている雰囲気が感じられた。それこそ、表記されているレベル192相当まで強化されているのではないだろうか。
エリアボスと同等のレベルであるが、特殊な能力もないただステータスが増強されているだけのモンスター。それだけで十二分に厄介ではあるが、このクラスまで登り詰めた探索者ならば倒せない敵ではない。ましてや、鈴鹿からすれば大量のエリアボス並みのモンスターの群れというのは魅力にしか映らなかった。
「ただ強化するだけなんてしけたエリアボスじゃねぇだろうな!! はやく奥の手見せねぇと、お前の大事なモンスターは 悉(ことごと) く煙になっちまうぞッ!!」
鈴鹿の挑発に応える様に、モンスターたちの身体が肥大化する。不気味な異形となったモンスターの群れに、鈴鹿は羅刹の杖を構え突っ込んでいった。
◇
すごい。ヨキは思わずそう呟いていた。
ヨキの視線の先では、鈴鹿がモンスターたちの間を踊るようにして羅刹の杖を振り回している。羅刹の杖は一体どれほどの破壊力を内包しているというのか。モンスターたちは一切の抵抗も許されず、面白いように吹き飛ばされていた。
だが、ヨキが驚嘆したのは鈴鹿の攻撃力の高さにではない。あれだけの強化されたモンスターに囲まれて、なお舞う様に戦う鈴鹿の技量に驚嘆したのだ。
ヨキはエリアボスと戦う時、常に必死で戦っている。鈴鹿によってステータスとスキルが与えられたとはいえ、ヨキは人を殴ったことさえないただの女子高生だったのだ。そんなヨキが今ではエリアボスをたった一人で倒せるほど成長していること自体が異常なのだが、そんな異常な成長を遂げているヨキは常に死に物狂いでモンスターと戦っていた。
それはヨキにとっては当たり前の事だった。この世界で生きてきて、ダンジョンは命がけで戦う場所だということは知っていたから。だからこそ、一人でエリアボスに挑み何度も死のうとも、『やっぱりダンジョンは命がけで厳しい場所なんだ』、そんな風にしか思っていなかった。
しかし、今戦っている鈴鹿は違う。何とも楽しそうに、まるで遊んでいるかのように戦っていた。それでいて、戦いにいっぱいいっぱいな雰囲気は一切感じられない。ヨキのように死に物狂いで泥臭く、全身全霊でエリアボスを倒すような戦いではないのだ。卓越した技量が、鈴鹿に余裕を与えていた。
そのことに、ヨキは驚かずにはいられない。自分が戦っていたならば、あれほど余裕をもって戦うことなどできはしないから。出せるだけ斬撃を飛ばし、火魔法でモンスターの魔法ごと焼き尽くし、それでもすり抜けたモンスターから攻撃を受け、傷つきながら綱渡りの戦いを行うのだろう。
ヨキは一撃の火力は高いが、友愛の菌糸のような複数の相手だとガス欠を起こしてしまう。ヨキはまだまだ戦い方を学ぶ段階にいる。どのように立ち回れば良いのか、どのように魔法を使えばよいのか、それを戦いを通して学んでいる最中なのだ。
まだ発展途上であるが、それでも今の鈴鹿のような技量を手に入れるビジョンが浮かび上がらなかった。
「……狂鬼は、あれでまだ本気ではない」
灰ヶ峰が鈴鹿を見ながらヨキへと説明する。灰ヶ峰は狂鬼チャンネルだけでなく、鈴鹿と共に淵の番と修行を積んだ。しかし、ヨキは今初めて鈴鹿の戦闘を目にしている。同じパーティならば、鈴鹿の強さを知る必要がある。共に肩を並べる仲間の実力を。そう判断し、灰ヶ峰が口を開く。
「まず、狂鬼は自身の拳を硬化させるスキルを使った、無手での戦闘をメインにしている。武神も発現していると言っていたが、本気を出せばあのモンスターの集団も 瞬(またた) きの間に倒すことも容易だろう。その証拠に、狂鬼は2層5区のエリアボスである 泥濘戦機(でいねいせんき) と 二叉尾棘蠍(にさびとげさそり) を、ほとんど一撃で倒している」
