作品タイトル不明
最初から欲しかった
翌日。
ブレンナールの店に、私は古参のメンバーを集めた。パージ、ミシェル、ナタリー。創業期からの三人だ。
事の顛末を一通り話し終えると、案の定、パージが立ち上がった。
「おいおいおい! 冗談じゃねえぞ! こんな奴らと一緒になるなんて」
「そんなこと言わないでよ、パージ」
「でも、よォ」
「みんな、ものすごく反省してるわ。もう悪いことはしないって」
パージは納得しかねるという顔で、店の隅に並んだロザリー一味を睨んでいた。古参の三人が戸惑うのも無理はない。つい先日まで、私達の店を潰そうとしていた相手だ。
その戸惑いに対して、最も早く頭を下げたのは――意外にも、トーマスだった。
引きずる片足で前に出て、彼は深々と腰を折った。
「旦那。今まで、盗んだりなんだり……本当に申し訳ありませんでした」
「……」
「どうか、この通り。勘弁して下せえ」
パージが、ぽかんと口を開けた。あの粗暴だった男が、こうも素直に頭を下げるとは思っていなかったのだろう。
「あっしはどうやら、姉さんの頭突きで目が覚めたようです」
「頭突き!?」
パージが私を見た。
「私の方が年下でしょ?」
トーマスは、にやりと笑った。
「いえ。アッシにとっちゃ、惚れた女はみんな姉さんなんで」
私とトーマスのやり取りがあまりに親しげだったのか、パージは唖然としていた。それから、私の顔をまじまじと見た。
「ガブリエル、その頬の傷……まさか」
「ちょっと、兄弟喧嘩しただけよ。ねえ、兄さん」
「姉さん、喧嘩強すぎですわ」
「…………」
パージは何も言えずにいる。私はその隙に、畳みかけた。
「ナタリーもミシェルも、いいでしょう?」
すると、マリアが進み出て、丁寧に頭を下げた。
「ナタリーさん、ミシェルさん。よろしくお願いします」
ナタリーが、ちらりとミシェルを見る。
「が……ガブリエルさんがいいなら、構わないわよね」
「う、うん」
ミシェルも、おずおずと頷いた。
「じゃあ、決まりね」
「わ、わかったよ……」
パージが、根負けしたように頭を掻いた。まずは、古参メンバーの承認が取れた。
店の中央に机を寄せ、新しい体制についての会議を開いた。古参と新参が、初めて一つのテーブルを囲んでいる。少し前なら、考えられなかった光景だった。
「ロザリー、トーマスさん、ヴィンセントさんは、引き続き工場を動かしてください」
「その件だけど、ガブリエル」
ロザリーが、少し言いにくそうに切り出した。
「ジャックが工場で働いてるんだけど、いいのかい?」
元夫の名が出ても、私の心はもう、さざ波ひとつ立たなかった。
「ええ」
私は、にっこり笑った。
「どんどん、こき使っていいわ」
一同が、ぎょっとした顔をした。
「でも」
私は付け加えた。
「もうちょっと、工場の労働条件は良くした方がいいわね」
「そうですかい?」
トーマスが首を傾げる。
「私も色々調べたんだけど、産業革命が起きたグラナスでは、工場での過酷な労働が原因で、労働争議っていうのが起きてるんですって」
「労働争議?」
「労働者が団結して、工場を止めてしまうことよ」
「ほう……」
「そうなると、こっちが逆に大変なの。だから、先に手を打っておきたいの」
「なるほど」
「うちはね」
私は、テーブルを囲む全員を見渡した。
「お客様にも、もちろんだけど――従業員にも、幸せになってほしいのよ。ガブリエル商店の商品を作ることに、喜びを感じてほしい」
「さすが姉さん!」
トーマスが、嬉しそうに胸を張った。
「アタシはどうすればいいんだい?」
マリアが訊いた。私は少し考え込んだ。
「そうねえ。マリアはこのまま、一号店で働いてくれてもいいけど」
「一号店?」
パージが口を挟む。
「前の店をブレンナール一号店、この店を三号店にしようと思うの。王都の店は二号店ね」
頭の中で、点が線になっていく。三つの店と、一つの工場。私達の版図は、いつの間にかそれだけ広がっていた。
「あのっ、ガブリエルさんに、相談が」
ナタリーが、遠慮がちに手を挙げた。
「あら、なあに、ナタリー」
「言いにくいんですけど……私、働けなくなりそうなんです」
「ナタリー……俺が言うよ」
ミシェルが、彼女の前に出た。耳の先が、赤くなっている。
「実は、ナタリーには……僕の子供が、ですね」
私は、思わず目を見開いた。
「あなた方が付き合ってるのは知ってたけど――ついに、子供ができたのね」
「はい。来月、結婚します」
ミシェルが、はっきりと言った。
「おめでとう、ミシェル、ナタリー」
私は、心から笑った。そして、自然と手が動いていた。
拍手が、店に響く。
戸惑いながらも、ロザリーとマリアが続いた。トーマスとヴィンセントも、ごつい手を打ち鳴らす。乾いた音が、いくつも重なって、店いっぱいに満ちた。
ミシェルとナタリーは、創業期からのメンバーだ。
結ばれた二人に祝福を送りながら、私は胸の隅に、ほんの少しの寂しさが灯るのを感じていた。
すべての物事は、変わっていく。人も、世の中も。
「そういうわけで」
ミシェルが、改まって言った。
「ナタリーは、仕事を辞めさせていただきたいんです。それと、僕も……王都の店で働くのは、難しくなりました」
「うん」
「ナタリーの実家の近くで家を借りて、子供を育てたいと思っています。だからどうか、このままブレンナールで働かせてもらえないでしょうか」
「もちろんよ」
私は、即答した。
「ナタリーも、これまでお疲れ様。本当に、ありがとうね」
「ミシェルのお給金も上げるから、生活の心配はしないで」
「ありがとうございます!」
ナタリーの目が、潤んでいた。
「だったら、俺もブレンナールに残りてえな」
パージが、ぼそりと言った。
「ミシェルと一緒に物を作るのが、好きだからよ」
「わかった。ブレンナールをよろしくね、パージ」
ひとつ、ひとつ、居場所が決まっていく。創業の二人が抜けて、王都店に、ぽっかりと穴が空いた。
寂しさは、本物だった。けれど、そのすぐ裏側で――待っていた椅子が、ようやく空いた。
「でも、王都の店が寂しくなるわね」
ぽつりと、私は言ってみせた。
「新しいスタッフも、探さなきゃ……」
――本当は、探す必要なんて、なかった。
初めてブレンナールであの子と会ったときから、私は気づいていた。布を見るときの、あの目。生地に触れる、指の運び。値踏みでもなければ、世辞でもない。作り手の目だった。
ロザリー一味に単身乗り込んだのも、ただ店を取り戻すためだけじゃない。工場も、商圏もほしかったのは確かだけれど――本当にほしかったのは、たった一人。
この子だ。
「そうだ、マリア!」
声に出した瞬間だけは、たった今思いついたふりをした。マリアが、びくりと顔を上げる。自分が一番の本命だったなんて、この子はまだ知る由もない。
いつかきっと、この子の仕立てた服が、ガブリエル商会の顔になる。
なぜだか、私にはそんな確信があった。
「あなた、王都店に来てくれない!?」