作品タイトル不明
悪意の散布
「体調が悪いの?」
休日の昼食後、セレネと過ごそうと彼女の部屋に行った私は侍女であるリサからそう伝えられた。
寒暖差のある季節だから体調を崩してしまったのだろうか。
「胃が気持ち悪いとのことでして……」
「主治医は呼んだのよね?」
「はい。朝に伝えておりますので、もうじき診察に来ると」
「気持ち悪さだけなのよね? 他に熱とか体の倦怠感だとか呼吸のしにくさだとか手足の震えなんかはあるのかしら?」
矢継ぎ早になる私の問いにリサは驚きながらも答えようと口を開く。
「特にそちらの症状は出ておられないようです」
最近のセレネは私の噂話をかき消すため生徒達のお茶会に頻繁に出席していたから、一瞬、セシリア皇女や貧民街の件が頭を過って不安になってしまった。
「そう……。ところで面会はできる状態なのかしら?」
「それが……。弱っている姿を見せたくないと」
「あの子らしいわね」
具合が悪くても変わらないと思い、私は苦笑する。
強がるくらいだから、本当に軽いものなのかもしれない。
ホッとして視線を下げると、リサが手紙を持っていることに気が付いた。
「リサ、その手紙は?」
「実は、本日エレディア侯爵家のミランダ様よりお茶会に招待されておりまして。体調不良で欠席することをお伝えしようと」
「ああ、そういうこと……」
話を聞いて納得はしたが、ミランダは体調不良であれば仕方が無いと思うような相手ではない。
ここぞとばかりに被害者ぶってあれこれ吹聴しそうな気がする。
(今日は何も用事がないし、代わりに私が出席しようかしら)
私に来られても嫌だろうが、後から色々言われるのも面倒だ。
代理で行くことを決めた私はリサの手から手紙を抜き取る。
「アリアドネ様?」
「私が代わりに行くわ。時間は何時から?」
「よろしいのですか?」
「用事がないから平気よ。四大名家の招待だから後々面倒になりそうだし……。だったら私が行くわ」
「……畏まりました」
リサはどこか不安げな表情を浮かべている。
セレネもテオドールもいない場であれば、ある程度無茶もできるし問題ない。
「お茶会は二時からになります。場所はサロンで行われるとのことです」
「では急いで準備をしなければね。ミランダさんに知らせを出しておいてもらえる? ミアには私が伝えておくから、頼むわね」
そう言って私は自分の部屋に戻り、今あったことをミアに伝える。
彼女も心配そうな表情を浮かべていたが、行くと決まっているならとかなり気合いを入れて私の用意をしてくれた。
紫のドレスに着替えた私は、ミアの応援を背に受けながら馬車に乗りサロンへと向かう。
さほど時間もかからずにサロンに到着し、個室部屋の入り口にいる使用人に招待状を見せた。
同時にセレネが急病で来られなくなったことと、私が代理で来たことも伝えるとすぐに使用人はドアを開けてくれた。
私が個室に入るとミランダを始めとする令嬢達は会話を止めてこちらを凝視しだした。
訝しげに私を見ている中、我に返ったミランダが口を開く。
「招待したのはセレネさんであって貴女ではないのだけれど……。ですが、急病ですから仕方がありませんね。私達は構いませんが、趣味や好みが違いすぎますから……。ねぇ?」
ミランダはチラリと令嬢達を見て小憎たらしく笑う。
要は自分達の会話に入って来られるほど私に知識がないと言いたいのだろう。
初っぱなから言ってくれるではないか。
「趣味や好みが違ったとしても、自分の知らない世界を知ることは己の成長に繋がることだもの。悪いことだとは思わないわ。相手の価値観を認めるということは大事なことだと思うもの」
「アリアドネさんはご立派な考えをお持ちですのね。それをご自身で実行されていれば、のお話ですが」
「常に出来ているわけではないけれど、そうありたいと思っているわ。……それで、先ほどまでどのようなお話をされていたのかしら?」
言い合いをするために来たわけではない。
こちらはさっさと終わらせて、適当に会話に相槌を打って無難にこの場を乗り切りたいのだ。
ミランダはまだ言い足りないような空気を出していたが、彼女も多少は理性が残っているのか私から視線を外した。