それを聞き、ヨキの目が見開かれた。泥濘戦機は泥沼エリアのため接近するのも難しく、ようやく攻撃を加えても削ったそばから修復するタフネスさを持ったエリアボスだ。そして、棘蠍はヨキが倒すのに苦労したエリアボスである。地上に引き攣り出すのも大変なのに加え、硬質な外骨格はダメージを与えるのも難しいエリアボスであった。それらを一撃で倒している。その破壊力はヨキでは想像もしえない力であった。
「魔法では雷魔法が使える。だが、見てわかる通りこの戦闘では一度も使用していない。魔法が苦手ということもないはずだ。息をするように高出力の魔法を使うのを見たことがある。それでも使っていない。自分に縛りを入れているというよりも、この程度のエリアボスならば使う必要もないのだろう」
灰ヶ峰は雷鳥戦だけでなく、 大久野(おおくの) との戦闘で鈴鹿が雷魔法を使っているところを見ている。タメも無しに雷撃を撃ち続けられる鈴鹿ならば、近接戦闘中であろうとも行使するのは造作もないはずだ。しかし、それをしない。それは、戦う方法を自分で選べるほどに手数が多いことを意味しており、全ての手札を出さずともエリアボスを倒せるという現れであった。
「そして、魔法といえば俺たちを隔離しているこの結界。これは聖魔法だ。それも高レベルのスキルによるものだろう。だが、これについては深くは説明しないし、お前も他言はするな。狂鬼は聖魔法を意図的に配信に映していない。つまり、秘匿するべきと狂鬼が判断した魔法だ」
結界を行使できる魔法となると、聖魔法である。灰ヶ峰は鈴鹿が戦闘中に聖魔法を使っているのを見たことがない。だが、この結界一つとっても灰ヶ峰では理解できないほどに複雑怪奇なレベルの魔法であることはわかる。なぜならば、3層5区のレベルのモンスターたちに一切気取られることなくのんびりキャンプができるほどの性能なのだから。
しかし、灰ヶ峰は疑問に思う。鈴鹿は気配遮断のスキルがずば抜けて高いため、こんな結界を使わずともエリアボスすら撒くことができる。それは1層5区のエリアボス紹介をした動画を見ればわかることだ。つまり、気配遮断を使えばこんな結界が無くともダンジョンでキャンプなど余裕ということだ。それを裏付けるように、鈴鹿は結界を使わずにキャンプする様子を配信しているのだから。
にもかかわらず、高レベルの聖魔法。聖魔法は結界や回復、浄化など鈴鹿の性格とは相反するような性能の魔法だ。そのことから、灰ヶ峰は鈴鹿が聖神、またはそれに準ずるスキルを発現していると踏んでいた。
聖神と確信できない理由は、鈴鹿が武神を発現しているためだ。神のスキルが複数発現する。そんな話は聞いたことがなく、そもそも神のスキル自体発現することが 稀(まれ) なのだ。そんなスキルを二つも所有しているとは、簡単に断言することはできない。
そして、聖神に準ずるスキルについてはヨキにも共有しない。予測の段階だからということもあるが、鈴鹿自身が開示していない内容は仲間であっても知るべきではないと判断してだ。情報というのは、時に知らなくて良いこともあるのだから。
「そして何より、狂鬼の最大の武器は異常な回復力だ。お前も受けただろうが、たとえ瀕死であろうとも即座に回復させるスキル。それは狂鬼自身に対しても使用される。攻撃すら当てることもままならないというのに、桁外れの回復力。もはや即死以外で倒すことなど不可能だろう」
それはヨキも体感していた。何度も死んだはずなのに、気づけば鈴鹿が目の前にいて、元通りの元気な姿に戻っているのだ。大 火傷(やけど) を負っても、腕がもげても、猛毒に侵されようとも、串刺しにされ首が飛ばされたと思っても、不思議と何事もないように治っている。それはつまり、蘇生だけでなく超強力な回復魔法が使えるということだ。
ヨキは鈴鹿を敬愛しており、崇拝すらしている。そのため、死者蘇生という馬鹿げた能力についても『鈴鹿様だから』と大して気にも留めていなかった。だが、言われてみればそうだ。あんなモンスターの群れに囲まれても被弾すらしないというのに、やっとの思いでダメージを与えてもそんな事実はなかったとばかりに回復する。それは絶望と呼ぶに相応しい光景だろう。
