作品タイトル不明
ワインを片手に
テーブルに、ワインのボトルとチーズが並べられた。
部屋の壁には、ミランダと子供達を描いた絵が飾られていた。明るい光の中で、養子たちが彼女を取り囲んでいる。給仕がワインを注ぎ、子ども従者たちは壁際に控えている。
ミランダは慣れた手つきでグラスを差し出した。
「それにしても、あの婆さんから八億Rもの債権を相続するとはね?」
私はグラスを受け取った。
「どうだい? 基金の設立なんかやめて、その債権、私に預けてみないかい?」
「……」
「あたしならきっちり回収してみせる。利子もしっかり取った上でね」
私は動揺せず、ワインに口をつけた。
「債務者のほとんどは貴族だろ? 例え回収できなくても、それをネタに色々頼めそうだしねえ」
夫人がさもおかしそうに笑った。
「私はカトリーヌ夫人の名誉を守るために基金を作るのです。そんなことさせられませんよ」
私は微笑んだまま断った。
「ふん、死んだ人間に何が名誉だ。死んだら、何も残らない。終わりだよ」
夫人が手をひらひらと振った。
「では、夫人はなんのために孤児院経営をしているのですか?」
「あたしゃあ、商売の一環だよ」
夫人がニカっと笑った。
「信じられるのは家族だけだからねえ」
人差し指を立てて、夫人は続けた。
「世の中にいるのは——」
私を指した。
「敵か」
子供たちの方を向いた。
「家族か」
シェフとメイドの方に視線を流した。
「使用人。それだけだけなんだよ」
──なるほど。
私はワインを口に運んだ。
「夫人は信じられる人間を増やすために孤児院を経営し、みんなの母親になっているんですね」
壁の絵の中で、ミランダが子供たちに囲まれている。
──ガブリエルは感心した。
──彼女の思想の是非はさておき、彼女は明確な世界観を持っている。
──そのような人間に会ったのは、初めてだった。
「ミランダさんの話は面白いわ」
私は素直に言った。
「私をワインに誘ったのは、敵と酌み交わすためですか?」
「そうかもしれないねえ」
夫人がグラスを傾けた。
「ただ、そうであれば基金の話は聞けねえな」
「……じゃあ」
私はグラスを置いた。
夫人を真正面から見た。
「私を養子にしてくれますか?」
ミランダの動きが、止まった。
しばらくの間があった。
それから、夫人が爆笑した。
「あははははははははは、お前幾つだよ」
子供たちも目を丸くしている。
「今年で二十八になりますが?」
「なんで、お前みたいな年増の女を子供にしなきゃならねえのさ」
夫人がゲラゲラ笑った。
それから、ふっと笑いを納めた。
腰に手を当て、立ち上がる。
「使用人だよ。ガブリエル、お前が私に降って私のために働くってのなら、基金の話は受けてやる」
夫人が私を指した。前のめりに、屈服させようとする圧力で。
「じゃなきゃ、お前は敵だ。そして私は敵に容赦はしねえ」
「うわーーー、こまったなあ」
私は大袈裟に頭を抱えた。
「……何がだよ」
夫人の眉が、ほんの少し下がった。
「私はどうしても、夫人を敵だとは思えないんですもの」
「は?」
「でも、使用人ってのも難しいわ。だって、私には自分の店があるし、カートライト商会に雇われてる身分でもある」
夫人は呆然と見ていた。
「年増で子供になれないんだったら、可愛い妹分として——」
私は両手を顔の横で組み、こてんと首を傾けた。
「どうですか? お姉様」
「お前、何が狙いだよ」
夫人が、片目を細めた。
「本当に、基金のためだけに来たのかい?」
「私、あなたの娘のロザリーさんに夫を取られたんです。そして、私が長年頑張ってきたお店も」
「聞いてるよ。当時、ロザリーは大したもんだと思ったね」
「だから、私、あのお店を取り戻したいんです」
「なるほど」
「そのために基金を作って、ブレンナールの街に影響力を持ちたいと思ったんです。あなたのように」
「悪い女だね」
夫人が苦笑した。
「さっきはカトリーヌの婆さんのためと言ってたじゃないか」
「私は一石で何羽でも鳥は落としたいので、矛盾するとは思ってません」
夫人がしばらく私を眺めた。それから、ふっと息を吐いた。
「ロザリーには、どうやっても返せない借金を背負わせた。あの店は次期にアタシのものになり、生涯売上の一割を私に納めさせるつもりだ」
「売上の一割……厳しいですね」
「親のために、子供がそれぐらいするのは当たり前さ」
「もし、私がその借金を全て返し、その上であなたに生涯、その店の売上の一割を渡すと言ったら」
「なんだよ」
夫人が顎を上げた。
「やっぱ使用人になるってことかい?」
「いいえ」
私は首を振った。
「私は、あなたから学びたいのです」
夫人が、しばらく私を見ていた。
それから、子供を呼んだ。
「養子縁組の契約書を持ってきてくれないかい?」
「!」
「さっき、年増は子供にできないって……」
「私は他人には何も教えない」
夫人がワインのグラスを置いた。
「教えるなら、子供にするしかないだろ」
子供が、契約書を持ってきた。
夫人がペンを取って、私に差し出した。
「お前が本気なら、サインするんだね」