「……新入生歓迎パーティーのときのお話をしておりましたのよ」
「ああ、あのときのミランダさんのドレスはマダムシュゼットのデザインのものだったわね。上品で優雅なドレスはミランダさんに良く似合っていらしたわ」
ミランダは信じられないというような目で私を見ている。
どこのドレスかなんて分からないと思っていたのだろうか。
「確かに、マダムシュゼットのデザインのものだけれど、どうしてご存知なのですか? どこのものかなどお話ししておりませんのに」
「裾に広がるように施された刺繍の模様で分かったわ。あれはマダムシュゼットのドレスの特徴だもの」
「……アリアドネさんはそういったことにあまりご興味がないものとばかり思っておりました。意外ですわ」
なんとも失礼な言葉であるが、それが他人から見た私の印象ということだ。
まあ、私も表立って誤解を解こうとしていなかったから仕方ない。
「私も人並みに興味は持っているわ」
「そうでしたのね。でしたら、他にどういったことにご興味があるのですか?」
「刺繍や歴史、読書に紅茶……といったところかしら」
「あら、アリアドネさんも紅茶がお好きですのね。私もです。詳しいのですか?」
可愛らしくミランダは微笑んでいるが何か企んでいる目をしている。
一体、何をするつもりなのか……。
「……飲んだことのあるものであれば分かる程度ね」
「まあ、本当に? でしたら、今日の紅茶がどちらのものか当てることもできるのかしら?」
「飲んだことがあれば可能だと思うわ」
ニヤリと笑ったミランダは給仕に紅茶を淹れるように命じる。
彼女の雰囲気から察するに今日の紅茶は珍しいものなのだろう。
外した私を笑いものにしてやろうという意思を感じる。
他に娯楽がないのかと呆れてしまう。
そうこうしている内に給仕が淹れた紅茶が私の前に置かれる。
「さあ、どうぞ」
ミランダの意図に気付いた令嬢達も目を輝かせて私を見ていた。
私はそれらの視線に気付かないふりをして紅茶を口に含む。
紅茶の味を舌で感じた瞬間、私は僅かに眉根を寄せた。
(……純粋なラナン地方の茶葉ではない。マカレアが混ぜられている。甘さと蜂蜜のような匂いを消すためにケナの葉も入っている)
ケナの葉だけでは消しきれない僅かな匂いが残っているから間違いないだろう。
だが、顔に出してはいけないとそのまま何事もなかったかのように飲み、カップを置く。
「いかがでしょうか?」
目を細めて私の言葉を待つミランダ達の顔が目に入る。
とにかくまずは彼女達の問いに答える方が先だ。
「……恐らくだけれど、ラナン地方の茶葉かしら?」
「あら……」
残念そうな口ぶりから察するに合っていたらしい。
当てたのだから、今度は私の質問にも答えてもらおう。
「サロンで出されているから最高級のものだと思うけれど、皆さんはよく飲まれているのかしら?」
「ええ。数が限られている貴重な茶葉ですもの。我が家でも手に入れるのは大変ですから、学院のサロンで見つけたときは本当に嬉しくって……」
「上位貴族のみのメニューにしかありませんから、ミランダ様のお蔭で貴重な紅茶を頂けて感謝しております」
「あら、いいのよ。大切な友人と貴重なものを共有するのは大事なことですもの」
「ミランダ様……」
私に対する態度はアレだけれど、自分に懐いてくれる人に対しては寛大なのだな。
大事なことが分かっているということか。私に対してはアレだけれど。
などと思っていると個室の扉をノックする音が聞こえてきた。
全員がピタリと会話を止めて扉の方を見つめる。
少しして扉の向こうからオドラン子爵夫人が室内に入ってきた。
「あら、オドラン子爵夫人ではありませんか。どうなさったのですか?」
「サロンの方に用事があって伺ったらミランダ様がいらっしゃると耳にして挨拶に参りましたの」
「お忙しいでしょうに、わざわざ足を運んで頂いてありがとうございます。いつも私達のために働きかけて下さって、何不自由ない学院生活を送れるのは夫人のお蔭ですわ」
「とんでもございません。私の働きなんて微々たるものです」
サロンの管理を任されているわけでもないのに、個人が主催するお茶会に顔を出すのは普通はやらない。
相談役という立場だったら普通なのだろうか?
