作品タイトル不明
随分な屈辱
店の前で、私は封筒に入った書類をロザリーに渡した。
「こちらが契約書よ。他にも必要な書類があるから、用意しておいて」
「では、三日後ブレンナールで会いましょ」
「分かったわ」
ロザリーが頭を下げ、馬車の方へ歩いていく。
その時、馬車の脇に控えていた少年が、彼女のためにステップを下ろした。よく見える位置で、彼の顔が日に晒される。
「!?」
エレナが店から出てきた。
「大丈夫だった!?」
「お金を貸すことにしたわ」
「は、なんでそんなことに!?」
私はエレナの腕を引いて、馬車の方を顎で示した。
「ガブリエル! あの子、クレシェント夫人といた子ね!?」
「ええ」
エレナが手で口を覆った。
「ってことは、クレシェント夫人があなたにお金を借りに来たということ!? 意味わからない!」
──いや、あの様子。本当にクレシェント夫人の命令で借りにきたのかも。
ロザリーは追い詰められているようだった。だが、夫人がお金が必要だとは思えない。これは何かのテストだったのかもしれない。
──ロザリー、もしくは私を試すため?
「エレナ、あなたが知っているクレシェント夫人の情報を全部教えて」
「!?」
「彼女は、私たちに何か仕掛けてくるつもりよ。だったら、その前にこっちも動く!」
「分かった。少し怖いけど、全力を尽くすわ!」
「ありがとう、エレナ」
◇ ◇ ◇
「店を担保にしろだって!?」
クレシェント夫人の屋敷で、夫人がパイプを口から離した。
「私はママとの約束を守ったよ!! これでいいでしょ!!」
ロザリーは興奮していた。屈辱を耐え抜いた直後の、奇妙な高揚があった。
夫人がしばらく彼女を眺めて、ため息をついた。
「それは、金で店を売ったというのと、ほとんど変わらないんだけどねえ」
「?」
「まあいい。だったら、金は私が貸してやる。あんたら全員で、必死に頑張るんだね」
「ママが貸してくれるの!?」
「ああ。ガブリエルと同じ条件で一〇〇〇万Rだ。それを運転資金にしな」
「だったら、最初からママが貸してくれれば良かったのに」
「言ったろ?」
夫人が口の端を上げた。
「あんたに余計な自尊心を捨てさせたかったのさ」
「……随分な屈辱だったよ」
「あと、そのガブリエルってのの考え方も知りたかった。なかなか手強い相手だね」
夫人が顎をマリアに向けた。
「マリア、商売はアンタが仕切りな。ロザリーじゃ無理だ」
「はい」
「……今だってそうしてもらってるわよ」
ロザリーが小さく言った。
「あと、ロザリー」
「何」
「あんたらの養育費の支払いも残っている。それも含めて、もう一つ担保に入れてくれたら、もう一〇〇〇万貸してやろうじゃないか」
「担保って!?」
「アンタの夫の爵位だよ。今、結構な値段で爵位は売れるんだ」
ロザリーが黙った。
しばらくの間があった。
「マリア? もう一〇〇〇万、必要かい?」
「そりゃ、運転資金は多い方がいいけど」
「……ママ、お金を借りるわ。夫の爵位でも命でも、好きにしてちょうだい。覚悟は決まってる」
「いい顔になってきたじゃないか、ロザリー」
夫人がにやりと笑った。
「まあ、せいぜい頑張るんだね。どっちに転んでも、アタシは確実に儲かるがね」
◇ ◇ ◇
王都の家に戻り、私は仲間を集めた。
「……というわけで、ロザリー一味の背後にはクレシェント夫人がいる事がわかりました」
「あいつら、バックにそんなのがいたのか」
パージが眉を寄せた。
「ええ。ニッキーや妹から聞いたけれど、夫人は国内に相当な資金と人脈を持っているわ」
「そんな奴が、うちに目をつけているってのかい!?」
「うん。でも、これはチャンスでもあると思うのよ」
「!?」
仲間の目が、私に向いた。
「来月にはニッキーが作ってくれたブレンナールの店舗が開店する。私たち幹部のリソースを集中させて、絶対に成功させましょう」
「商品力ではうちが圧倒できるわ。すぐにロザリーのお店は追い込めるはず。そのタイミングで、彼女たちのお店に買収を持ちかけて——」
私は息を吸った。
「最終的に、あの店を取り戻すのよ」
「!」
「私たちの商売は順調よ。でも、このままじゃダメなの」
仲間の顔を見渡した。
「あの店は、私たちの原点。絶対に取り戻さなきゃならない。その機が、今来たのよ!」
ミシェルが少し笑った。
「ガブリエルさんはなんだか楽しそうですね」
「ライバルが強いと、私、ワクワクする性質みたい」
「そういえば、こっちの王都の店はどうするんですか? 採寸は私がいないと……」
「最近はエレナも出来るようになってきたわ。他のスタッフも育ってきたし」
私は、目を伏せた。
──これは負けられない戦い。あの日、失った全てを取り戻す。
頭の中で、雨の中を歩いた夜の記憶が蘇った。離縁届にサインさせた夜。日傘の上で雨粒が震えていた、あの夜。
「へへっ、久々の故郷でのんびりってわけにもいかねえようだな」
「でも、実家に帰るの楽しみだなあ」
ミシェルが小さく笑った。
──そういえば、カトリーヌ夫人の夏風邪は治ったかしら。お見舞いにも行かないと。
「じゃあ、行きましょう!」
「おう!」
全てを取り戻すための戦いが、始まろうとしていた。
──だが、その前にガブリエルは、大きな悲しみを知ることになる。