作品タイトル不明
クロードと遭遇
サロンで茶葉にマカレアを入れたのはオドラン子爵夫人で間違いないだろう。
今日はエドガーに以前頼んだ仕事の報告を聞きに行くところだったから新たに何か分かることがあるかもしれない。
ミアに身支度を調えてもらい私が馬車に乗り込もうとすると、背後から声をかけられた。
「アリアドネ嬢、どちらにお出かけですか?」
「あら、リーンフェルト侯爵ではありませんか」
振り向かなくても声でクロードだと分かる。
テオドールに会いに来ていたのだろうか?
まあ、いい。後日説明する手間は省けるから彼も連れて行こう。
「街で人と会う予定がございまして。そうだ、この後のご予定がなければリーンフェルト侯爵もご一緒しませんか?」
微笑みながらクロードに尋ねると、彼は私の会う人物が誰か分かったのか「ええ」と穏やかに口にした。
「私もアリアドネ嬢にお話ししたいことがありましたので、ご一緒させてもらいましょう」
「では、私の馬車にどうぞ」
クロードを誘い、周囲に人がいないことを確認した後で私達は馬車に乗り込んだ。
一応、窓をカーテンで覆い、外から見えなくしておく。
「……会いに行くのは情報ギルドのエドガーですか?」
「そうよ。貧民街で起こっている不審死について分かったことがあるということで話を聞きに行くところだったの」
「貧民街のですか? 俺はてっきりオドラン子爵夫人の件でだと思っていたのですが」
「ん? オドラン子爵夫人の新たな情報があるのかしら?」
私が聞くとクロードは神妙な顔で頷いた。
「テオドールが言っていたのですが、以前あの子がオドラン子爵夫人がサロンから出てきたところを目撃していまして」
「よく出入りしているみたいだし、おかしくはないでしょう……」
「それが、周囲を見回してコソコソしていたようで……。不審に思ったテオドールが後を追っていき、離れた場所で彼女に声をかけたようなのです」
「また危ないことを……」
大人しいのに割と行動力がある子だ。
いつか危ない目に遭わないかと心配になる。
……いや、もうすでに一回遭っていたな。
「そこは俺も注意しました。……で、そのときにオドラン子爵夫人から甘い蜂蜜のような匂いがした、と」
「マカレアのような?」
「よく分かりましたね」
言い当てられると思っていなかったのか、クロードは目を丸くしている。
しかし、オドラン子爵夫人が匂いをまとっていたということは納品の時点では混ぜられておらず、後から混入させたということだろうか。
確かに花弁を乾燥させたら一般的な茶葉と見分けはつかない。
後から入れてもばれない。
「マカレアは毒もありませんし気にすることはないとテオドールも思ったそうです。ですが、その後サロンで飲んだラナン地方のお茶が以前飲んだときよりわずかに甘いように感じたことからオドラン子爵夫人が混入させたのではないかと」
「不審な行動を見ていたら疑いたくもなるわよね。……というかテオ様、マカレアのことといいやけに詳しいわね」
「姉上には秘密にしろと言われているのですが、二年ほど前から勉強を始めているんですよ」
二年ほど前、というと離宮で私達が誘拐された件か。
あそこで前フィルベルン公爵の罪が明らかになったのだったな。
まさか、そこから毒の勉強をしていたとは。
「姉上の手際の良さと知識に憧れたみたいですね。自分もアリアドネ嬢の手助けをしたい近づきたいと勉強をしていたんです。その甲斐もあって二年ほどですが結構な知識を持っていますよ」
「あら、それは将来が楽しみね」
私の言葉が嬉しかったのか、クロードは満足げに頷いた。
……違う。テオドールの話も重要だが、今はそこではない。
ついつい脱線してしまった。
「オドラン子爵夫人の不審な行動とその後を見るに彼女が混入させたのでしょうね」
「だと思います。なんのためにかは不明ですが……」
「……ナルキスの抽出液と反応させるためでしょう」
「となると、敵は上位貴族の子供を狙っているということになります」
「一応、上位貴族が日常的に飲んでいる食べているものも調べた方がいいわよ」
「……上位貴族を一掃するつもりだと?」
「分からないけれどね。単純に子供を狙うことで代替わりを遅くするのが目的かもしれないし」
「ですが……本当にやるでしょうか? 二十二年前の事件を知っていれば毒を用いることの危険性は分かっていると思うのですが。それに彼女は帝国と何の遺恨もない西方諸島の出身です。手を染める理由はないはずです」
同じ手を二度も使うはずがないというこちらの意識を利用しているとも考えられる。
それに……。
「そもそもオドラン子爵夫人は西方諸島の出身ではないと思うわ」
「え?」
「覚えているかしら? セシリア皇女殿下の侍女であるデリアが『空飛ぶ鷹のように視野広く、海泳ぐ鯨のように大らかに。本物を見る目を鍛えなさい』と母親が言っていたと口にしていたでしょう?」
デリアと会話したときのことを思い返していたのか、クロードは少し考え込んだ後に頷いた。
「あれは私の母方祖母の母国で使われていた家訓と同じだったわ。家ごとに違うのだけれど、動物に例えて自分たちもそうあるべきだというものね」
「姉上の祖母というと……旧ラギエ王国の」
「そう。三十年前に内乱で滅んだ国のね。私は夫人とデリアの母親が旧ラギエ王国から逃げ延びた貴族だと思っているわ」
「待ってください。そうだとしてどうして嘘をつく必要があったんですか?」
「本人達に隠したいものがあったからじゃないかしら? 尤もデリアの方はヒントを言っていたことからそうではないと推測するけれど」
あの場であの言葉を言ったのは、クロードに気づいて欲しかったからではないだろうか。
実母ではないものの、ベルネット伯爵家に居たのだから私の祖母と交流があったと考えたとか。
実際は交流なんてなかったから、クロードは気づかなかったけれどね。
ただ、そうまでしてもオドラン子爵夫人が嘘をついていることを伝えたかった。
「仲間割れでしょうか?」
「さあ? さすがにそこまでは分からないわ。けれど、旧ラギエ王国出身ならナルキスを所持していたとしてもおかしくはないでしょうね」
「そんな大それたことをする女性には見えませんでしたが……」
「自分の利益のためなら人はどんな風にでも変わるものよ」
良い方にも悪い方にも。
クロードは何ともいえない顔で黙ってしまったが、タイミングよく馬車が到着したことで話は一旦終わることになった。