それにミランダと話しているはずなのに、やけに私の方を気にする素振りを見せている。
慌てているようにも見える。
飲んだ紅茶に混ぜられたものが分かった今となっては怪しくて仕方が無い。
「何を仰るのですか。オドラン子爵夫人に相談したことで気分が軽くなったと口にする生徒は多いのですよ」
「それは皆さんが答えを持っていらしたからです。私はただ背中を押しただけなのです」
「本当に謙虚な方でいらっしゃいますね。あとそれだけではなく、不眠で悩んでいる生徒に愛用のハーブティーを分けて差し上げたとか。よく眠れるようになったと本人が口にしておりましたわ」
「……私も不眠に悩んでおりましたので、少しでも助けになればという思いからだけだったのですけれど」
話を聞く限り、生徒達からの信頼は絶大のようだ。
私に対してはアレな態度を取るミランダがこれでもかと褒め称えている。
褒められているオドラン子爵夫人は多少恥ずかしそうにしていたが「ところで」と私の方を見て口を開いた。
「アリアドネ様がいらっしゃるのは珍しいですね。四大名家のご令嬢同士、仲良くなられたようで嬉しく思います」
「ああ、違いますわ。セレネさんを招待していたのだけれど、急病で……。なので代理でアリアドネ様が来られたのです」
「まあ、そうなのですね……ですが、お話が盛り上がっていたようではありませんか。外まで楽しそうなお声が漏れていて微笑ましいと思っていたのですよ?」
「彼女は紅茶がお好きとのことだったので、紅茶を飲んでどちらの産地のものか当てるというゲームをしておりましたの。ラナン地方の茶葉だと言い当てられてしまいました」
「凄いですね。本当に詳しくていらっしゃるのですね」
オドラン子爵夫人の言葉にミランダは苦笑する。
笑いものにしようとしていたのに、それができなかったという悔しさを滲ませている。
対してオドラン子爵夫人は私に視線を向けてニッコリと微笑みを浮かべた。
「ラナン地方の茶葉は希少ですけれど、お味の方はいかがでした?」
「特徴の軽い渋みと酸味がほどよいバランスで美味しく感じました」
私の答えにオドラン子爵夫人はどこかホッとしたような表情をした後で満面の笑みを浮かべた。
その表情に違和感を覚えた。
大体、自分の領地のものでもないのに四大名家の令嬢に聞くものだろうか。
「そういえばフィルベルン公爵家はラナン地方の有名な商人と取り引きがありましたね。だから、味をよくご存知だったのですね」
「ええ」
「どうでしょう? ご自宅で飲まれているものと違いなどありましたか?」
微笑んでいるはずなのにオドラン子爵夫人の目は笑っていない。
黒目が僅かに揺れている。額が汗ばんでいる。上手く取り繕って隠そうとしているけれど動揺しているのが分かる。
彼女の様子からこれが本当に聞きたかったことだと気付く。
「酸味や渋みに差はあると思いますが、恥ずかしながら私の舌ではそこまで分からなくて……」
「時期によって香りにも違いが出ると聞いたことがありますけれど、大きくは変わらないのでしょうか?」
「早摘みのものはそこまで香りませんね。ですので、こちらもそうなのではと思ったのですが」
「正解です。凄いですね」
私の言葉を聞いてオドラン子爵夫人は安堵の表情を浮かべた。
彼女の態度から私は想定していた二つの内、ひとつを消去する。
匂いに関して質問し、私の答えに安堵したということは、確実にこの茶葉に混ぜられている件についてオドラン子爵夫人が関与している。
だから、中に混入しているものを私が分かったかどうか気になった。確かめようとここに来た。
セシリア皇女や貧民街のことは関係あるかは分からないけれど。
中に混ぜられたものを知って、毒に詳しいという私を味方に引き込もうとするなら安心などしないはず。
私が気付かず表沙汰にならない、計画に支障がないと判断したからホッとした。
平和な日常を送っていたから鈍ったと思っていたが、私の嗅覚は衰えていなかったようだ。
ここまで分かればもうこの場に用はない。
私は軽く微笑みを浮かべながら口を開いた。
「ありがとうございます。もう少しお話ししていたかったのですが、セレネの具合が気になるのでそろそろ失礼させて頂きますね」
「ええ。セレネさんによろしくお伝え下さい」
「もちろんです。またセレネを誘ってあげてちょうだい。それでは」
失礼します、と言って私はその場を後にした。
馬車に乗り、揺られながら私は考えをまとめていた。
たまたまマカレアが入っていただけかもしれないが、特徴を消すケナの葉が入っていたことを考えるとその線はない。
明らかに目的があってマカレアを入れていた。
(わざわざ確認に来たのだから、オドラン子爵夫人が関わっているのは確かよね)
だが、こんなに分かりやすいことをするだろうかという疑問点もある。
オドラン子爵夫人の態度は疑ってくれと言っているようなものだ。
バレないという自信があるのか、バレたところで計画に支障がないからか……。
セシリア皇女の侍女であるデリアの言葉を信じるなら、彼女は旧ラギエ王国の人間。
記憶喪失と言っているが、それを証明するものは何もない。
(旧ラギエ王国の復讐であれば、自分の命を引き換えにして完遂する覚悟があってもおかしくはない……)
エドガーの調査で分かると思うが、手遅れになる前にどうにかしなければ。
何にせよ大きな計画が水面下で動いているのは間違いない。