そして、灰ヶ峰はあえて嘘の情報を伝える。聖魔法の件と同じだ。恐らく鈴鹿は即死攻撃を喰らおうとも死なない。その事実を、灰ヶ峰は秘匿する。あれこそが、狂鬼の異質な強さの原点だと直感しているから。
「最後に、狂鬼は未だ存在進化すら解放していない。しなくても勝てる、それが狂鬼の強さを雄弁に語っている。お前も自覚しているだろうが、存在進化の解放をすることで魔力の質が上がり、力が跳ね上がる。だが、常に解放し続けることも難しい。存在進化は探索者にとって奥の手であり、使いどころを見極める必要がある一手だ」
たかが通常モンスター相手に存在進化を解放してまで倒したヨキ。片やその何倍のモンスター相手に存在進化すら解放せず圧倒してみせる鈴鹿。その差はあまりにも大きい。
ヨキはようやく鈴鹿たちに追いついたと思っていた。鈴鹿たちが活動している3層5区まで来られるようになったのだ。鈴鹿と肩を並べられるなんて大それたことは思っていなかったが、パーティの一員としてスタートラインに立てた。そう思っていた。
だが、現実は非情である。必死に登り詰めたヨキは、鈴鹿がはるか先にいることを理解してしまった。
「両者の差。それを理解できるほどにお前は成長している。いや、成長などと陳腐な言葉では表せられないほどに、ヨキ、お前は恐ろしい速さで強くなっている。それは狂鬼も知るところだ」
しかし、灰ヶ峰は差を理解できることこそ、成長した証だと言う。
「俺からお前に教えられることなど、探索者としての常識だけだ。その知識はお前を高めるかもしれないが、同時に成長を阻害するリスクもある。お前は強く、狂鬼と肩を並べるに足る探索者だ。だからこそ、お前が必要と判断すれば教えはするが、そう思わなければ俺からお前に探索者のイロハを教えることは無い。お前は自分の判断を信じろ」
灰ヶ峰が教えられるのは、探索者としてのあるべき姿。しかし、狂鬼しかりヨキしかり、その常識がないからこそ非常識な強さを手に入れていると灰ヶ峰は考えている。ヨキが行った存在進化を解放してまでの一撃は、まさにそれだ。ピンチでもなく、強敵でもない相手への全力の攻撃など、探索者ならば絶対にしないような行動。しかし、全力の攻撃をしたとしても、あれほどの高出力な攻撃は普通の探索者では行いたくても出来はしない。何故なら、あの一撃には灰ヶ峰が行ったような魔力による斬撃の再現が含まれているのだから。
逆説的に、常に全力で戦い続けたからこそ、あの火力が出せるようになったともとれる。通常モンスターには最小限の攻撃をして魔力を温存するべきだ、などと能書きを 垂(た) れれば、ヨキの成長を阻害することに繋がりかねない。魔力の適切な運用を身に着けるのは必要不可欠であるが、歪だからこそ突出した力を持っているとも思えるヨキに対し、灰ヶ峰は慎重に言葉を選ぶ。
導くなど大層なことは考えていない。仲間だからこそ、成長の芽を摘まないように気を付けるのだ。
「…………感謝する」
絞り出すように、ヨキが礼を告げる。背中を押してくれている。それを理解していても、すんなりとは言葉が出てきてくれない。
ヨキにとって、灰ヶ峰という人物は複雑な相手であった。父親がゴミだったとはいえ、そんな畜生を利用してヨキを連れ去った組織の人間。末端の人間ならばまだしも、灰ヶ峰は運営に 携(たずさ) わっていた幹部の一人だ。つまり、ヨキにしたような人体実験を行うことを指示していた側の人間である。
あの時感じた怒りは、今なおヨキの深い深い心の奥底で、轟々と燃え続けていた。
しかし、今やその組織は鈴鹿によって壊滅されており、唯一の生き残りは同じパーティに所属している。いきなり攫われたあの冬の寒い日から、ヨキの心はぐちゃぐちゃだ。未だ心の整理などできるはずもない。ただ、鈴鹿の 側(そば) にいれば心が 安(やす) らぐ。鈴鹿という強大な力が、安心感を与えてくれた。だからこそ、ヨキはギリギリ正常を保てているのだ。
鈴鹿の側に居続けたい。その執着心にも似た 縋(すが) るような思いで、ヨキは心を繋いでいる。しかし、鈴鹿の側には灰ヶ峰もいた。灰ヶ峰を見ると、どうしてもあの時の怒りが沸々と湧いてきてしまうのだ。そして、そんな人物をすんなり信じ仲間だと受け入れられるほど、ヨキはまだ成熟してはいない。
「……過去について、俺はお前から許しを請うこともなければ、お前が俺を許す必要もない。だが、過去はどうあれ今は同じパーティを組んでいる。お前にも狂鬼にも、不義理を働くことは無い。俺を信じるのは難しいかもしれないが、狂鬼が仲間に加えたという事実は揺らがない。その一点だけで、俺を信じろ。お前にはそれができるはずだ」
「…………善処しよう」
灰ヶ峰の言うこともまた、ヨキは理解できる。いや、わかってはいたのだ。鈴鹿が灰ヶ峰を認めていることは。ただ、ヨキの中でまだ飲み込めていないだけ。
それでも、鈴鹿が灰ヶ峰を信頼しているのはわかっている。だからこそ、ここまでヨキも灰ヶ峰を受け入れているのだ。でなければ、今頃とっくに狂鬼の戦斧を取り出して殺していたことだろう。
ヨキは灰ヶ峰を今すぐ受け入れることはできない。それでも、歩み寄れるよう努力しよう。灰ヶ峰は鈴鹿が認めた仲間なのだから。鈴鹿に抱く様な友愛は絶対に無理であろうが、背中を預けるくらいはきっとできるはずだから。
鈴鹿の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。狂鬼チャンネルでは『精神汚染の笑い声』というタグが付けられるその笑い声も、ヨキにとっては心地良く安らぐ笑い声だ。
エリアボスの影響か、肥大化した異形のモンスターたちは恐ろしいまでにステータスが向上しているようだ。一体一体がエリアボス並みのステータスとなったモンスターたち。それでも、鈴鹿はその群れの中心で踊り続ける。久方振りの武器の感触を味わい尽くすように。破壊の権化となりて、モンスターを殲滅していた。
風鈴鬼蜂(ふうりんおにばち) と 紺糸鍬形(こんしくわがた) 、それに 赤糸兜(あかいとかぶと) が混ざり合ったキメラのようなモンスターが最後に出現するが、有象無象と変わりなく 羅刹(らせつ) の杖に蹂躙された。
キメラが巨大な黒い煙となり、鈴鹿へと吸い込まれていった。こうして、友愛なる 菌糸(きんし) はあっけなく討伐されるのだった。
Tips:友愛なる 菌糸(きんし) の攻略方法
友愛なる 菌糸(きんし) は明確な本体を持たないエリアボスである。友愛なる 菌糸(きんし) はモンスターに寄生し、その輪を広げる特性を持つ。そのため、友愛なる 菌糸(きんし) の生息域に活動するモンスター全てが、友愛なる 菌糸(きんし) と呼ぶことができる。個にして全、全にして個。それが友愛なる 菌糸(きんし) である。
特徴として、寄生したモンスターを強化することができる。行使できる魔法のレベルを上げることはできないが、単純にステータスが増強するため魔力も合わせて増加し、近接戦だけでなく魔法の威力も強化される。
友愛なる 菌糸(きんし) は特殊なようでいて、実にシンプルなエリアボスであった。広げた友愛の輪にいるモンスターを強化し、挑戦者へとぶつけていく。モンスターの数が減ればその分残ったモンスターに菌糸を多く張り巡らし、より強化をしていく。その過程で異形化することもあるが、能力は元になったモンスターから変わることもない。
故に、友愛なる 菌糸(きんし) の攻略方法は、ただひたすらに強化されたモンスターを倒し続けることである。最後には複数体のモンスターを繋ぎ合わせて強化した個体を生み出すため、注意が必要。生み出されたキメラは攻撃をしのぎ続ければ自然と身体が崩壊し自滅するが、全てのステータスが3層5区のエリアボスを凌駕するほどに高いため、優秀なタンク役がいると心強い。